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プロローグ -大量虐殺-

 最後の都市が、陥落した。亜人の築いた文明が、人間によって木っ端微塵にされている。これまでに、3つの国家と、8つの都市が瓦礫の山となった。

 

 人間の軍が、都市になだれ込む。家々に火をつけてまわり、逃げ出す亜人を串刺しにした。彼らは、亜人の持つ金品には目もくれなかった。女の亜人を犯すこともなかった。

 

 死体を一箇所に集めて、焼いた。焼かなれければ、怨念体グラッジになるからだ。


「むごいな」

 兵士が、亜人の惨死体を運び、積み重ねる。ある程度集積して、火にかける。後処理は、その繰り返しだ。

 

 悪臭が鼻をつく。この持ち場だけでも、すでに数百体の死体を焼いていた。兵士は目をつむる。心身の疲労からくるものだったが、傍目からは、黙祷に見えた。

 

 すぐそばで、ドサッと音がした。死体の投げられた音だ。


「やるしかない。リック、俺たちは軍人だ」

 

 見知った顔だ。リックは安心感を覚えた。

 

 兵の中で唯一、リックの思想に共感を示す者だった。人間至上主義に疑問を持つ同志。彼がいるからリックは、必要以上にストレスを抱え込まずに生きてこられた。

 得難い友人を持てたと思っている。


 友人の隣にいる野卑な男が、会話の内容を曲解して意見を吐き出した。

「そうそう、やればやるだけ気持ちわりーのがいなくなって清々するだろ」


 リックの心中に不快感がこみ上げたが、努めて無視をする。反論でもすれば、立場が不利になるのはリックのほうだからだ。

 リックにとって理解しがたい差別思想は、自国では多数を占めている。

 

 ため息が出た。共通の敵を作り、平然と差別し、従わない者も異端として弾劾する。無力感を感じるのは常だった。


 厚顔無恥な人間至上主義の思想をこうやって叩きつけられるたび、今ではもう、自然と背筋が丸くなる。

 卑屈になったと思う。

 

 それが、リックの目をくもらせた。

 

 リックに割り振られている区画のかたすみに、保存状態の良い死体が残っているのを、彼は見過ごしたのだ。

 瓦礫の下に埋まっていたから、たしかに掘り起こさないと気づけない。しかし、そういった箇所を掘り起こすことも仕事のうちだ。


 リックは、「どうせないだろう」と、このとき、仕事を怠った。



 彼らは、夜営の準備に入った。明朝、兵を分けた。帰国する兵と、逃げ延びた亜人が遺品などをあさりに来たとき、始末するための居残り組。

 

 リックは居残り組に選抜された。がっくりとうなだれる。息の詰まる戦場跡で、数日過ごさなければならなくなった。

 

 一方、反骨心のようなものが湧き上がった。亜人が自分の持ち場に来たら、見逃してやるんだとほくそ笑む。

 

 迷いのない足取りで、持ち場につく。前日と同じ区画だった。ここは死体の集積所に近いせいで、異臭が強く残っている。

 

 リックは顔をしかめた。はやく帰りたい思いでいっぱいだったが、任務といっては簡単な部類のため、気は楽だった。

 

 上空から、馬のいななきと、赤ん坊の泣き声を混ぜたような叫声が聞こえた気がした。


 リックは固唾を飲む。

 なにか、取り返しのつかないことが起ころうとしているような、そんな不安に襲われる。上空を仰ぎ見た。なんの変哲もない空だった。それなのに、リックは不安を拭えなかった。


 リックの後ろで、瓦礫がひとりでに持ち上がった。ガタッと落ちる。リックは振り返って、度肝を抜かれた。

 「生きてるやつがいたのか……」


 ねじれた角が左右対称に生えた亜人の青年が、土ぼこりにまみれて立っていた。

 マーコール族だ。リックは少しだけ、亜人に詳しい。

 

 青年は、土気色の顔と、開きっぱなしの瞳孔を、こちらに向けた。リックは不気味に感じて後退る。剣に手をかけることはしなかった。敵意を向けるつもりはない。


 ひと声かけ、逃してやればいい。

 

 だが、リックの取った行動は、頭で考えていることとはまったく違うものになった。

 リックは剣を小脇に抱え、脱兎のごとく逃げ出した。軍規違反だとか、立場だとか、のちの釈明だの裁断だのは頭になかった。


 三十六計逃げるに如かず。こうしなければならない直感があった。


 マーコール族の青年の瞳には、凄まじい形相でこちらを見やる、おびただしい数の人面が宿っていた。

 リックはたしかにそれを見たのだ。あの青年は、すでに死んでいる。彼は、グラッジだ。


 怨念体グラッジ

 死後に残留した強烈な執着や未練が、怨念となって死体に宿ったアンデッド。


 数年にわたって断行され、大量虐殺の憂き目にあった900万人の亜人。そのすべての怨念が、たった一体の死体を焼き損じたことで、肉体を得た。

 

 この世界に干渉する力を得た。


 大勢が死ぬ。リックは他人事のように思った。走っているのに、汗の量が少なかった。体が底冷えしている。


 馬のいななきと、赤ん坊の泣き声を混ぜたような叫声が響き渡った。リックは振り返らなかった。

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