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悪役聖女は再び召喚される   作者: 日下部ゆいかが
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悪役聖女は王女様とお茶会する



ある日の、夕食をカイと一緒にしていたときだった。


「王女様とのお茶会、ですか?」

目を丸くする葵に、カイは頷いて肯定した。

「王女殿下が貴女に会ってみたい、と仰っているようです」

「え、でも、王女様となんて、私どうしたらいいのか、お茶会自体初めてですし……」

お茶会、というのは物語でよくあるやつだ。貴族の姫君達が集まって、表ではおほほほと華やかに笑いながら、裏ではじめじめと陰湿な嫌がらせとかするやつだ。

葵には偏ったイメージしか存在しなかった。

絶対何か無礼な真似を働いて、王女様のご機嫌を損ねてしまうに違いない。

そもそも、王女も葵のことを悪名高き聖女と思っているのでは、と心配になる。

「大丈夫ですよ、王女殿下も気安い方ですから。好奇心の強いところが玉に瑕ですが……」

あわあわとする葵を宥めるカイもどこか苦笑気味だ。

「うう……わかりました」

葵の立場で断ることなんて無理なのだろう。断ろうものならますます、わがままな聖女として噂されてしまう。つまり、葵には参加する以外の選択肢は最初からないのだ。



そしてお茶会当日、セレンによってドレスに着替えさせてもらった葵は、戦々恐々といった心持ちで王城へと向かった。

お茶会の場所は王宮にある、王女専用の温室で行われるらしい。近衛兵に案内されて入ると、まるで植物園のように様々な花や緑で溢れていた。ガーベラや薔薇といった可愛らしい花々が多いのは、きっと王女の好みが反映されているのだろう。

葵の到着に気づいたのか、鈴の鳴るような声がかけられる。葵はすぐにその場で頭を下げた。

「よく来てくれたわね、アオイ!」

「ミシェル王女殿下、あの、このたびはお招きいただきまして、ありがとうございます」

現代日本で高校生の葵にとって、日常で敬語を使うことなんてなく、すらすらと出てこなくてもどかしい。そう思いながら頭を下げてると、くすくすと軽やかな笑い声が響く。

「まあ、アオイ、顔を上げて。今日は少人数のお茶会だから、そんなに気を張る必要はないわ」

黄金の美しい髪は滑らかなウェーブを描き、長い睫毛に縁どられた瞳は青空のように澄んだ青、染み一つない白磁の肌に桃色の唇、ゴージャスな美少女が葵の目の前にいた。真紅のドレスがとてつもなく似合っている。

ミシェル王女殿下。アースガルズ聖国の誇る第一王女である。

今年十五となるらしいが、葵より三歳も年下とは思えないくらい大人びた雰囲気で、圧倒的な存在感を放っている。早くも葵はたじたじになりかけだった。

そしてその隣に立っていた、一人の女性が優雅な所作で礼をする。

腰までまっすぐにのびた金髪と、藤の花のような薄紫色の瞳をもち、王女のゴージャスさとは対照的な、清楚な光を放った美貌の女性だ。葵と目が合うと、嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

「お初にお目にかかります、アオイ様。わたくしは、ティファーナと申します。今代の聖女の役目を務めております」

「今代の聖女様……!? あ、葵と申します。よろしくお願いします」

まさかの人物の登場に葵は驚いた。

今代聖女の存在は知っていたが、まさか王女殿下のお茶会で彼女までいるとは思いもよらなかった。食堂で賛美していたおじさん達の気持ちが一瞬で理解できた。彼女が微笑んだだけで、女神から祝福を与えられたような気がする。大げさでなく、葵はそう思った。

王女殿下だけでもいっぱいいっぱいなのに、今代聖女も一緒にお茶会だなんて、葵には到底対応しきれない。心の準備も足りなかった。

そんな葵の様子を見て、王女は満足そうな笑みを浮かべた。

「うふふ、驚いた? アオイはまだティファーナと会ったことがなかったでしょう? わたくしもティファーナも、アオイに会ってみたかったから、お茶会を開いたのよ」

「こ、光栄です」

「さあどうぞ、お座りになって。南方の美味しい紅茶を取り寄せたから、是非」

「まあ、それはわたくしも楽しみですわ」

たじたじになっている間に、お茶会が始まってしまった。侍女がてきぱきと紅茶とお菓子の用意を進めていく。王宮の料理人が王女殿下のために用意した最高級のお菓子だ。おいしくないはずがない。

けれど、いっぱいいっぱいな葵にとって、それらを味わう余裕などあるはずもなかった。

だって、王族である王女殿下と今代聖女にとって、葵という存在はとても歓迎できるようなものではない。二年前、大神殿の司祭達は葵を利用して、政治に介入し、王族や軍部と対立していたのだ。その頃、教会側は王宮で偉そうにしていたらしいし、王女殿下にとっても鼻持ちならない存在だろう。

そして今代聖女――現在最も被害に遭っているのはこの方ではないだろうか。葵によって、聖女という立場を地に落とされたわけで、彼女はその尻拭いをさせられているのだ。街でも聞いたが、彼女は今代聖女として、下町の教会にまで出向き、孤児院などにも慰問に赴き、祈りを捧げたり、労りの言葉をかけたり、精一杯務めに励んでいるらしい。

おかげで、今は聖女のイメージも回復しているようだ。ただし、前代聖女を除く、だが。

そんな彼女にとってみれば、葵は、しなくていい苦労をさせられている張本人である。文句や不満をぶつけたって誰も何も言えない。

けれど、目の前の二人は、そんなことなど露にも思っていない表情で、お茶や会話を楽しんでいる。胃を痛めているのは、葵一人だけなのだろうか。

「あの、ティファーナ様……今回の召喚で女神様から夢でお告げを頂いた、とお聞きしました」

そして、今代聖女に会ったら聞きたいことが葵にはあった。勇気を出して切り出してみる。

「ええ、わたくしも最初は驚きました。アオイ様が再びこの国にいらっしゃるから、お守りせよ、との御言葉を賜ったのです」

「その他には何かおっしゃってましたか……?」

いまだ女神からの言葉は何もない。もしかして、ティファーナなら他にもなにかヒントをもらっているのか気になったのだ。

「それが、その御言葉以外、何も賜ることができませんでした。その日以来、夢を見ることもなくて……お役に立てなくてごめんなさい」

「いえ、謝らないでください。おかげさまで、助かりました……」

申し訳なさそうな顔をするティファーナに慌てて葵は手を左右にふる。

そのお告げがなければ、きっとアオイは断罪されていたかもしれない。少なくとも、今のような厚遇はないのだろう。そう思うと、アオイにとって、ティファーナは恩人になるのだ。



「ねえアオイ、今、アオイはカイの屋敷に滞在しているのよね?」

王女が突然聞いてきたので、葵は頷く。なんだかとても興味津々といった表情だ。

「はい、カイ様にはお世話になっています」

「わたしくと兄上とカイは幼い頃からの付き合いなの。だからよく知っているわ」

どうやらカイと王女は幼馴染のようだ。身分的にも、王女と公爵であるから、葵は納得した。

「あの、カイ様はお元気でいらっしゃるでしょうか……? 騎士団のお仕事は今は落ち着いているようですが」

「え、あ、はい、おそらく……」

ティファーナも目を輝かせて、話に入ってきた。心なしか、頬も紅潮しているように見える。

あれ、と葵は思った。

「そうですか……それならよかったです」

葵の曖昧な返事にも、ティファーナは安心したかのように表情を綻ばせた。

「ティファーナもね、カイと昔から交流があるのよね」

「そうなんですか?」

「畏れ多いことですが……わたくしの実家が伯爵家ということもありまして」

なんと今代聖女は、伯爵令嬢でもあるらしい。聖国でも歴史ある伯爵家で、聖女になる前から、王女やカイといった面々と交流があるようだ。

そして、二人で懐かしむように、カイとの思い出話を始めてしまった。葵は置いてけぼりになって、紅茶をずずっと飲む。

ティファーナをこっそり盗み見ると、なんだか先ほどまでの笑顔と違う。優しい笑顔は同じなのに、なんというか、今は艶みたいなものを感じるのだ。

これはもしかして、とそういう経験が少ない葵でも気づいた。そもそも、葵は友人の恋話を聞くのが好きなのだ。いわゆる耳年増である。

ふと、横に並んだ二人の姿を想像してみた。それはとても自然で、素直に、お似合いな二人だなと思った。

「ねえ、アオイ。この前、カイと遠乗りに行ったと聞いたけれど、それは本当なの?」

「え、は、はい」

不意に王女に聞かれ、葵はどきりと心臓が鳴った。王女と目が合い、その視線の強さに葵はたじろぐ。正直に答えると、王女はふ、と溜め息を落とした。

「本当だったのね……」

何故、王女にまで知られているのか。まずそこに葵は知らず冷や汗をかく。身を隠してたわけではないし、聖都で誰かには見られているだろうが、こんな幾日かで王宮にいる王女の耳まで届くものなのだろうか。

「遠乗りですか……」

王女の隣で、ティファーナは羨むような、少し沈んだ様子で呟きを落とした。

「あ、でも、前回召喚されたとき、大神殿から殆ど出てなかったので、カイ様は気を使ってくださったのかと……」

どうしてもフォローをしないといけないような雰囲気になって、慌ててそう説明した。実際に、カイは自分の状況に同情して色々と気を配っていてくれるのがわかるのだ。

王女も頷いて、言った。

「そうね、カイは王命に忠実な男だから」


ようやく、葵にもわかった。

これは、葵に対する牽制だ。

少なくとも、王女殿下は自分を警戒してるのがわかる。カイの厚意はあくまで王命によるものであって、決して勘違いはするな、と。

前代聖女は見目好い男に色仕掛けしたという噂もあるくらいだ。きっとカイの身を心配しているのだろう。猫をかぶっているのかと思われているかもしれない。だから、時折、探るような鋭い視線を感じるのだ。

ティファーナの気持ちを知っており、友人である彼女の為に、王女がこのお茶会を開いたのだ。決して、葵のためではない。



そんなことをしなくても、どうせ私は日本へ帰るのに。

今回の役目さえわかれば、それを果たしてすぐにこんな悪評がばらまかれた世界から、帰れるのだ。

だから、それまでの我慢だ。

葵は帰りの馬車の中で大きな溜め息を落とした。


ただただ、気疲れした一日だった。





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