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悪役聖女は再び召喚される   作者: 日下部ゆいかが
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悪役聖女は初めておでかけする



葵の生活は二年前の大神殿の生活に比べてがらりと変わった。



二年前はほとんど大神殿に篭りきりで、侍女がつけられて、食事や入浴も侍女がすべて準備してくれた。お祈りのときは祭壇の間に移動したが、それ以外は葵に与えられた個室でのんびりしていた。個室といっても、大神殿の最奥にある部屋で、中庭付のかなり広い部屋で暮らすには十分だった。時折、司祭が訪ねてきて、聖女の力を使うように指示される。そのときも移動したが、大神殿の中で完結していて、外に出ることはできなかった。

日本でも基本的にインドアな葵だったが、それでもたまには外に出たいこともある。

しかもヨーロッパ風の異世界である。街並みを見てみたいし、小竜のような見たことのない生物がいるかもしれない。そんな期待で、ちょっと街に出てみたい、と言ったことはあるが、聖都の治安は不安定だと反対され、とくに聖女が外を出歩くのはとても危険で、護衛をたくさんつけなければ許されず、現代日本で一般庶民の葵としては、自分のために大勢の人間の時間をつぶしてしまうのは申し訳なくて、結局外出は一度も叶わなかった。関わる人間は侍女か司祭くらい。ひきこもり聖女の完成である。

それでも食事はおいしかったし、お祈りや聖女の務めを果たす以外はうるさく干渉されることもなく悠々と過ごすことができたので、特に不満はなかったのだ。

今回の召喚では、カイの屋敷で過ごすことになったが、その生活は貴族令嬢のような日々だった。

セレンが葵の専属侍女となり、引き続き身の回りの世話をしてくれることになった。

年は二十二で、お淑やかで品のある女性だった。長年公爵邸に勤めており、カイの信頼も厚く、悪名高い聖女である葵にもとても丁寧で優しい。こんなお姉さんがいたらいいのにな、とすっかり慕うようになった。



前回と違い、お祈りといった聖女の務めはないため、時間がたっぷりとある葵の為に家庭教師までつけてくれることになった。といっても、難しい勉強ではなく、この世界の簡単な歴史やら一般常識を身に着けさせるため。恰幅の良い老年の教師――ギュンターがやってきて、雑談まじりに教えてくれるので何も知らない葵にとってはとても待ち遠しく楽しい時間だった。そして何より、昔からカイのことを知っているらしく、少年時代の話もしてくれたりするので、葵は興味津々で聞き入っていた。

「カイは士官学校時代から優秀な子供だったが、王太子殿下と一緒によく企みごとを図っては、教師達を困らせておったな」

「へぇ、意外です。なんだか想像がつかないですね」

現在の丁寧で落ち着いた物腰のカイとは違って、どうやら中々やんちゃな青少年時代だったらしい。

この世界でも、現代日本のように学校があるようだ。といっても身分社会のため、貴族の通う学校と平民の通う学校は違う。貴族でも、騎士団に入団する者は士官学校、魔道士を目指す者は魔道学院、貴族の令嬢が通う女学校など色んな種類があるらしい。

「そういえば、カイさんのご家族はお屋敷にいないんでしょうか?」

「カイの両親は五年前に他界しておる。また弟が一人おりますが、留学中ですな」

「えっ、そうなんですか、ごめんなさい」

屋敷にはカイの家族は誰もいなくて、前から疑問だったのだ。不躾な質問だったと思い、後悔している葵を、ギュンターは宥めた。

「いや、周知のことですから、お気になさるな。二年前までは魔物の群れがよく発生しておりましてな。ローマイアー公爵家が治める領地に発生した魔物の大群を討伐するために、カイの両親は隊を率いた。領民を守るために戦って、その際に亡くなられたのだ。カイは当時聖都にて騎士団に属しておりましたから、領地に駆け付けたときには間に合わず……その後家督を継いだカイはますます強さに磨きをかけ、黒龍騎士団の将軍の座をも受け継ぐこととなったのだ」

「そうだったんですか……すごいですね、カイさん」

葵の今の年齢と変わらないときから、騎士として魔物から国や領民を守って、両親を失っても尚、重責を負いながら強く立派に生きている。現代日本ではまだ学生で、両親の庇護のもと呑気に生きてきた葵とは環境も境遇も違いすぎて、とても遠くに感じてしまった。

「ふむ、わしから見るとまだまだですがな。それはともかく、アオイ様がこの屋敷に来て賑やかになり、わしも安心しておりますぞ。女性がいると華やかでいいですな。カイもきっと居心地良く思っておることでしょう」

「そ、そうかな……そうだといいですけど」

王命に従って、半ば監視のために面倒を見ている葵に、そんな温かい感情を抱くとは到底思えないけれど、優しいギュンターの言葉に葵はほっこりして、お礼を言った。



それ以外では時々、中庭を散策したり、小竜に会いに行ったり(中庭にいることが多い)、セレンとお茶をしたりした。

カイが屋敷に帰ってきているときは、一緒に食事をとり、葵の話し相手になってくれる。

普段何をしているのか聞くと、基本的に王城に上がり、黒龍騎士団将軍としての仕事をこなしているようだ。

書類仕事が大半のようだが、日々部下に訓練をつけたり、定期的に他騎士団と演習も行っているらしい。

現在は大きな戦争はないようだが、国内で魔物の群れや紛争が起きた場合には鎮圧しに部隊を率いることもあるようだった。





「アオイ、遠乗りに行きませんか」

「遠乗り?」

「ええ、屋敷に篭りきりで退屈でしょう。馬に乗るのは初めてですか?」

「馬に乗るのはもちろん初めてですが……それより、私は外に出てもいいんですか?」

「……どうして、そのように思ったのですか?」

不思議そうにカイが尋ねてくるので、葵は戸惑った。

「え……聖女が外に出るのはすごく危険だって聞いて……たくさん護衛もつけないといけないんですよね? わざわざ時間を作ってもらうのも申し訳ないですし、調整とか大変そうですし……」

外に出たいと言ったとき、大神殿の侍女たちも司祭も、とんでもない、といった雰囲気だった。襲われるのは当たり前みたいな口ぶりだったので、異世界の治安の悪さを恐ろしく思ったものだ。もし無理に外出して襲われたらと思うと怖いし、何より自分のせいで誰かに怪我でもさせてしまったら、それこそ申し訳が立たない。

ただ今回の召喚で、食堂で働いていたときは、思ったより城下町の治安が良いのには驚いた。マリーみたいな幼い少女も遊びに出たりしているほどだ。しかし、今は悪名高き前代聖女としての立場だし、勝手に出歩いてはダメだと思ったのだ。また面倒ごとを引き起こしてしまったらと思うと、今度はどんな悪評がたつのか想像するだけで恐ろしい。

黙って聞いていたカイは何かに思い当たったように溜息をついた。

「成程、そうやって貴女を閉じ込めていたんですね」

「え、閉じ込めてた?」

不穏な響きに、葵がぎょっとする。

「歴代聖女は外出を禁じられていません、むしろ定期的に各地の教会へ巡礼に赴きます。そして聖都は女性一人でも歩けますよ。深夜だとか、一部の裏通りは確かに女性の一人歩きは確かに危ないですが。外に出たければ出ても大丈夫です。ただ貴女は、聖女としての立場の前に、まだ地理にも詳しくないので必ず一人は同行者をつれてくださいね。何より、事前に私か執事のハンスに言うこと。わかりました?」

「そ、そうだったんだ……わかりました」

「遠乗りはもちろん私が同行しますので、危険はありません。行きたくありませんか?」

「……行きたいです」

本当はずっと、現代日本のように、自由に外に出たいと思っていたのだ。

せっかくの異世界なのに、街並みを見ることもできないのはとても残念に思っていた。

だから危険や他人の迷惑にならないのであれば、行きたい。素直に葵は頷いた。





「私の相棒を紹介しましょう」

翌日、遠乗りに連れていってもらうことになった。セレンがお出かけ用のワンピースを準備してくれてそれに着替える。緑のチェック柄の可愛いワンピースだ。馬に乗るのに、ズボンでなくていいのかと聞いたら、セレンに信じられないものを見るような目で「女性が遠乗りにつれていってもらうなら、ズボンはいけません!」と強い口調で責められてしまった。

カイはいつもの黒の騎士服ではなく、首元にクラヴァットを着け、濃紫色のコートを身に纏っていた。休日用の恰好なのだろう。貴族然とした装いもまたいつもと違っていて、葵は内心どきどきしていた。

厩舎に案内してもらうと、そこにはたくさんの馬がいた。その中の一頭の手綱を引いて、カイが戻ってくる。

「黒馬……かっこいい」

「クルトといいます」

「クルト」

真っ黒な馬は、軍馬らしく、他の馬より大きい。戦争時にも大活躍したそうだ。

自分の身長よりも高く見下ろしてくる黒馬に思わず身を引いたが、見た目に反して大人しい。じっとこちらを見つめてくる茶色の双眸がつぶらで可愛い。

「クルトも貴女を気に入ったようです」

「そうなんですか? それなら、よかったです。クルト、よろしくね」

カイに促され、艶やかな黒の鬣をおそるおそる撫でてみると、まるで返事をするようにクルトは尻尾をゆったりと動かした。




流れゆく景色が、頬に当たる風が気持ち良い。

生まれて初めて乗る馬も、高さに最初はびっくりしたものの、すぐに慣れて、馬上の景色を楽しめるようになった。

カイが連れて行ってくれたのは、聖都より少し外れた小高い丘の上だ。

「アースガルズ聖国の都の街並みです」

「すごい……! 綺麗……」

丘の上からは王城、大神殿とそれを取り囲む城下町の街並みを見渡すことができた。

都の中央には大神殿と王城が並ぶように聳え立ち、太陽の光を浴びて黄金のように輝いている。そしてそれらを中心にいくつかの大通りが門まで放射線状に広がっていた。赤茶の屋根と白い壁とのコントラストが綺麗な家々が立ち並び、整備された街並みはとても美しい。大通りには種類があり、店のジャンルも大通りによって大分と変わるらしい。今度、大通りも案内してくれるらしく、葵は今からとても楽しみになった。

「あなたが二年前に穢れを浄化して下さったおかげで、魔物の活性化は抑えられ、周辺国含めた平穏が保たれているのです。改めて感謝を申し上げたい」

強い碧の双眸にまっすぐに射ぬかれ、葵は瞬きすら忘れてしまった。

ギュンター先生の言葉が思い浮かぶ。

アオイの召喚がもっと早ければ、彼の両親も助かったのではないか、とふと思った。

「え、そんな……お礼を言ってもらうほどのことじゃ……大神殿にひきこもってただけで、はは……」

「いいえ、貴女はご自分のされたことを過小評価しすぎている。……そうさせてしまったのは、我々のせいなのですが」

カイは僅かに後悔を滲ませた表情を浮かべて、そう言った。葵はなんだか泣きそうになった。

「……ありがとうございます。嬉しいです」

知らず悪名高き聖女になってしまって、葵は正直落ち込んでいたのだ。自分のしていたことがすべて無駄どころか迷惑でしかなかったような気がして。

けれど、カイは葵に感謝してくれた。それだけで救われた気がした。


そのあと、セレンがもたしてくれたお弁当を一緒に食べた。木陰に座って、聖都を眺めながら、カイは騎士団の話や聖都の話をしてくれた。まるでデートをしてるみたいで、葵も楽しくて、日本の生活のことを話したりした。





ああ、だめだ。

葵は帰り道にカイの背中に掴まりながら、ぼんやりと思った。


ちょろいな、私。

ただでさえ異性に対する免疫も恋愛経験値もないんだ。

今まで女子高育ちで、彼氏もできたことないのに、こんなイケメンに守られて優しくされたらそりゃちょろくもなるよね。

いやでも絶対、美佳や玲香だって彼氏いるけど、こっち来てカイに会ったら即好きになってるよ。イケメン好きだし、あの子達。

ここにはいない友人を思い浮かべながら、葵は言い訳をする。


でも、いつかは日本に帰るんだから、これ以上好きにならないようにしたい。

そう、いまだ女神からの言葉は何もないが、今回の召喚の役目が終われば、葵は再び日本に帰るのだ。

それまでの恋、と思って自制しようと思うが、恋愛自体初めてに等しい葵にとって、難しいことだった。









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