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悪役聖女は再び召喚される   作者: 日下部ゆいかが
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悪役聖女は王城に呼び出される



「本日はこちらのドレスにお召しかえいただきます」

「え? どうして、こんな素敵なドレスに?」

朝起こされるなり、侍女のセレンに言われた台詞に葵は疑問を返した。

「王城へ赴かれると伺っております」

「え……っ!?」

ついに来てしまった。

王城へ行く、すなわち、葵の断罪される日、ということだ。

屋敷でゆっくりと過ごすうちに、もしかしてこのままここでやりすごせるのかな、と楽観的に考え出していた葵に、再び恐怖が蘇る。

皆の前できっと罰されるに違いない。

色々と尋問され、裁判にかけられるのだ。この世界で弁護士みたいな、葵を擁護してくれる存在なんて、果たしているのだろうか。二年前、葵のひととなりを知っている教会の司祭達は殆どが捕縛されてしまったというから、期待などできないだろう。


葵がそんな妄想にとりつかれてるなんて思っていないのだろう。心なしか、楽しそうなセレンが手際よく着付けていく。彼女が持ってきたのは、トルコ石を溶かしたような綺麗な色のドレスだった。ところどころに銀糸で繊細な刺繍が施されており、詳しくない葵でもとても凝ったものだとわかる。ウエストできゅっと締まり、裾に向かってふんわりと広がっていて、華奢な少女にはよく似合っていた。

二年前もこんな素敵なドレスは着たことがない。大神殿の奥で過ごしている間はずっと、真っ白なローブを着ていたのだ。

肩下まである黒髪も丁寧に結われ、アップにしてくれた。白薔薇を模した髪飾りまでつけてくれる。

そこまできて、葵は新たな疑問が出てきてしまう。

どうして罪人である自分を着飾る必要があるのだろう。最後の晩餐みたいなものなのだろうか。

それとも王城に行くにはドレスしか許されないのだろうか。

考え込んでいると、いつのまにかカイが屋敷に戻っていたようで、馬車へ乗るように言われた。王城に行くからなのか、カイも前に見た黒の騎士服に外套を羽織り、胸には勲章や装飾がいくつか取り付けられていた。


馬車の中で二人っきりで並んで座るのはこれで二回目だ。

それだけなのに、ただでさえ異性に免疫のない葵は緊張した。しかも馬車に乗る前に、葵のドレス姿を見たカイはにっこりとして、「よくお似合いです」と褒めてくれたのだ。

さすがイケメン。女性を褒めることも挨拶の一つかのようにさらっと口にできちゃう。

褒められ慣れていない葵は、「ど、どうも……」と返すので精一杯だった。

「突然ですみません。陛下が挨拶をしたいと仰られておりますので」

「挨拶……」

挨拶、というのは建前だろうか。でも挨拶だけでは終わらないということはわかる。そのあとに、尋問だったり裁判にかけられたりするのだろうか。どれだけ考えてもわからない。

石畳の道をゆっくりと上っていく。王城へはまもなく着くだろう。

その前に、これだけは聞いておかなければ、と葵はぎゅっとドレスを握りしめる。

「あ、あの……」

「何でしょう?」

緊張した面持ちの葵に、カイは静かな声で返した。

「私はこれから、どんな罰を受けるんですか? 牢屋にいれられるんですか? まさか、処刑なんて……ないですよね?」

ずっと抱え込んできた想像を吐き出した。

具体的に自分はどういう状況にあるのか把握しておきたい。せめて、心構えが欲しいのだ。

葵の言葉に彼ははっとしたように目を見張ったがそれは一瞬で、すぐに元の穏やかな表情に戻ってしまった。

「……貴女を罰する理由はまったくありません。逆にどうしてそのように思ったのですか?」

「街で聞きました。私が正しいと思っていた教会が腐敗していて、色々と悪いことをしたって。そして、罰せられたって。私もわがまま聖女で有名で、教会と一緒に悪巧みして、一部の権力者にしか力をふるわなかったり……って。信じてもらえないかもしれないけど私はあのとき、あなたたち軍部のほうが横暴で軍事力で脅して悪いことをしていると聞いていて、それを鵜呑みにしてしまいました……」

今更信じてもらえるかはわからないけれど、でも誰かに聞いてほしくて、穏やかなカイの表情に勇気づけられた葵は、溜まったものを吐き出すかのように話した。

「貴女を疑ったりはしていません。この国のことを何も知らない貴女が突然召喚されて、そして保護した教会の人間の言うことを信じるのは当然でしょう。あのとき、教会に囲われて、そこから解放できなかった私達に責はあります」

男の言葉は予想外で、葵は驚いて顔を上げるとカイは悔いるように目を伏せていた。とても嘘を吐いているようには見えない。


「あの、じゃあ、なんで王城へ行くんですか?」

「本当に単なる挨拶ですよ。国王陛下が貴女にお会いしたいとのことです。前回は交流どころかまともに挨拶もできなかったでしょう?」

「そうなんですか……」

牢屋行きにならなくてよかった。葵はひとまず彼の言葉を信じることにした。

確かに前回は召喚されたときに会っただけだった、と記憶を掘り起こす。しかし、国王陛下に挨拶というのも、別の意味で問題だ。

「王様に無礼なことをしてしまったら、どうしたらいいんですか。私は挨拶の仕方とか何もわからないんですけど……」

「大丈夫ですよ。その辺は私がフォローしますし、国王陛下は気さくで寛大な方ですので、そう気負う必要はありません」



白亜の王城に到着し、先に馬車から降りたカイが葵に向かって手を差し出す。

葵は白い手袋をつけた彼の手を見下ろして、きょとんとした。

え、手を置いたらいいの?

二年前にこういう状況になったことがないので、葵は戸惑ったが、おそるおそる手を置いた。馬車から降りたあともそのまま、カイは葵の手を引いて城内へとつれていく。女子高育ちの葵にとって、異性、それも今までお目にかかったことのないほどの美形の男性に手を引かれるなんて、それだけで大事件だ。緊張と恥ずかしさで混乱寸前だったが、無理やり視線を辺りに散らして気を紛れさせた。

二年前は大神殿に籠りきりだったので、王城へ入るのはこれが初めての経験だった。

王城は大神殿とはまた違った趣だ。大神殿はゴシック建築風でどっしりとした重厚感と威圧感を感じるのに比べ、王城はフランスのロココ様式を思わせる。煌びやかで華やか。色彩も城内のほうがあふれていて、見ているだけでわくわくする。

大神殿では宗教画のような美しい壁画が天井にまで描かれていて、見飽きなかったけれど、王城も華やかでいいなぁ。

きょろきょろと好奇心を隠せない葵の様子を見て、カイは目を細めた。

「何か楽しいものでも見つけましたか」

「あっ、ええと。きらきらしていてすごいなぁって」

どうやら葵の様子がおかしかったらしい、どこか楽しそうな声色でそう言った。恥ずかしくて、葵は陳腐な感想しか返せなかった。



謁見の間へたどり着くと、葵達を出迎えたのは国王陛下だけでなく、その隣には、一人の男性が立っていた。金髪に緑の双眸、これまたカイに劣らず端整な顔立ちで、二十代半ばくらいに見える。悠然とこちらを見下ろす様からして、彼も王族なのだろうと感じた。

「聖女よ、よくぞ再び我が国へと参られた。歓迎する」

「あ、ありがとうございます」

歓迎の意を表す国王に葵は慌ててお辞儀を返した。こういうとき、どういう風にすればいいのかわからない。ドレス姿なのできっともっと違った挨拶や礼儀作法があるとは思うのだが、現代日本で一般庶民だった葵にできるわけがない。

カイは国王は気さくな方だと軽く言っていたが、威厳に満ちた渋い中年の男性で、とてもそうは見えなくて焦ってしまう。

ただ、何か気に障ったようなそぶりも見えないし、カイも何も言わないので、葵の態度に怒っていないとは思うが。ただ、内心どう思っているかはわからない。こういった人達は、腹芸がうまいというし、感情を隠すなんて簡単なのだろう。


「して本題だが、聖女よ。此度の召喚について、女神より何か御言葉を賜ったのか?」

王城へ呼ばれた一番の理由がわかり、葵は納得する。確かに再び聖女を召喚するにはそれ相応の理由が必要だと、誰もが思うのだろう。きっと、断罪を免れたのは、これが一番の理由ではないだろうか。

王の疑問は葵も最も知りたいことだっだが、残念ながら、女神からは何の言葉もない。

「いいえ……今回はまだ女神からは何も頂いていません……気が付いたらこの世界に来ていて……」

前回は朧気ながらも、女神から穢れを払ってほしいという願いを伝えられた。役目が終われば帰れるとも。しかし今回は何もなかったのだ。だからこそ葵は召喚直後に混乱していた。

なぜ再び召喚されたのだろう。今回はまた違う役目があるのか。今代聖女もいるというのに。それは女神にしかわからない。



「そうか……実は今代聖女が夢で女神からお告げを頂いてな。そなたが再びこの世界に来るから、保護せよと」

だから、葵が召喚された直後に、騎士達が大神殿へとやってきたのか。

いくら何でも葵の存在がばれるのが早いと思っていたのだ。まさか、今代の聖女によって、葵の召喚が伝わっているとは思わなかった。しかも保護ということは、最初に逃げ出したりしなければ、街中であんな騒ぎにならなかったということだ。葵は心中で深く嘆息した。

「とにかく、そなたの今回の召喚の理由がはっきりとするまでは、どうかこの国に留まってほしい。カイよ、頼んだぞ」

「御意」

カイが頭を下げ、国王とのやりとりはそれで終わった。

驚いたことに葵の今後は、カイの保護下に置かれるらしい。王より直々に命令されれば、背くことはできないのだろう。

教会の司祭達による汚職の黒幕らしい前代聖女。城下町にも悪評が広がっているほどの、悪名高き聖女。

召喚の理由がわかるまではそう無碍にもできない、非常に厄介な存在ではないだろうか。

軍部の騎士を束ねるカイが葵の面倒を見るのは、きっと監視的な意味合いもあるに違いない。

もう二度と面倒ごとを起こさないように近くで見張らなければいけないのだろう。もちろん、葵は二年前も面倒ごとを起こす気なんて一切なかったのだが、知らぬうちに教会の黒歴史の元凶となり、聖女の地位を地に落としてしまったのだから、もう何も言えない。今度こそ、何事もなく、帰れるといいのだけど。

「僭越ながら、アオイ様の御身は我がローマイアー公爵家にてお預かりさせて頂くことになりました。ご不便などありましたら、遠慮なくどうぞ」

「あの、暫くお世話になります、カイ様」

厄介な存在を引き取らざるを得ないカイに申し訳ない気持ちを抱えながら、葵はぺこりをお辞儀をした。

前回も大人しくしていたつもりだったけど、今回はもっと注意深く大人しくしなければ。

カイは公爵家当主なのだ。公爵といえば、王族に次ぐ、高位の貴族筆頭。その上、カイはこの国の軍事の要である黒龍騎士団を率いる将軍であり、黒龍公とまで言われる有名人なのだ。城下町の人たちにも敬意をもって慕われていた。そんな人に迷惑をかけたら、いくら前代聖女といえど、ただで済みそうもない。

「そう重く考えないでください。そして、私に敬称は必要ありませんよ」

「え……」

「カイ様ではなく、カイとお呼びください」

こんな人の名前を呼び捨てにしていいものか、ためらった。ただでさえ、わがまま聖女と悪評がたっているのに、呼び捨てにしているのを誰かに聞かれたら、ますます悪評が広がるのではないだろうか。

「じゃあ、私のことも様はつけないでください」

そうだ、自分のことも呼び捨てにしてもらおう。そして、私はさん付けにしとこう。

こっそりそう思っていると、カイは軽く笑って「わかりました、アオイ」と呼んだ。




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