ようこそ、ヘルメス商会へ。
ヘルメス商会。
その商会は帝国の三大商会の1つとされており。
帝国各地に支店を持ち、また多数の馬車や輸送船を保有しておりそれに付随する護衛や水兵等は無視できない戦力となってる。
主に扱っているものは小麦等の食料品であるが、年代を重ねるごとに他分野への進出する動きがみられる。
ここまでがわたくしの知っている事前情報。
帝国に入国したわたくしはカシウスに持ちかけた取引通りにヘルメス商会へと潜り込み、帝国内での安定した生活基盤を確立する事をもくろんでおりました。
しかし商会に着いた時点でわたくしを連れてきたカシウスは勘当を言い渡されました。
その時にカシウス本人は親に勘当を言い渡された事によって少々ショックを受けて気づいていなかったようでしたが、私はあからさまな違和感を覚えましたの。
本人は信頼を裏切り商会へ大損害を出したためと考えているようですが・・・私からすれば理由が弱すぎます。
確かに信頼は商人にとって重要な要素です、しかしそれ以上に商人としての知識・経験をもった人材を外へ放り出す意義がありません。
実際の所、旦那様は商人としてはやり手の部類に入ります。
視野は狭くなく、情報を集めて利益を得るように行動する事にかけてはわたくしを追いかけてきた時点でそこらの商人よりレベルが1つ上でしょう。
さらに、わたくしが商会に入るのを断った時点で確信に至りました。
わたくしはよくも悪くも有名です、それなのに隣国で3つ指に入る商会の長が知らないという可能性は低いです。
それなのにわたくしから得られる利益やその他もともろの特典を放棄してまで受け入れを断る意味がありません。
支店を任していた息子の釈明を一切受けずに勘当をその場で言い渡すという行動の無利益さと理論の破綻。
明らかに何かあると思っておりました。
しかしあの時点において、わたくしは帝国市民権を持たない無戸籍の女性という状態。
これが、戸籍の管理すらままならないほど荒れた国や未開の土地ならばわたくしの殺脚術が火をふきましたがここは帝国です。
当然ながら流れ者の私が真っ当な職につくのは難しく、このまま行けば非合法な仕事や最悪お水売りなんてことにもなりかねません。
なので、その場で呆然としていた旦那様のお尻に鞭打って未来のために走り出しましたの。
行商中は旦那様とよく相談してルートを決めてその都度わたくしの知識から助言を行い、道すがら出てきた臨時収入(野盗)はわたくしがきっちりと刈り取りました。
しかし、あの当時は必死だったので気にしていませんでしたが行商中に幾度となく監視されているような視線を感じたり。
わたくし達に利益が生じるような出来事が起こっておりました。
今から考えてみれば私達は最初から手のひら上で踊っていたのではないかと思ってしまいます。
行商で得た資金で商会を設立した時、わたくし達に土地と建物を紹介してくれた所も怪しいですね。
何せわたくし達の商会の建物の横はヘルメス商会所有の倉庫ですし、前なんてヘルメス商会の運営している食料品店。
もしかすると、わたくしはこのヘルメス商会にきた時点で蛇の前にきたカエルだったのかもしれません。
旦那様(餌)と一緒に泳がせ、よく観察しお眼鏡にかなったのでしょうね。
餌に食いついた所を捕獲されてしまったと言った所でしょうか?
「どうでしょうか、お義母様?」
「うふふ、賢い子は好きよ。でも賢過ぎると損をする事があるのよ、貴女も商人の端くれなら少しは相手の事を考えないといけないわ」
そう天井に向かって呟くと、天井の一部が開かず・・・部屋のクローゼットからお義母様が出てきた。っ読み間違えましたか。
クローゼットから出てきたお義母様は少し勝ち誇った表情をしながら部屋を歩く。
人の考えていることを予想する行為は嫌悪感を招く、そしてわたくしは一度失敗していますし。
旦那様と過ごすうちに学んだ事があります。
旦那様も思慮深く盤面を予想するが決して言葉にはしない、いつもその答えは行動によって示されています。
それによって旦那様の行動は親切で誠実なものへと変化し邪推をはねのけている。
そしてそれを受け取った側の気持ちはいやというほどわかっていますわ、これ以上考えると顔が真っ赤になってお義母様にからかわれるのでやめておきます。
思考をクールにする。
「肝に命じます・・・ところで、昨日の夜に寝室を盗み聞きしてましたよねお義母様?」
昨日の夜に天井から感じた気配は確実にお義母様だ、夫婦生活のためにもに今ここで釘をさしておく必要がある。
しかし、現状証拠は私の主観のみ。
なので会話の流れを突然変えて相手がボロを出すように仕向ける。
「な、なんのことかしら「シャアア!」筆記用具は投げるものではありませんよ!」
掛かった❗一瞬の動揺を私は見逃さない、同時にゆっくりと後退し始めるお義母様に対して手に持っていた筆記用具を全力で投げつける。
鍛練された肉体から繰り出される筆記用具は床に刺さるが当然の如くお義母様はヒラリと回避する。
回避させた・・・わたくしとお義母様の力量はお義母様が圧倒的に上であり、通常ならば殺脚術なしのわたくしが投げるものぐらいは掴んで止めるはず。
つまりやましい事をしたという根拠ができたわけである。
「用事ができたから帰るわね」
まばたきすると義母様の姿は消えていた。
「わんこ!」
「ワオン!」
気配が全く感じられない、本気を出しましたわね。
せっかく出したしっぽを掴めたのだ、追及しなくては主にこれからの夫婦生活(諸事情により検閲)に支障が出てしまう。
すぐさまわんこを呼ぶ
声をかけると待ってましたとばかりにしっぽをブンブンさせてわんこが部屋に入って来る。
遊んでくれるの?とキラキラした目でこちらを見てくるが、ぐっと我慢して。
「お義母様が遊んでくれるそうよ」
「ワオン❗」
すぐさまわんこが外に飛び出していく。さすがのお義母様と言えども近衛騎士小隊(6人)を壊滅させたわんこにはかなわないはず。
何より、お義母様のようなタイプの戦士にはわんこは天敵だ。
いくら気配を消して潜んでも強力な嗅覚を持つわんこの前では無力。
勝ちましたわ。
「あっそうそう、ようこそヘルメス商会へ・・・そして諦めなさい」
「・・・」
しかし次の瞬間に横の窓が開き、お義母様が顔だけを部屋に入れてそう言ってきました。
呆然とした私はそれを只見送るしかできませんでしたの。
そして今思えば、この時をもって本格的にわたくしは魔境へ身を投じる事になるのだった。
一時間後
「へっへっへ」
「うう・・・」
わんこが従業員(お義母様の匂い袋を当てられた)を咥えて待機していたのでおもいっきり撫でておきました。
ところでですが。
今日旦那様を見かけておりません。
たしか、今日は朝から商人の会合があるとかでお出かけになられたはずです。
しかし、帰宅予定時刻をとうに越えています。
現在の時刻は夕刻に差し掛かっており、さすがに遅すぎでは?と心配になって参りましたわ。
また何か拾って来そうで・・・「諦めなさい」先ほどのお義母様の言葉がやけに刺さってきます。
「只今、帰りました!」
「おかえりなさい」
そうしている内に旦那様がお帰りになられました。
少しお酒を召し上がったのでしょうか?頬が赤くなっていますし、テンションも妙に商売の時みたいな感じになっていますし。
そして、とても機嫌がいいようで・・・とても嫌な感じがしますの。
何で、外套がモゴモゴと動いているのですか?
「あっ、そうそう。エルフ拾った」
「はい?」
「エルフ拾った」
わたくしは大きく頭を天井に向かって振り上げてから、表情を直して旦那様に向き合い叫びます。
「どうしてそうなったのですかああああ」
令嬢
今に至る状況を振り替えってみれば違和感を感じており。
実は、自分が追い込み猟をされたあげくに餌に掛かって捕獲された獲物なのでは?と悟る。
現在、檻の中で生き餌を美味しく食べている。
商人
生き餌(ホーミング性能つき)
義母
確かな経験と技術をもって、でばがめを敢行してくる妖怪。天井に張り付くのが得意
たまに、食事に薬物を混入させてくる。
やっぱり妖怪。
わんこが苦手。