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彼の言葉はヒロさんに対してのものなのに、不思議と近くで聞いていた私も元気になるようだった。
彼の言葉には力強さ、そして優しさがあった。
他人の私でも分かる。本気で彼はそう思っているのだ。
それは励ましと言うにはとても大袈裟で、親身な…彼の気持ちを、想いそのものを伝えていた。
定期的に来ては沢山のヨゾラさんの前向きな言葉がふりまかれる店内。
客が少ない時には尚更、静かな店内にそれは十分聞こえる。私以外の常連さんたちも気付いていた。
その言葉は嘘偽りのない、心からの想いだと。
疲れきった人たちの心を優しく溶かし、癒し、みんな元気をもらっていた。
「…でも僕、ここ二ヶ月で状況が何も変わっていないし…。ヨゾラさんはそう言ってくれるけどなんかもう、自信もなくて…怖いんですよ…」
ヒロさんは俯きがちに話している。もう見なくても分かるような、そんな弱々しい雰囲気だった。
そんなヒロさんをヨゾラさんはどんな表情で見ているのだろう?
しかしヒロさんには申し訳ないけど、まさにその通りだった。
二ヶ月前からあまり変わっていないような気がする。同じことを何度も話していたような気がするし。
私だったら、これに対して何と声をかけていいか分からない。
きっと見え透いた励まししか出来ないだろう。
ただ、ヒロさんのその状況は私も全く同じだ。
人の事を言えたものではなく、仕事の状況も、私の思考も、何も、全く変わっていない。
「変わってないなんて、ないですよ」
思わず私は顔を上げてヨゾラさんを見た。ヒロさんも同じようにヨゾラさんを見ていた。
「この二ヶ月間、あなたは沢山悩んで沢山相談して沢山作品と向き合ってきたでしょう。その時間は二ヶ月前にはなかったものです。俺だったらとっくに投げ出してることをあなたは逃げずに二ヶ月も戦ってる。俺は逃げた人、沢山見てきましたよ」
その言葉にドキリとした。私は、逃げようとしていたかもしれない。
それは私に対して言ったものではないのに、彼の言葉がとても刺さった。
ヨゾラさんは静かに続ける。
「無駄な二ヶ月と思うのか、少しでも進めた二ヶ月だと思うのかはヒロさんの自由ですよ。でもね、考えすぎないで。〝良い作品〝なんて人それぞれ。自分が好きと思えるものを作ればいいんです。
俺の言葉は気楽だなってムカつくかもしれないけど、肩の力を抜いてゆっくり行きましょうよ。大丈夫です、そのために俺がいるんですから」
ヨゾラさんは優しく笑っていた。
とても静かだけど力強くて安心する、言葉と表情。
「いいのかな…。それで、いいのかな…」
「いいんですよ!俺もついています。ほら、楽しいこと考えて好きなことして、創作に活かしてやりましょうよ!」
背中を押されるような、心強い肯定の言葉。ヒロさんは涙ぐんでいた。
私も不思議な気持ちになっていた。
今まで私は人の励ましに胸を打たれるようなことは一切なかった。
誰の言葉も私には届かなかった。
いや、私自身も必要としていなかったから、聞こうとしてこなかっただけなのかもしれない。
他人が何を言おうと、それは結局私自身の問題であって他人には関係ないことだったから。
頑張るのも私、苦しむのも私、勝手なこと言わないで、と思っていた。
最初の頃はヒロさんを励ますヨゾラさんを見て、同じように思っていた。
当事者じゃないから何とでも言えるんだろうなと。思ってもないことを口にして励ますのは簡単だ。
でもこの二ヶ月間、ヨゾラさんを見ていて感じた。彼は適当に言っているのでもなく、同情で励ましているのでもない。
彼と話したこともない私だが、ヨゾラさんを見ていても聞いていても、そんな気持ちが伝わってくるのだ。
ここで私は自分が思った以上にヨゾラさんを見ていたことに気付いた。
ど、どうしよう、気付かれているかも…ごめんなさい…そして我ながら気持ち悪い…。
二人は和やかな空気になっていた。
ヒロさんは先ほどとは打って変わり、晴々とした表情になっていた。
それから楽しそうに会話をしたり、ヨゾラさんはいつものパフェを美味しそうに食べていた。