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二人組がカフェを訪れ始めてから二ヶ月ほど経った。
外も本格的に夏の暑さが近づいてきていた。時が経つのは本当に早い。
そして私の仕事の進展は何もない。私の状況は全く変わっていなかった。
もう、辞めるべきなのか。最近はそんな考えがずっと渦巻いている。
「だから、そうやってすぐ諦めて考えを放棄するのがヒロさんの悪いとこですって~。自分でも分かってるんでしょ?」
「そうだけど…でも自信がないんだよ僕は。ヨゾラさんが思ってるほど良い作品を書けてるとは思えないですよ…」
「うーん、俺はヒロさんの作品とても好きですよ。男性でこんな繊細な心理描写や物語が作れるって凄いし、本人の人柄も表れると思うんです。ヒロさん優しいから」
あの二人の声が隣から聞こえる。
この二ヶ月で彼らのことを少し知った。
銀髪がヨゾラさん。黒髪がヒロさん。
どうやらヒロさんは作家のようで、私と同じような悩みを抱えているらしかった。
相変わらず盗み聞き情報なので、それ以上は詳しく知らない。
ヨゾラさんはいつも、明るくヒロさんを励ましている。
飄々とした印象を受けたが、とても誠実で真面目なことが垣間見えていた。
ヒロさんはいつもあんな感じで、どちらかというと後ろ向きだ。
そんな卑屈な考えを持っているのは私だけでなく、ヒロさんも私と似たようなタイプだった。
ただ、私と違うのはヒロさんは〝自分の作品に自信がない〝タイプであって、きっと〝自分自身〝に対してではない。
これは私から見た表面上のヒロさんの印象だけど。
私は自分が大嫌いだ。
何の取り柄もないし誇れるものも何もない。
正直、こうして小説を書いてなければ生きている価値がない人間だとさえ思っている。
誰かに慰めてほしい、認めてほしい、それすらも一切思わない。どうしようもない人間。それが私だ。
ヨゾラさんは真っ直ぐにヒロさんを見ながら口を開いた。
「…俺、前から思ってたんですけどヒロさんも、みんなも、凄いですよ。こうして苦しみながらも誰かを楽しませようとして何かを作っている。たとえ作者にとってそれが自己満足でもね」
「……」
「今はたくさんの娯楽が溢れている世の中、こんな思いしながらあなた自身は娯楽を我慢しながら、溢れる想いを人に伝えるために今も悩んでるじゃないですか。作家はそれが当たり前みたいになりがちですけど普通に考えたら本気で凄いですよ、それ!」
最初は静かに話していたヨゾラさんだったが、その声色は次第に明るく、熱を帯びたものになっていた。
「俺はこうして聞くことしか出来ないから余計にそう思います。というより、何かを頑張ってる人はみんな凄いですよ。仕事にしても勉学にしても。
無気力だったり何となく生きてたりで自分は頑張っていないと思っていても。そう思いながら頑張ってる。
今は何も出来なくても健康に生きているだけで。健康じゃない人は生きるために必死に頑張ってる。
もう、今こうしてちゃんと生きているだけで本当は凄いことだって思いますよ」
「…そうなんですかね…僕は生気無いし不健康だし毎日カップ麺ばっかり食ってますけど…」
「それでもいいんですよ!俺から見たらヒロさんは、ちゃんと生きてます!まあ、その〝ちゃんと生きてる〝って何だよって言われたら俺もそこまでは答えを出せないんですけど。定義は人によって違いますからね、すみません」
はは、とはにかみながらヨゾラさんは言った。