プロローグ side-B 名もなき少女たちに花束を
上空からは、この都市の……学術研究都市『出雲』の全貌が見渡せた。
外縁に目を向けると、粒子化結晶体が吹き込まないよう高く建造された二重の防護壁が目に入る。その頂上には赤い警告灯が並び、その境界線を雄弁に主張していた。
世界を滅ぼした大析出から三十年が過ぎた現代においても、その大災害に対する根本的な解決法は未だ見つかっていない。こうやって壁で囲うことぐらいしか、対処法は無いのだ。
半ば物憂げにため息をつきながら、視線を壁の内側へと向ける。
運良く大析出の被害から逃れ得た場所は多くないように、この都市の面積も決して広大とはいえない。それは都市の湾内にある人工浮島――八島自治区も同様であった。しかし、人口の大半が技術師である事実は伊達ではなく、従来の建築技法を無視した高度な超高層建築物に数多の研究施設、そのいずれもここ以外の場所や国家でまずお目にかかれないと断言してもいいぐらいには、卓越した技術力を擁していた。
故に北方皇国はこの国を抑え、技術師を手懐けているのだ。現に、北方皇国に付いた技術師が存在している。裏切り者も同然である彼らは、良識派で占められる八島の技術師から『破門衆』と呼び蔑まれていた。
当然、『国家の戦略資源たれ』と幼い頃から叩き込まれてきた技術師の多くはそんな状況を良しとはしなかった。
〈目標の作戦区域からの離脱を確認した。任務完了だ。お疲れ様。例の支援者たちもACWSを始めとする次世代兵装の試験データが集まったと大喜びだとか〉
〈回収機は事前に通達したポイントで待機している。コードはサターンファイブ〉
「了解。……今回みたいな事例、これで何度目だ?」
〈今回のような大チョンボはこれが始めてだけど、敵勢力の詳細がなかったのは数え切れないほどじゃないか?〉
「所詮外様――とも言えなくもないが、同じことが何度も続くといい加減にしてほしくはあるよな」
〈しょうがないさ。AFの上層部は皆技術師で軍事系の専門家じゃないんだ。指揮が取れる人間はとうの昔に収容所送りにされてる。そもそもここは学術研究都市なんだぜ〉
そんな北方皇国に支配されている現状を良しとしなかった彼らが選んだ手段が、同胞との繋がりを取り戻すことであった。それがエリュシオンと出雲――正確には八島自治区なのだが――で締結されることになっているアリアドネ条約であり、その条約締結を円滑に進めるための諸々の工作(今回のような技術遺産の回収から、テロ組織・犯罪者に対する秘密裏の抹殺までと様々である)を行う組織がAriadne Forwarding (アリアドネ・フォワーディング)。
先程助けた少女たちは、その組織の実働工作員であった。
先の大析出と静馬動乱、その混乱を突かれてあっけなく沈んだヒノマ皇国。彼女たちはその時生まれ落ちた一種の戦災孤児と呼んでも差し支えなかった。
まともに戦える戦力はない。それは理解できる。
国の戦略資源である技術師が前線に立つリスクが大きすぎる。それもまぁ、理解できなくはない。
だが、その埋め合わせに先程の少女たちのような少年兵を使うとなると話は別だ。
大析出を経た現在においても、少年兵の運用は人道的な面で厳に慎まれるべきことであることには変わりない。
他国と条約を結ぶにあたって、少年兵を運用しているというこの事実はかなりネガティブな印象を与え、信頼を大きく損なうことなど嫌でも察せるというもの。築き上げるのは時間がかかるが、失うときはあっという間に失われるのが信頼というものだ。少年兵を使う連中とつるんでいると言われた日には、エリュシオンの信頼は地に落ちるだろう。
彼女たちは『孤児であった自分たちを救い、育ててくれたこと』と『何の身よりもツテもない自分たちに技術師の道を示してくれた』AFへの感謝を糧として自らを戦場へと駆り立てている。
本人たちが実際にどう思っているのかわからないが、少なくとも外様である彼と支援者である国際海洋開発公社から見ればある種の刷り込み以外の何物でもない。
そう、おかしい。年端もいかない少年少女たちを洗脳し、尖兵と仕立て上げ、八島の技術師と破門衆の技術師の政治闘争の駒として消費することを是とするこの現状はおかしいのだ。
だが、そんな現実に慣れつつある自分たちもおかしくなりつつあるのかもしれない。そんな恐怖が彼とAFと関係を持つI.O.D.C.の社員たちの心の内に去来する。受け入れるしか無い。こうでもしないと彼らは戦えないのは事実なのだ。
この都市で、敵地に取り残された彼女たちが亡くなったとしてもこの都市が変わることはない。悲しむ人すらいないから。
この都市で、彼女たちがAFの感謝に殉じて命を落としてしまったとしても、AFは変わることはない。そうするよう仕向けたのだから。
この都市で、彼女たちが散っても、この世界は変わらない。それが世界の律だから。
しかし、黒い天使の意思となっている彼には、彼女達の死を嘆き、死地に追いやった者たちを糾弾し、死の淵にいる名もなき少女たちに手を伸ばすだけの理由と権利と義務があった。
全ては、あの廃墟――旧九星図書館主棟の麓から始まった。
仮にそれがなかったとしても、彼はきっと手を差し伸べたのかもしれないが。




