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【観測者のジレンマ】

この作品は【勇者のアンチテーゼ】のスピンオフ作品です。

作中には本編のネタバレになる内容等が含まれますので、本編をまだお読みになっていない方は先に本編【勇者のアンチテーゼ】を読まれる事をお勧めいたします。

 私がアトランティスに来てから一年が経った。


 私はここに来た当初、ここの事を宇宙移民船と呼んでいたが、正確にはスペースコロニーというらしい。


 彼らの先祖がはるか昔にこの真空の世界に人類が生存可能な鉄の壁で四方を覆われた空間を作ったのだという。


 建造されてからも何度も修繕拡張が行われ、今ではこのスペースコロニー内だけで自給自足が可能なレベルにまで発展したのだという。


 しかし、正直言って彼らの食べる食事は味気ない物ばかりだ。確かに健康面や製造の容易さ等を考えると効率的に栄養が取れ、効率的に製造が可能なこの食文化は人類の生存に関してだけ言えば理にかなっている。


 だが、地下の世界で生まれ育った私からすればそれは合理的過ぎた。


 普通の人々ならばこのような食事を何年も続けていては暴動を起こしかねないレベルだと思うが、彼らにはそのような事はありえない。


 何故ならば、彼らには感情の起伏を抑える遺伝子操作が行われているからだ。


 スペースコロニーという閉鎖的な空間において、人の感情とは人類の破滅を招きかねない危険要因なんだ。だから彼らの先祖が宇宙に来て最初にした事は感情を抑制する事であった。


 最初は投薬によって感情の抑制を促していたが、二世代目、三世代目と重ねる毎に遺伝子操作と投薬という二つの方法によって感情を制御するようになったのだという。


 人は感情を無くす事で生に対しての執着や、死に対しての恐怖などが無くなり、個を優先するのではなく、全体を優先するようになる。


 それは一見するとユートピア(楽園)と思えるかもしれないが、私からすれば新しい事を発見した時の喜び、家族や友を無くした悲しみがないというのは地獄のようにも思える。


 だが、彼らは実際にその感情の抑制という方法によって、この数千年間を真空に覆われた危険な空間で生きて来れたのだから、私が彼らに対してとやかくいうつもりはない。


 彼らは物事を見る時に、“課程”ではなく、“結果”を見るのだという。それは彼らの死生観にも影響し、彼らにとって人の“死”とは結果に過ぎず、“生”とはその死という結果に至るための過程に過ぎないのだという。


 そして、彼らにとっての死とは結果であって、終わりではないのだ。


 これはどういう事かというと、彼らの肉体が死を迎えると、彼らの意識はスペースコロニーを管理する“ミネルヴァ”と呼ばれる管理AIに取り込まれるのだという。


 そうする事で、彼らは肉体というスタンドアローン(孤立)状態から、オンライン(繋がった)状態になるのだという。


 このシステムは地下世界アガルタにあった女神信仰にも似たような死生観が存在している。


 それは現世での行いによって、女神ロナが住まう楽園へと導かれるというものだ。


 楽園へと導かれぬものは、永遠に続く苦痛を受け続ける地獄に落とされるのだという。


 私はアガルタで生まれ育ったが、この女神信仰というものに心底うさん臭さを感じていた。


 それ故に女神信仰に対しての反発心を持ち、研究に尽力してこれたのだから、今では逆に女神信仰に感謝すらしている。


 ここに来てからもそんな研究に対しての情熱は衰えていない。何せここには今まで見たこともない物や、知らなかった知識の宝庫なのだから。


 食事の事は置いておいても、私にとってここは楽園であることに違いない。


 彼らもまた、私の嬉々とした姿を観察し、今までは当たり前に感じていた事に疑問を持つようになり、私と共に様々な研究をするようになった。


 最初は一人、二人…そして今では10人ものアトランティスの民が私の研究室で日夜様々な事を研究している。


 研究をしていいくうちに、彼らの表情も豊かになってきていた。抑えられていた感情が再び蘇ってきたのだと私は感じている。


 しかし、それがこのアトランティスにとって良い結果を齎すかどうかはまだ分からない。


 少なくとも私は今の彼らの事が好きだ。


 管理AIであるミネルヴァも彼らの変化に対して様子を見ているように感じる。


 私もまた、肉体が朽ちたら彼らと同様にミネルヴァの中で繋がれるだろうか。


 変な話だが、今から死ぬのが楽しみでもある。




 ――――――――――

 ――――――――――

 ――――――――――

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 ――――――――――



―アトランティス内にある特別研究室


 そこはガラス張りの白い壁で覆われ、四方のうちの一つが全面ガラス張りの壁になっていた。


 その部屋の中心部には、ベッドに横たわっているヤシマ博士の姿があった。


 彼の頭には何かしらの装置が接続されていた。


 その部屋のガラスの向こう側に、二人のアトランティスの民の男が立っていた。



「その後の経過は?」


「彼は多くのアトランティスの民に変化を与え、その後にアトランティスの民の感情の抑制が効かなくなり、100年後にはアトランティスは内部分裂を起こし崩壊すると試算が出ました。」


「なるほど、やはりミネルヴァの出した彼の危険指数は間違いではなかったですか…。」


「彼はこれからどうされるのです?このまま脳をシミュレーターに繋げたままにしておくのですか?」


「そうする他無いでしょう。彼が我々と接触することによって我々に感情が戻り、このアトランティスは数千年の歴史に終止符が打たれてしまうかもしれないのですから。」


「肉体から彼の意識だけをミネルヴァに取り込む事はお考えにならないのですか?」


「それは大変危険な行為だ。

 ミネルヴァとは我々という生体外部端末を通して情報を蓄積している存在だ。その完璧な存在の中に不確定要素を混入させる事は自殺行為と言わざるを得ない。」


「では彼は肉体が朽ちた後はそのまま消えるだけという事なのでしょうか。」


「いや、彼は別のスタンドアローン化したシミュレーターに移し、そこで永遠に観察し続けることになるだろう。今後起こりうる地上や地下の民との接触に備えるためにね。」


「彼は生きながらにして死んでいるようなものですね。」


「それは我々とて同じこと。所詮は現実とは脳が視覚や聴覚、触覚と言った電気信号を情報処理し、現実と認識させているに過ぎない。彼もまた脳に直接その疑似信号が送られている故に、彼にとってはあのシミュレーターの世界が現実世界なのだよ。」


「では我々が人類という種を生存させる事もまた意味のない事になりませんか?」


「極論から言えば意味はない。しかし、これは我らが先祖によって定められた遺伝子に刻まれた呪いなのだ。だから我々は種を絶やさぬように日々努力している。」


「呪いですか。」


「どちらにしても、我々もまた、何者かに観測されている可能性は拭い切れないだろう。」



 ■【観測者のジレンマ】終…

お読み頂きありがとうございます。

感想や評価、ダメ出しなど頂ければ今後の執筆活動の励みになります。【ガサイハジメ】

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