【心、アネモネのように…】 ※挿絵あり
この作品は【勇者のアンチテーゼ】のスピンオフ作品です。
作中には本編のネタバレになる内容等が含まれますので、本編をまだお読みになっていない方は先に本編【勇者のアンチテーゼ】を読まれる事をお勧めいたします。
小さい頃から週末になると、村の丘の上にある教会に、家族揃ってお祈りをしに行くのが習慣だった。
神様は私たちが生まれた時からずっと傍に居てくれる存在だった。
彼と出会ったのもその教会だった。
彼は行商人の息子だった。
お父様に連れられ、彼がこの村に寄った際に、教会に旅の安全を祈りに来たのだという。
私の住んでいた村は小さな村で、教会に来る人と言ったら村の住人や関係者だけだったので、私と同年代の知らない男の子が珍しかった。
きっかけは彼から話し掛けられた事だった。声を掛けられた時は一瞬戸惑ったけど、彼の笑顔でそんな戸惑いは消えた。
それから、彼はお父様と一緒に村を訪れる度に私の元にやって来て、旅の話をしてくれた。
私は村から出た事が無かったので、彼の村の外の話が本当に楽しくて、彼が来るのが待ち遠しくになっていた。
その待ち遠しさはワクワクする話を聞くという事から、次第に彼に会う事その物が待ち遠しくなっていた。
それから数年が経過し、その年は彼が村に来ることが無かった。
彼の事を心配する私に、一通の手紙が届いた。
その手紙にはこう書かれていた。
~・~・~・~・~・~・~・~
親愛なるマリーダへ。
愛に行けなくてごめん。
戦争の影響で父の事業が出来なくなり、
父は行商人としての職を失ってしまった。
だから僕も今までのように君に会いに行く事が
出来なくなってしまった。
それでも僕は君に会いに行けるように
色々手を尽くしてみるつもりだ。
だから少しの間、我慢して欲しい。
そして、次会う時に大事な話を君に伝えたい。
ヨセフより
~・~・~・~・~・~・~・~
手紙を読み終わると、私は手紙に鼻を近づけた。
手紙にはアネモネの花の香りが仄かにしていた。
私の住む村は皇国の辺境の地だったので、世界が戦争をしている中もそれほど影響を受ける事がなく、皇国が戦争をしているという実感がなかった。
数か月に一度皇国の兵隊さんたちが村を通るという事ぐらいであった。
私とヨセフはそれから何度か手紙でのやり取りを続けた。
そして2年が経ち、私が教会で祈りを捧げていると後ろから誰かに抱きしめられた。
そのぬくもり、そしてアネモネの香りで私を抱きしめたのが誰なのか分かった。
「ずっと待たせてごめん。マリーダ、君に会いにきたよ。」
私が振り返ると、そこにいたのはヨセフだった。
ヨセフは私に会うためにこの辺境の村まで来てくれたのだった。
そして、ヨセフはそれだけではなく、私を外に連れ出してくれると言った。
私は初めて村の外に出ることになった。
ヨセフが乗ってきた馬車に乗って私は村から三日程離れた大きな街に向かった。
街が近づいてくると、私はその光景に驚いた。
広い平原の真ん中に大きな壁が築かれていたのだ。
私たちの目的地はその壁の中にあるのだというのだから更に驚いた。
壁の真下まで到着すると、ヨセフが門番の人に通行書を見せ、私達は改めて街の中に入った。
その街の中には今までに見たこともない大勢の人や、高い建物などがあった。
全てが私にとって初めての体験、初めて見るものだった。
村の外にはこんなにもたくさんのものが存在していたのだと、改めて実感した。
「どうだいマリーダ。これが僕がずっと君に話していた世界だよ!」
私の目からは自然と涙がこぼれてきた。
それからヨセフは私にご両親を紹介してくれた。
ご両親は田舎者の私にも偏見など持たず、優しく受け入れてくれた。
お父様は行商人としての仕事ができなくなった後は、骨董品を扱う店を開き、今はお店も軌道に乗ったところだと仰っていた。そのお店の手伝いなどでヨセフもこの二年間忙しかったのだという。
ヨセフは手紙では話切れなかった沢山の事を話してくれた。
あっという間の一週間が経過し、私たちは再び村に戻った。
村に戻ると、ヨセフは私たちが出会った教会に私を連れていた。
「マリーダ、ここで初めて会った日の事を覚えているかい?」
「もちろんよ、ヨセフ。忘れろって言っても忘れられる訳ないわ。」
「僕は君に初めて会った時、神様が僕に天使を使わせてくれたんだって思ったんだ。」
「天使だなんて大袈裟な人ね、ヨセフは。」
「大袈裟なんかじゃないさ。僕にとっては本当にそう思ったんだ。だから僕は君に声をかけた。」
「この教会が、いえ…神様が私達を導いてくれたのね。」
「ああ、神様に本当に感謝しないと。」
ヨセフは何かを言いたげだった。
「どうしたのヨセフ?」
「実は、僕は来月から皇国軍に徴兵されることになったんだ。」
「え!徴兵って事は軍隊に入るってこと?」
「うん。でも徴兵期間は二年間、だから二年経ったら僕はまたここに会いにくるよ。
そして、その時は僕と結婚しよう!」
ヨセフはシャツの胸ポケットから指輪を取り出した。
「ヨセフ…もちろんよ。」
ヨセフは優しく私の左手を取り、ゆっくりと左手の薬指に指輪をはめた。
「二年後、僕が戻ったらここで式を挙げよう。
ここでもう一度僕たちの時間を始めるんだ。」
「ええ、ヨセフ。」
ヨセフは馬車に乗り、街へと戻って行った。
それからヨセフは戦地から何度も私に手紙を送ってきてくれた。
二年間は少し長いようにも感じるけど、あなたとのこれからの生活の事を考えると決して長くはないわ。
これから何年、何十年と私はあなたと一緒に、子供たちと一緒に過ごしていきましょう。
私はアネモネの花言葉のように、私はいつまでもあなたの事を信じて待つわ…。
【心、アネモネのように…】終…
お読み頂きありがとうございます。
※この【心、アネモネのように…】は本編の第三章・第三節【変化】をお読み頂いてからの方がより理解していただけると思います。
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