【幸福の意味】後編
この作品は【勇者のアンチテーゼ】のスピンオフ作品です。
作中には本編のネタバレになる内容等が含まれますので、本編をまだお読みになっていない方は先に本編【勇者のアンチテーゼ】を読まれる事をお勧めいたします。
みんな私の事を置いてどこかに行ってしまう。私はいつも置いてけぼり…。
17才の夏、その日は天気が良く、心地よい朝だった。
私はいつものようにシスターマアムと子供たちの朝食を作っていた。
全員分の朝食の支度ができた頃、就寝部屋の方が騒がしかった。
私は何があったのか覗きに行くと、子供たちがピートを囲んでいた。
「この紋章は勇者様の証だろ!スゴイやピート兄ちゃん!」
「………。」
ピートの右手の甲に勇者の紋章が浮かび上がっていた。
私はそれがどういう事か理解していた。
私はピートの顔を見ることができなかった。
数日後、ピートはお城に招待され、新たな勇者として魔王討伐の旅のための準備などしてもらっていた。
私はあれからピートの顔をまともに見れていない。
ピートは勇者として魔王を討伐するための旅に出てしまう。私はまた置いてけぼりになってしまう…。
仕方が無いという事は分かってる。それでも自分の中の何かがそれを拒もうとしている。
結局、ピートが旅立つまで私は一言も声をかけてあげることができなかった。
これが最後かもしれないのに…。
それから二年後、私は19才になっていた。ファルネーゼ孤児院では18才になったら独り立ちしなくちゃいけないという決まりがあった。そして私は、孤児院から近いパン屋で働くことになった。パン屋さんで働きつつ、私はファルネーゼ孤児院でシスターマアムの手伝いもしていた。シスターマアムだけではとても大勢の子供たちの食事を作ったりとかが大変だったからだ。
あれから孤児院の子供たちは更に増えて、20人になっていた。
最近は更に魔物の出現も多くなって、魔物に襲われて孤児になる子が増えているのだという。
幸いにも、ピートが勇者になった時、国王様に孤児院への援助をお願いしていたこともあり、資金面に関してはなんとかやっていけていた。
それでも、孤児院にいるのはみんな小さい子供たちばかりになってしまい、下の子の面倒を見る子たちがいない状況ではシスターマアムと二人でも大変な状況だった。
「ビル、これをロペットさんの所に持って行ってくれるかしら。」
「お安い御用さ。」
大変だけど、私は幸せだった。
けれど、そんな幸せな日々は突然終わりを告げた。
「怖いよ。怖いよ…。」
「しー、静かにするのよ。」
「神様…神様。」
私達は孤児院の倉庫でじっと身を潜めていた。
孤児院の外からはいたる所から悲鳴が聞こえていた。
≪ドンドン!≫と倉庫の扉を叩く音がした。
私は子供たちと一緒に声を殺した。
「ルー!みんなそこにいるのか!」
それはビルの声だった。私は倉庫の扉を開けて、ビルを倉庫の中に入れた。
ビルは左手は血だらけになっていた。
「ここはもう危ない!早くみんなと一緒に逃げないと!」
「逃げるって言ったって外は魔物だらけなのよ。」
「ここから少し歩いた所にある集会所に王立軍の兵隊がたくさん集まってて、他にも沢山の街の人が集まってる。だからそこまで行けば助かるかもしれない。」
「集会所までは歩いて5分かかるのよ。その間に魔物に遭遇したりしたら。」
「大丈夫、俺がちゃんとみんなの事を守るから。」
そういうとビルは右手に持った剣を見せてきた。
「でもあなたはケガをしてるのよ。」
「こんなのかすり傷だよ。それよりも早くここを離れないとみんな魔物に殺されちゃうよ。」
私達はビルを先頭に孤児院から出た。
周囲は夜だというのに少し明るかった。そして、第二の月ロナが赤く染まっていた。
集会所までは歩いて5分の距離、それでも魔物が徘徊している街中を通るには長すぎる距離だった。
魔物がいる場所は避け、遠回りしながらも、集会所に向かっていた。
私達が裏路地を歩いていると、上からポロポロと何かが落ちてきて、私が上を見上げると、そこには巨大な牙を持った大サルのような魔物が私達を凝視していた。
魔物は雄たけびを上げながら私達に襲い掛かってきた。
ビルは右手の剣で魔物を切りつけるが、魔物は一瞬怯みながらも、路地裏に置いてあった大きな箱をビルに向かって投げた。
ビルは避けることができず、下敷きになり、ビルの血が地面に飛び散った。
子供たちはパニックになり、バラバラに逃げようとするとも、更に現れた魔物によって襲われた。
私は震えて動けなかった。
子供たちが魔物に食われているのに動くことができなかった。
魔物が私の右足を掴んだ。私は叫びながら体を引きずり抵抗するも、魔物の力の前には非力だった。
魔物は私をずるずると地面に引きずりながらどこかに連れ去ろうとしていた。
私はビルが持っていた剣を手に取り、魔物に突き刺そうとするも、堅い魔物の皮膚には非力な私の力では傷をつけることすらできなかった。
そして私は魔物に摑まれている自分の右足を切断した。
肉がグチャグチャという音を立てていた。骨が堅くて何度も何度も剣で叩いた。
何度も剣を振り下ろし、ようやく私は自分の右足を切断することができた。
私はその場から張って逃げようとするも、魔物が私の方に振り向き再び襲いかかってきた。
私は目をつぶり、叫んだ。
少しの沈黙の後、私が目を開けると、そこには二体の魔物の亡骸と、返り血を浴びた兵士が立っていた。
「ルー、遅れてごめん。」
兵士が兜を脱いだ。その兵士の顔は私からチャーリーを奪った男の子と同じ顔だった。
「ルオ!」
「その足!早く応急処置をしなくちゃ!」
そういうとルオは私の足を長い布で縛った。
それでも出血が多く、私は意識を失ってしまった。
「ルー姉ちゃん!」
「あれ?みんなどうしたの?そっちに行ったら危ないわよ!」
「アハハハ!」
「待ちなさい!」
「ダメだよ!」
「どうしたのビル?」
「ここから先はルー姉ちゃんにはまだ早いんだ。」
「どういう事?」
「ルー姉ちゃんにはまだしなくちゃいけないことが残ってる。」
「しなくちゃいけないこと?それって何?」
「それは…“俺たちの分まで幸せになるコト”だよ。」
「みんなの分まで幸せになるコト?」
「ルー姉ちゃんはずっと俺や孤児院の子たちのために頑張ってきた。だからこれからは自分のために幸せにならなくちゃ。」
「違うよ。私はみんなと過ごせて幸せだった。みんなと過ごすことが私の幸せだったの!」
「ありがとう。でももうそれは無理なんだ。」
「どうして。私もそっちに行けば…。」
「ルー姉ちゃんには待ってる人がいるでしょ。」
「ルー!ルー!!」
「この声は…。」
「さあ思い出して…その声の人の事を…。」
私が目覚めるとそこは王立病院のベッドの上だった。
ベッドの横には私の手を握ったまま眠っているルオの姿があった。
その日、王都は赤い月の影響で狂暴化した魔物が大量発生した影響で大勢が亡くなった。
多くの人が多くの家族や友を失い、涙を流していた。
私は涙を流す事が出来なかった。
悲しいのに涙が出なかった。
その後、何とか逃げ延びた一部の子供たちも、シスターマアムがお世話になっていたという別の教会に引き取ってもらうようになった。
私はルオの助けもあって、何とか杖を使って歩けるまでになった。
それからしばらくして、魔王の討伐が知らされた。
ピートが魔王を討伐したのだ。
王都は悲しみに暮れながらも、ピートの魔王討伐を喜んだ。
それから数か月して、ピートが王都に戻ってきた。嬉しいはずなのに私の口から出た言葉は酷い言葉ばかりだった。
自分の弱さが憎かった。
ピートは一言「ごめん。」とだけ言って再び王都からいなくなってしまった。
私は酷い人間だ…。
みんなを救うために命懸けで魔王の討伐をした人間に、私はなんてことを言ってしまったのだろうか。
私はずっと自分の事を責めた。
でもルオは違った。私の事をずっと励ましてくれた。私の事をずっと支えてくれた。
それからしばらくして、私とルオは結婚し、二人の子供にも恵まれた。
それはそれは幸せな日々だった。
愛する子供たちと愛する夫と過ごす日々…、私は本当に幸せだった。
私の体は病魔に蝕まれ、いくらも生きることができない。
それでも私は母と過ごせた日々…孤児院とみんなと過ごせた日々…家族と過ごせた日々に感謝している。
人は私の人生を不幸だという。
でも私は不幸なんかじゃない。
私の人生は幸福でした…。
ただ、一つ思い残すことがあるとすれば、子供たちの大人になる姿を見れなかったこと…。
ママ、私を生んでくれてありがとう。
■【幸福の意味】後編 終…
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