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【幸福の意味】前編

この作品は【勇者のアンチテーゼ】のスピンオフ作品です。

作中には本編のネタバレになる内容等が含まれますので、本編をまだお読みになっていない方は先に本編【勇者のアンチテーゼ】を読まれる事をお勧めいたします。

 どうして…どうしてあなたも行ってしまうの…。


 みんな、私を置いてどこかに行ってしまうのね…ママのように…。


 私は何度も何度も同じ夢を見る事があった。その夢とは母が私を捨てた日の思い出だった。


 私は母が大好きだった。だが、母はいつも私を顔や体を叩きながら私を叱った。


 それでも私は母の事が大好きだった。


 けれどある日、母が無言のまま私に支度をさせ、遠く離れたこの王都にやってきた。


 母はある建物の前で立ち止まると、私を強く抱きしめた。


「ごめんね。今まで沢山叩いてしまって。でも自分では止められなかった。どうする事も出来なかった。あなたが私の傍に居たらきっといつか殺してしまう。だから…」


 そういうと母は私にミルクを飲ませた。


 ミルクを飲み干すと、私は強い眠気に襲われ、その場で眠ってしまった。



 そして、私が目を覚ますとベッドの上だった。


「ここは?」


「ここは孤児院よ。」


「孤児院?」


「たくさんの子供たちが暮らしている所なの。あなたお名前は?」


「私の名前は“ルー”よ。」


「初めまして、ルー。私はシスターマアム、このファルネーゼ孤児院のシスターよ。」


 その時のシスターの優しい表情は今でも鮮明に思い出せる。


 けれど、そこには母の姿はなかった。


 私は母に捨てられたのだ。



 ファルネーゼ孤児院には既に5人の子供たちが暮らしていた。


 7つ上の女の子アネッサ、4つ上の男の子マーキー、2つ上の男の子ルオ、ルオと同い年の女の子ミッシェル、私の一つ下の男の子ネイト。


 14才のアネッサは怒ると怖いけど、普段はとても優しいお姉さんだった。


 私はみんなとすぐには打ち解ける事が出来なかった。何故なら私は母と暮らしている時、外に出る事が許されず、同年代の子供たちと遊んだ事が無かったからだ。母が仕事で出かけている時も、私はずっと一人部屋の中で遊んでいた。その時の唯一の友達は小さい頃に母が作ってくれたクマのぬいぐるみのチャーリーだけだった。


 ファルネーゼ孤児院に来てからも私はずっとチャーリーと一緒だった。でも、そんな姿を見てルオがチャーリーを取り上げた。


 私はルオの行為に怒り、ルオにチャーリーを返すように言った。それでもルオは返してくれなかった。


 私はルオを走って捕まえて、ルオの顔を叩いた。ルオは逆上し、私を叩いてきた。


 私がルオから叩かれていると、アネッサが部屋に入ってきて、ルオのほっぺを強く叩いた。


「何やってるの!!」


 アネッサの顔は凄く怖かった。


 アネッサに叩かれたルオは持っていたチャーリーを手放した。それを見て私はすぐにチャーリーを取り返した。


「だってこいつが先に叩いてきたんだ!」


「本当なのルー?」


 私は黙っていた。


「ルオがルーのぬいぐるみをとったの。」


 部屋の隅で座っていたネイトが私をかばってくれた。


「ネイト!」


 ルオの怒鳴り声でネイトは手で頭を抱え、怯えた。


「ルオ!!あなたって子は!」


 再びアネッサはルオの頬を叩いた。ルオは泣き出してしまった。


 わんわん泣いているルオを気にも留めず、アネッサは私の元にやってきた。


 私は再びチャーリーをとられると感じ、チャーリーの事を強く抱きしめた。


 するとアネッサは優しく≪ニコッ≫と笑い、「大丈夫、もうその子を誰も取らないわ。」と言いながら、私の事を優しく抱きしめてくれた。


 私は初めて涙を流して泣いた。


 それからはアネッサのお陰で孤児院のみんなとも仲良くできるようになった。最初は意地悪してきたルオも今では大切な仲間になった。


 それから3年が経ち、私が10才になった頃、ファルネーゼ孤児院に一人の男の子がやってきた。


 その男の子は住んでいた村が魔物に襲われて、家族も住む場所もなくし、森の中を彷徨っていたところを旅の商人に拾われてこのファルネーゼ孤児院に連れて来られたのだという。


 その男の子は誰とも口を聞くこともなく、ひたすら窓から外を眺めていた。


 そんな男の子に、またルオが絡んでいった。


「お前、山の向こうから来たんだろ。」


「………。」


「おい。」


「………。」


「無視するんじゃねえよ!」


 ルオが男の子の腕を掴もうとすると、男の子は手を叩いた(はたいた)。


 ムキになったルオは男の子に殴りかかろうとしたが、男の子の目を見て何かを感じ、振り上げた拳を下した。


 男の子は再び空を眺めだした。


 それからというもの、男の子は孤児院でも孤立していた。


 私はこんな時アネッサが居てくれたらと思った。しかし、アネッサは1年前に孤児院を出て、遠い離れた家で住み込みで働くようになっていた。


 私は男の子に私が孤児院に来た時の姿を重ね、男の子に何度も話し掛けた。何度も何度も、無視されても何度も何日も…。


 そして、二週間程してある事件が起こった。


 ファルネーゼ孤児院の敷地の中に野犬が入り込んできたのだ。


 ルオが必死に他のみんなを守ろうとしてくれたが、野犬に利き腕を噛まれてしまった。


 みんなで怯えていると、その男の子がホウキを手に持って、野犬に立ち向かっていった。


 男の子は数か所を引っ掛かれながらも、野犬を追い払った。


 みんなは守ってくれた男の子にお礼を言った。


 その時、男の子は少し恥ずかしそうに初めて言葉を発した。


「どういたしまして…。」


「オレの名前はルオ。みんなを助けてくれてありがとう。それと…この前はごめんな。」


「ううん。僕の方こそ無視してごめん。僕は“ピート”だよ。」



 それからファルネーゼ孤児院に新しい仲間が何人か増えていった。それと同じように、私が来た時にいた子たちも里親の元に引き取られたりして、私が来た時にいた子はルオだけになっていた。


 けれど、ルオもまた、王立軍に入隊する事になり、孤児院を去る事になった。


「ルオ…どうしても行っちゃうの。」


「おう。」


「どうして軍隊なの?軍隊なんかに入ったら魔物と戦ったりして、死んじゃうかもしれないんだよ。」


「だからだよ。」


「どういう事?」


「去年勇者様が王都に来た事があっただろ。あの時に感じたんだ。勇者様は野犬に襲われた時のピートのようにオレたちの事を魔王や魔物から守るために戦ってくれてるんだって。だから少しでもオレもそんな勇者様の役に立つためにも軍隊に入って魔物を倒したいって。」


「勇者様は魔法だって使える。でもあなたじゃあすぐに殺されちゃうよ!」


「だから軍隊に入って強くなるんだ。そしてみんなの事を守りたいんだ。」


「そんなのって…。」


「大丈夫。オレはきっと戻ってくるから。強くなってみんなの事を守るために戻ってくるから。」


 私は涙を流しながらルオを抱きしめ、ルオもまた、私の事を優しく抱きしめた。


 その時のルオのぬくもりはシスターマアムが私の事を抱きしめてくれた時と同じように、優しくて暖かかった。


 ■【幸福の意味】後編に続く…

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