執事の溜息
お立ち寄り下さりありがとうございます。
当家に「遠縁の」少年が客人として来られることになりました。
少年、チャーリー様への対応については、旦那様と綿密に打ち合わせをさせていただきました。
ご本人にはお伝えしていないことですが、チャーリー様のご実家が10年経ってもお迎えに来られない状態なら、旦那様の養子に迎えるご予定なのだそうです。
つまり、客人というよりも新しいご家族といった立場の方なのです。
私、セバスチャンは執事として緊張しながら、チャーリー様がお越しになられる日を迎えました。
ご実家から遠く離れた見ず知らずの当家に馴染んで下さるでしょうか。
「客人」に寛いで頂くことは、執事の腕の見せ所でございますが、長いお付き合いとなるかもしれない方です。
願わくば当家の色に馴染みやすい方でいらっしゃればとも思っておりました。
そしてとうとう、ハルベリー侯爵に付き添われ、チャーリー様がお見えになりました。
チャーリー様は、当家の遠縁というよりも、ハルベリー侯爵の遠縁と言われた方が納得する雰囲気をお持ちでした。
どこから見ても人の好さを感じさせる侯爵と並んで立つ少年は、どこから見ても純真さを感じさせる方だったのです。
黄色に近い金の髪に、日に焼けたお顔は健康的な雰囲気を強めていました。
ハルベリー侯爵が何度も手放しで褒めていらした剣の腕は、その鍛えられた体つきを見る限り真実と思われます。
眉はやや太めで、既に男性らしさが漂い、体つきと調和しています。
ですが、何より目を引かれるのは、緑が混じったような青の瞳でしょう。
執事として多くの方と接してまいりましたが、息を呑むほど澄んだ眼差しをなさっています。
チャーリー様は、若様をご覧になり、その美しさに打たれたご様子でしたが、ハリー様とやり合っていらっしゃる若様をご覧になるうちに、どんどん目元が緩んでいらっしゃいました。
そして、堪えきれないといった風情で若様の頭を撫でられたのです。
若様は、その美貌から、また物静かな態度から、近寄りがたい雰囲気をお持ちです。こんな風に親しみを込めて頭を撫でられるのは、ハルベリー侯爵ぐらいです。
若様は照れてしまわれたようです。薄っすら頬を染めていらっしゃいます。
私の背後で、侍女たちの小さな叫び声が聞こえました。
新しいお客人の前で、少しはしたないことでございます。後でやんわりと注意しなければなりません。
そう思っておりましたところ、チャーリー様が頬を染めた若様をご覧になって、満面の笑みを浮かべなさったのです。
それは、純真さが似合う健やかな爽やかな笑顔でした。
見ているこちらまでつられてしまうような、純粋な笑顔でした。
背後でもう一度小さな叫び声が上がりました。
後ではっきりと注意しなければなりません。しかし、今日は見逃すことにしましょう。
このような純粋さは、当家では…
「ほほほほ」
奥様の笑い声が私の思考を遮りました。
今日もお美しい奥様が、その美しさにはそぐわない迫力ある眼差しをされています。
あの眼差しは、深い愛情を、――いささか深すぎて相手には分からない程の愛情を込めたものです。
シルヴィア嬢と出会われる前、感情の起伏に乏しくお人形のようだった若様を密かに心配されていた奥様は、感情を出させようと若様の苦手な食べ物ばかりを用意させるように私に指示なさったときも、あの眼差しでした。
執事にあるまじきことでございますが、私は密かに溜息を零してしまいました。
奥様のあの眼差しから考えますと、どうやら若様に親しみを覚えたチャーリー様をいたくお気に召した様子です。
旦那様が奥様に何かご注意なさっていましたが、私もしっかりと奥様の愛情表現に目を光らせなくてはならないでしょう。
少なくともチャーリー様が当家に慣れて下さるまでは、当家には珍しいあの純粋さをお守りしなくてはなりません。
大変難しい仕事ではございますが…。
お読み下さりありがとうございました。時間の進みが遅いため、連日投稿をしました。次の話では少し時間が進みます。