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恋の手合わせに気を付けよう  作者: 石里 唯
番外編:恋は手合わせで手に入れよう
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番外編:恋は手合わせで手に入れよう

お立ち寄り下さりありがとうございます。3話中の2話目です。

日が昇り始めたころに侯爵家に戻り、彼との名残を洗い落としながら、私はもう一度決意を取り戻していた。

昨夜、一度は思い出だけでいいと思っていたのに、我ながら現金なものだ。

現金だろうが、何だろうが、まだ彼を諦められないなら、私は進むしかない。

身支度をし、朝の空気を吸い込み、気持ちを静めた。

チャーリーは、朝、セドリック殿と剣の練習をする。

その時間までにもう一度公爵家に転移したかった。


ブリジットに午前は出かけることをお嬢様に伝えてもらおうとドアに向かい、ドア越しにお嬢様の魔力を感じた。

慌ててドアを開けると、朝の清らかな空気を纏ったようなお嬢様が、困った笑顔を浮かべながら立っている。


私が口を開く前に、お嬢様はおっしゃった。

「昨日、シャーリーが夜中に転移する気配がして、そのまま戻ってこなかったから、少し気になってしまったの」


ああ、護衛失格だ。お嬢様が転移の魔法に気が付かないわけがない。

今なら分かることだが、あの時の私は冷静さを失っていた。

まさか、夜這いをしに行きますとは言えないが、何か一言断っておくべきだったのだ。


「ご心配をおかけして――」

「それはいいの。だけど、シャーリー、また、今から出かけるのね?一体どうしたの?」


女性の私が見ても見惚れる麗しい顔に憂いを漂わせ、さらには癒しの魔力まで立ち上らせて、お嬢様が尋ねてくる。

私の大切なお嬢様にここまで心配をかけて、当たり障りのないことを話して誤魔化すことはできなかった。

私は意を決して、夜這いも含めてすべてを話していた。



実家から戻る道すがら、私は彼を手に入れる作戦を立てていた。

女性として見られていない私に、彼を落とす時間的余裕がない私に、正攻法はあり得なかった。

正攻法でなく想い人を手に入れた兄を見習いたかったが、兄とは違い、5人の敵であるご令嬢に剣の勝負は挑めない。

ならば、私が剣を向ける相手は残る一人だ。

チャーリーに決闘を申し込んで、彼の命を手に入れよう。

手に入れた彼の命は私の隣で終えてもらうのだ。

作戦は決まった。それしか思いつかなかった。

しかし私の決闘の相手は天才の名にふさわしい剣の使い手だ。

剣の腕だけなら、私が彼に勝つ見込みなど万に一つもない。

それは今までの手合わせで分かっていた。

八方塞がりを感じたとき、ふとハリー様の言葉が脳裏によぎった。


――「だから、私はチャーリーの守護石を作ることをしばらくの間忘れることにする」


その言葉が腑に落ちた。


チャーリーはハリー様の守護石を今は身に着けていない。

魔法の攻撃に関して、身体以外で防御する手段がないのだ。

ならば、私に勝機はあるはずだ。


それでも、私はさらにもう一手を打ち、備えをすることにした。

それが夜這いだ。

貴族の令嬢に手を出した責任を取れということではない。

転移で忍び込んだ夜這いではそもそもそんな主張は通らないし、そんな手を取る令嬢をアメリア様が許さないだろう。

夜這いの目的は、彼の攻撃をそぐことだ。

彼にとって手合わせは剣の練習の一環であり、勝負にこだわるものではなかった。

そのため、彼は今までの手合わせでも、私に傷を負わせない様、注意を払いながら剣を振っていた。

肌を重ね少しでも私を意識してくれれば、彼は私を傷つける危険を絶対に侵さないはずだ。


真の意味で彼に勝つことが目的ではない。

「決闘」で勝ち、彼の生死を決める権利を手にすればいいのだ。

彼が手に入るなら、私の誇りも名誉も些末なものだ。捨て去って何ら惜しくはない。



話に聞き入って下さったお嬢様を見つめて私は宣言した。

「今から、決闘を申し込み、彼を手に入れてきます」

ふわりと花が綻ぶように笑顔を浮かべ――こんな時でもその笑顔に見惚れてしまった――、お嬢様は白金の光を立ち上らせた。

「私もついて行くわ。シャーリー。 チャーリー様に傷を負わせても私が必ず癒してみせます。存分に闘ってね」

嬉しさに私の魔力が立ち上るのを感じながら、私はお嬢様に仕えることが出来た幸運を噛み締めていた。



――そして、日が確かに昇り屋敷が朝の活動を始めたころ、お嬢様の見事な転移で私は公爵家の練習場所に立っていた。

予想通り、チャーリーとセドリック殿は剣の練習をしている最中だった。


決戦の時だ。

私は気合を入れて彼を見据え、決闘を申し込んだ。

彼は信じられないという表情を見せながら、それでも私の殺気を受けて体を緊張させている。

つくづく天才だ。少しは隙を見せてくれれば楽なのに。

彼が気合を込める前に、――決闘を承諾する前に、私は彼に斬りこんだ。

彼はやはり条件反射で難なく受け止める。

一刻も早く魔力を攻撃に乗せるために、私が防御を捨てて全力で攻撃をかけているのに、彼は涼しい顔で受け止め、受け流す。私の攻撃に感心している様子ですらあった。

そして彼は予想通り、一切、私に攻撃を仕掛けない。


作戦通りなのに、私は焦った。

作戦の致命的な欠点に今更気が付いたのだ。

彼が反撃して、命の危機を感じないと、私は魔力を剣に乗せられない。


このままでは私が攻撃に疲れて、手合わせが終わってしまう――!


焦りに駆られた私は、必死の思いで一撃をかけた。

そのとき、彼の瞳に力がこもったのを私の目は捉えていた。

次の瞬間、彼は勝負を終わらせるために、攻撃に出た。

美しい、鋭い剣閃を走らせ、私の首に剣が向かったとき、魔力が立ち上った。

彼は魔力の気配を察知して、私から間合いを取る。

剣から炎が走ったが、彼は宙で受け身を取り躱してしまう。

――逃すものか!

私は彼との間合いを詰め、地面を転がり更に距離を開けようとする彼の首元に剣を振った。


「私の勝ちだ。あなたの命は私のものだ」


私は彼を手にした宣言をした。魔力が立ち上る。

当然だろう、穴だらけの作戦だったが、彼を手に入れられたのだ。


彼は集中を解き、ぼんやりと私を見上げていたが、やがて楽しそうに爽やかな笑いを朝の空気に響かせた。

ああ、この作戦を笑って受け止めてくれる。

どこまでも私を惚れさせる彼に抱き着き、しっかりと彼を抱きしめた。


もう、彼を離さない。一生、絶対に。





ふと脳裏を巡った懐かしい一時に頬を緩ませ、私は手袋の上から指に収まっている青い指輪を眺めた。手袋の上からでも、どうしてもこの指輪は嵌めて式に臨みたかったのだ。


あれから半年余りが過ぎた。

決闘の後、落ち着いて彼と話してみれば、色々なことが分かった。

彼にはダンスをしたい相手などいなかったこと、私を想ってくれていたこと。


決闘の朝、彼は剣の練習を終えた後に、私に指輪を渡そうと思っていてくれたらしい。

私が想う相手と婚約したと思い込んだ彼は、私の夜這いの意図が分からなかったそうだが、それでも、想いを託して指輪を渡そうとポケットに忍ばせていたそうだ。

彼曰く、「この先、君以外に指輪を渡したい人は現れないと思ったんだ」――

つまり、決闘しなくても私は彼を手に入れることができたらしい。


それを聞いて、お嬢様とブリジットは甘やかな求婚が無くなってしまったと悔しがってくれたが――


「準備はできたかい?」


爽やかさと優しさを帯びた声が背後からかかった。

振り向けば、正装で身を包み、見惚れるほど美しい面立ちを笑顔で輝かせたチャーリーが立っている。

今日は私たちの結婚式だ。

私のドレス姿を認めた彼が、目元を緩ませ、耳飾りが揺れる耳元にそっと囁いた。

「綺麗だよ。見惚れてしまった」

そんなことを思うのは彼ぐらいだと分かっているが、彼がそう思ってくれるのなら私は幸せになれた。

差し出された彼の手を取り、ゆっくりと会場に向かいながら思った。


花束を抱えて、甘い言葉と共に求婚されることも確かに素敵だ。

――だけど、

私にはこの形が良かったと思える。

剣を通して彼を知り、剣を通して彼と時を重ねた。

ならば、剣を通して彼を手に入れるこの形が、私と彼には相応しい。


――彼はそうは思わないかもしれないが。

クスリと笑いが漏れた私を、穏やかな瞳で彼が見つめる。じわりと胸に広がる思いを言葉に乗せた。

「愛している。チャーリー。必ずあなたを幸せにする」

彼は一瞬目を見開いたのち、彼らしい爽やかな笑顔を浮かべる。

「僕も愛しているよ。シャーリー。僕も必ず――」

私は抑えきれず、彼の想いを口づけで受け取った。


お読み下さりありがとうございました。

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