神の末裔
お立ち寄り下さりありがとうございます。
目も開けていられない程の強く眩しい光が収まると、マイクの気配が消えていた。
軽いめまいのような感覚を堪えながら周りを見回すと、砦のような物見櫓があった。ここはどこなのだろう。
川のせせらぎが聞こえるということは…、
まるで問いに答えるかのように、心地よい穏やかな声が頭の上から降ってきた。
「ウィンデリア国にようこそ、チャーリー君」
目を閉じていた、たった数秒で対岸へ移動したようだ。
これが、魔法による転移というものらしい。初めての経験に呆然としてしまった。
「ところでまだ名乗っていなかったね。僕はレスリー・ジェイムズ・ハルベリーだ。よろしく」
「チャーリー・ベインズです。こちらこそよろしくお願いいたします」
慌てて意識を引き戻した。信じられなくとも、現実にもうウィンデリアに移動したのだ。
しっかりしなくては、足手まといになってしまう。
「そして、こちらは、ハリーだよ。彼にはこれから先の移動を助けてもらう」
「こちら」に視線を向けて、転移の衝撃は吹き飛んだ。全てのことが吹き飛んだと言っていい。
そこだけ空気が違っているような気がした。彼の周りだけ景色が浮かび上がっているように見えた。
神の末裔…?
そこにはこの世のすべての美が集まったような存在がいた。
すらりとした体の腰まで伸びた真っ直ぐな銀の髪は、陽を受けてその存在を包み込むように光輝いている。透けるような白皙の肌は、銀の長いまつ毛に縁どられた海よりも深い濃い青い瞳を目立たせていた。その瞳に吸い込まれるような心地がしたけれど、吸い込まれた後はあらゆることを見透かされるような深い眼差しが瞳はあった。
「チャーリー君、気持ちは分かるけれど、そろそろ移動してもいいだろうか」
どれぐらい見つめ続けていたのだろう。長閑な声にやんわりと意識を引き戻された。この短い時間に何度も今まで体験したことのない経験をしていた。
「あまりの美しさに…」
いけない、男性に失礼だろうか。慌てて結論だけを言った。
「大変失礼を致しました。ハリー殿」
「ハリーでいい。見つめられることも美しいと言われることにも慣れている。気にしなくていい」
確かにそうだろう、頭の片隅でぼんやりと納得しながら、またもや呆然としていた。
彼はその声も人間離れしていた。空気どころか頭の中にまで沁みこんでくるような声だった。
この声で何かを頼まれて断れる人間はいないだろう。
「ハリーに移動を助けてもらうとは、どういうことです?」
ハリーと呼ばせてもらうことにした。何か畏れ多くて落ち着かない気がするが、あの声に逆らう気にはなれない。それに歳もさほど違わないようだ。僕より2,3歳ぐらい年上だろうか…
「ハリーはウィンデリア国で一番の魔力の持ち主なんだよ。彼に僕たちを転移してもらう予定なんだ」
この歳にして国で一番…
「すごいですね」
ぽつりと本音が零れてしまった。ハリーはふいっと横を向いた。
「別に大したことではない。単に生まれ持ったものを少し訓練で高めただけだ」
その言い方は謙虚というよりも自分に対して冷徹な評価をしているように感じた。
なるほど。神の末裔らしい性格と魔力だな。似合いすぎている。
若干失礼とは思いつつも、何となく楽しい気分になり慌てて顔を引き締めた。
しかし、また「転移」するのか。何か今までの世界と全く異なる世界に来たようだ。つい先ほどいた場所から距離としてはほんのわずかしか離れていないだろうに。
「ハリー、公爵家ではなく僕の家に転移しておくれ」
ハリーは器用に片眉だけ引き上げた。
「そんな必要はない人物だと思うぞ」
「まぁ、今は興奮しているからね」
レスリー殿とハリーは分からない会話をしている。邪魔にならないよう、できるだけ気配を消して耳を傾けていると、レスリー殿がこちらを振り返った。
「君は公爵家に行く前に僕のお姫様に会った方がいいと思うんだ。少し寄り道することにさせてもらう。すまないね」
穏やかな声で子どもの自分に対して真摯に謝られ、慌てて首を振った。
連れて行ってもらう立場だ。そもそも文句を言える立場ではないし、迎えのレスリー殿が急ぐ必要はないと判断しているのなら、寄り道も大丈夫なのだろう。
しかし、お姫様…?
レスリー殿のご息女ということだろうが、敢えて会う必要があるというのはよく分からなかった。
「会えば分かる。そろそろ行くぞ」
浮かんだ疑問が顔に出ていたようだ。沁みとおる声がすんなりと僕の疑問を打ち止めにした。
そうか、会えば分かるのか。
迎えのレスリー殿のことも、言われた通り見れば分かった。
なら、今度のお姫様のことも会えば分かるのだろう。
もう一度楽しい気分が蘇ったとき、目の前は銀の光に満たされた。
お読み下さりありがとうございました。ようやくウィンデリアに舞台が変わりました。またお読みいただければ有難い限りです。