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誓いの印

お立ち寄り下さりありがとうございます。

笑い出した僕を見て、彼女の顔は一層輝きを増した。

その輝きを受けるように、トクリと鼓動が跳ね、体の中に温かなものがふわりと駆け巡る。

参った。底なしに惚れている。

苦笑いを抑えようと瞳を閉じた時、彼女が僕に抱き着いてきた。


昨夜味わった温もりが鮮やかに蘇り、彼女をしっかりと抱きしめた。

彼女の形の良い耳に微かに触れながら、囁いた。

「僕の命をどうするつもりなんだい?」


彼女は僕の背中に回した腕に力を込めた。

「生涯、私の隣で生きて欲しい。私の隣で命を終えて欲しい。――いや、私の隣で、私より後に命を終えて欲しい」


彼女の熱い囁きに反応するかのように、体に熱いものが駆け巡る。

僕は歓喜をもって熱い囁きを受け入れ、彼女を抱きしめ返した。

彼女は僕を望んでくれている。彼女の望む相手は僕だった。

昨晩、諦めた自分の願いを彼女も持ってくれていたのだ。彼女の願いは僕の願いそのものだった。

――厳密には彼女の滑り込ませた願いの一部は叶えたくないものがあったが。

それでも惚れた弱みだ。仕方ない、彼女が望むなら自分は長生きをして彼女を見送ろう。


「クラーク家が僕を迎えてくれると申し出ていたのか。知らなかったよ」

彼女の髪を撫でながら僕は囁いた。

彼女が火柱を家中に上げたのは、僕のためだったのか。

昨日の自分を殴りたかった。ほんのもう少し、踏み込んで聞けばよかったのだ。

そもそも、もっと以前にレスリー殿から申し出があった家のことを聞いておくべきだった。

知っていれば、アメリア様の猛攻を――

思わず眉間にしわを寄せてしまった。

彼女と想いが通じて舞い上がってしまったが、彼女の家を継げない状況は変わらないことに気が付いてしまったのだ。


僕の思考を読み取ったように、彼女が体を起こし僕の瞳を捉えた。

「チャーリーと夫婦になっても、家は私が継ぐ。ウィンデリアの領土にフィアスが野心をもつと周りに露ほども思わせないまでに、私は領地を治めて見せる」


笑みが漏れてしまった。

彼女ほど、この壮大な計画を口にするのが相応しい人を僕は知らない。

彼女なら、実現に向け邁進するだろう。心からそう信じられる。


彼女は僕の額に額を押し当てた。

「それでも、あなたがベインズに戻る足かせになるなら、家など捨てる」


僕の抗議を彼女は口づけで抑え込んだ。

彼女の熱い吐息と共に、身体に熱いものが入り込み駆け巡るのを感じた。

これが、魔法使いの印なのか

この熱は彼女の想いに呼応した魔力だ。僕はセディの言葉をようやく信じることが出来た。

彼女は既に僕に生涯の愛を誓ってくれていたのだ。

彼女の頭を抱え込み、僕は口づけを返した。彼女の魔力はさらに熱くなり、もう身体は溶けそうな気がした。


「あなたより大事なものはないんだ」

口づけの合間に、彼女は息を乱しながら囁く。愛しい人のその言葉に昂る感情のまま、僕は彼女への口づけを止められなかった。もう、抗議する理性など欠片も残っていなかった。


ようやくお互いの熱が収まり、――いや、許されるならいつまでも彼女の唇を味わいたい思いを何とか抑え、彼女の口を自由にしたとき、潤んだ青い瞳が僕の瞳を覗き込んだ。

「想い人のことは諦めて、私のものになってくれるのか?」

彼女の声は微かに震えていた。


この時になってようやく、彼女が「決闘」を挑んだ理由を理解できた。

何てことだ、彼女はまだ僕の想いを分かっていない。

昨夜、彼女に何度も囁いたのに、全く信じてくれていなかったようだ。

それなのに、彼女は僕に誓いの印をくれたのか。

一生に一度の印をくれた時の彼女の気持ちを思い、胸が切られるような痛みを覚えた。

僕は彼女の顔をもう一度両手で包み込み、空の青に近い瞳を見つめ返した。


「諦めないよ。シャーリー」

僕の気持ちを分からない彼女は目を瞠り、息を呑んだ。

僕はゆっくりと息を吸い込み、そして、言葉を紡いだ。


「僕は君を誰より愛している」


瞬間、彼女の目は零れんばかりに見開かれ、一瞬後、歓喜の輝きが彼女を彩り、彼女の頬は赤く染まった。

身体に熱い魔力が駆け巡るのを感じながら、一番伝えたかった想いが彼女に届いた嬉しさをかみしめ、涙ぐむ彼女の額に口づけた。


「僕は魔法使いではないから、君に誓いの印を贈ることはできない」

彼女はしっかりと力強く頷いた。その力強さはいつもの彼女らしく、思わず頬が緩んでしまう。


「せめて、これを印として受け取って欲しい」


僕はポケットに忍ばせていた母の指輪を取り出した。

彼女の瞳を思わせる、空の青よりも濃く海の青より澄んだ青色が、彼女の前で輝きを放った。彼女は潤んだ瞳を何度も瞬かせ、石に見入っている。


「僕の家で代々受け継いできた指輪だ。君の瞳を初めてみた時、この石と同じだと思ったんだ」

涙が零れ落ちそうな青い瞳を見つめ、僕は立ち上がり、ぼんやりと僕を見上げる彼女の腰に手を回し、彼女を引き上げた。

体幹が鍛えられた彼女はすぐに美しい姿勢を取り戻す。

僕は彼女の手を取り、震える彼女の指に指輪を嵌め、手の甲に想いを込めて口づけた。


「シャーリー。僕は、僕の命と、僕の剣にかけて、君への愛を誓います」


言葉を紡ぎ終わった瞬間、矢のように熱い魔力が鋭く駆け抜け、僕は彼女の口づけを受けていた。



お読み下さりありがとうございました。後2話で収めたいです。よろしくお願いいたします。

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