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僕の朝

お立ち寄り下さりありがとうございます。チャーリー視点に戻ります。

身体に温かなものが駆け巡った気がして、飛び起きた。

部屋にはもう朝の光が差し込んでいる。

はっと傍らを振り返れば、そこには温もりだけがあった。

じわりと寂しさが胸に広がる。

彼女と共に朝を迎えたかったが、彼女は婚姻を控える貴族の令嬢だ。

長居をするわけにはいかなかったのだろう。


そうだ、僕は婚姻前の、――いや、婚姻していても許されるものではないが、女性と一夜を共にしたのだ。

襲い掛かる罪悪感に飲み込まれそうになったとき、昨夜は狼狽えるあまり追い切れなかった疑問がふと浮かび上がった。


想う相手がいる彼女は、どうして僕との思い出が必要だったのだろう。


僕とは異なる世界の感覚を持つ彼女の行動に、明確な答えは見つからず、再び意識を占めたものは、広がり続ける寂寥感と罪悪感だった。

それらに追い立てられるようにシャワーを浴び、昨夜の名残を洗い落とした。

それでも身体はまるで彼女の肌を覚えているようで、体の内に彼女の温もりがある感覚がしている。

これは重症だ。彼女を忘れることができる日は人生を終える日なのかもしれない。

溜息を吐き、身体を拭き始め、一瞬手が止まった。

胸元に綺麗な丸形の痣、しかし痣というには透明な、さらに言えば微かに光を放っているように見える痕が出来ていたのだ。

瞬間、頬が熱を持つのが分かった。

これは世に言う、キスマーク?

色が耳にしたものと違う気がするが、昨日の今日でできたものなら、それしか考えられない。

彼女はいつこれを刻んだのだろう。全く気が付かなかった。

口元を手で覆い、立ち尽くしてしまった。

だめだ、今日は彼女を忘れていられる時間の方が少ないだろう。


彼女の痕から意識を逸らそうと髪を掻き上げたとき、机が目に入った。

引き寄せられるように机に向かい、引き出しを開け、一番奥にしまっていた箱を取り出した。

箱を開ければ、ベインズを出るときに母から渡された指輪が顔を覗かせた。

僕の大好きな、空の青よりも濃く、海の青より澄んだ青色が朝の光を受けて輝いていた。

彼女の瞳は今輝いているだろうか。

今日は空の青に近いのだろうか。それとも海の青に近いだろうか。

彼女の瞳を思わせる宝石を見つめながら、ぼんやりと昨夜見落としていた疑問への答えがまとまり始めた。

僕は指輪を箱から取り出した。



僕にとっては人生での重大なことが起こったものの、時間は流れ、今は日常のやるべきことに向き合わなければならない。

いつものように清々しい朝の空気を感じながら、僕はセディと剣の練習を始めた。

練習前は彼女のことを考え練習に身が入らないかと危惧していたが、馴染んだ体の動きは心を落ち着けてくれていた。

実にありがたい。

むしろ隣のセディの様子がどうもおかしい。

今日は手合わせに入るだろうと予想していたが、剣の振りが乱れがちだ。

技術の問題ではなく、何かに気を取られ、剣の先まで意識を集中できていないようだ。

たまに瞳を閉じて、ほんのわずかに首を傾げている。


「どうしたのです?」

「申し訳ありません」


セディはあっさりと剣を収め、そのまま僕をひたと見つめた。

何だろう、かなりの意図をもった眼差しだ。見間違いでなければ何かを探るような眼差しに感じる。

やましいことがある身では、その眼差しは受け止めにくいものがあった。

婚姻前の女性と一夜を過ごしてしまいましたと顔に書いてあるだろうか。

目を伏せて視線から逃げた。

しかし、セディは逃げを許してくれなかった。


「その魔力はシャーリー…?」

「えっ?魔力っ?」


思わず腕を嗅いでしまった。魔力のない自分が嗅いで分かるものでもないけれど、嗅がずにはいられなかった。

魔法使いと一夜を過ごすと魔力が残るのだろうか。

顔に書いてあるどころか、全身で告白していたらしい。さらに言うなら、今の行為で白状したようなものだ。

顔から火が出る思いだった。


セディは目を眇める。

「チャーリーの体の中に彼女の魔力が流れ続けていて、気になってしまったのです。印のことを教えてもらっていないので、確信が持てなくて」


セディは人差し指で僕の胸元を指した。シャワーを浴びた時に気づいたキスの痕のある場所だ。

セディの言う印とは、魔法使いが婚姻の際に贈る誓いの印のことだろう。

残念ながら、そのようなものではない。

僕は慌てて誤解を正した。


「いえ、印ではなく単なるキ…」

恥ずかしくて年甲斐もなく最後まで口にできない僕を見据えて、セディは眉を顰めた。

「合意の下ではないのですね」

その言葉に、目を剥いてしまった。

確かに婚姻前の女性と一夜を過ごすなど、あるまじき行為だ。

しかし、合意も取らずに一夜を過ごすと思われるほど、僕の人格は信用を失ってしまったのだろうか。

「これでも僕は――」

結局、今度も口ごもってしまった。彼女の名誉のために仔細を口にできないのが辛い。

こうして僕の信用は失墜する道から引き返すことはできなくなった。


セディは横を向いて、溜息を吐き、「まんまと食われてしまったのですか」と呟いている。

もう自分には彼に剣を教える資格などない気がしてきた。


自己嫌悪に押しつぶされそうになり、それでも、何とか彼女の名誉だけは守らなくてはいけないと、言うべきことを探し、結局、見つけられずに言いあぐねていると、空気が変わる気配がした。


咄嗟に隣のセディと共に剣を構える。

直後に、僕の身体の内が急に温かくなり、隣ではセディが警戒を解く様子が目の端に入った。


なぜ警戒を解くのか疑問をぶつける前に、答えが現れた。

白金の光と共に、シルヴィア嬢と、そしてシャーリーが現れたのだ。


彼女の姿を目にして、一瞬、鼓動がトクンと音を立てて跳ね上がり、けれど一瞬にして鼓動は凍り付いた。

思わず視線を逸らして、シルヴィア嬢を見遣ると、シルヴィア嬢は朝の気配と同じく穏やかな空気を纏い、頬を染めてセディを見つめている。セディが一層体の力を抜くのが伝わった。


羨ましい。


心の底からそう思った。

僕は体の力を抜くことなどできなかった。

断じてできなかった。

視線を外したままでも逃げることのできない、肌がピリピリと痛くなるほどの殺気を浴びていたのだ。


だから、彼女が発した言葉に、ある意味驚かなかった。

凛とした声が朝の空気を切り裂いた。


「チャーリー。貴方に決闘を申し込む」


僕は最愛の女性に決闘を申し込まれた。


お読み下さりありがとうございました。6月中には完結できそうです。PCさん、もって下さい、と祈りつつ書き溜めております。

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