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予知

お立ち寄り下さりありがとうございます。

今年もいい色合いの葉に育っている。

陽を受けて目に鮮やかな緑を眺めていると、昨夜の舞踏会衝撃だけでなく、ここ最近の軽くない現実から切り離されて、心が落ち着く。

しかも、多くもなく少なくもない、この素晴らしい葉の茂り具合を見ると、


「たくさんの収穫が期待できそうだな」


僕の心を代弁する感想が背中越しにかけられた。

マイクが真剣な眼差しでバタタスを観察していた。

「収穫出来たら、お酒をまた造るよ」


一瞬、マイクの顔が明るくなり、そして、ふいと横に向いた。

「別に楽しみにしているのは、私だけじゃない」


思わずいろいろな意味で口元が緩んでしまった。

「そうだったね。造る身としては嬉しいよ」


僕の造るバタタスのお酒は、公爵家で好評を博している。ウィンデリアではバタタスのお酒はほとんど造られていないそうだ。

使用人の皆だけでなく、アメリア様、公爵までも楽しみにして下さり、僕のバタタス畑は徐々に広さを増している。

マイクは庭の美しさを保つために、知恵を絞ってくれている。申し訳ないことだ。


「後、どれくらいで収穫するのだ?」

「そうだね、植え付けてからもう3か月は経ったから、大体、後一月くらいかな」

「今年は、若様もバタタスのお酒を飲めるな。良かったじゃないか」

マイクは僕の肩を軽く叩き、仕事に戻っていった。


「そうだね」

僕はマイクの足音が遠ざかった後、再びバタタスの葉を見ながら小さく呟いた。

あと半年ほどで、セドリック様は成人を迎える。

そう、僕はセドリック様の誕生日にも、ウィンデリアにいるだろう。

セドリック様の状態で、すっかり忘れていたが、公爵家でお世話になり始めてから10年を迎えようとしていた。

先日、ジミーことレスリー殿から、視察に向かいがてら、フィアスの情勢をつぶさに教えてもらった。今年も一部の地域で「黄金病」が発生したらしい。

ベインズに戻れないことは予想出来ていたが、セドリック様のことで重くなっていた気持ちが、さらに重くなってしまったことは否定できなかった。

もちろん、例えベインズに戻れるとしても、セドリック様の状態が落ち着かなければ戻ることはないけれど――

僕は息を吐いてから、部屋に戻った。


部屋のドアを開けると、清らかな空気を感じた。

――おかしい、まだ父からの手紙は受け取っていないのに

しかし、現実にハリーは既に彼お気に入りの茶葉を淹れて、優雅に香りを楽しんでいた。


「今日は別件で来たのだ」


紅茶の香りにまで染み込むような声がした。

僕は差し出されたカップを受け取りながら、彼の向かいに腰かけた。

お気に入りのお茶を飲んでいるにしては、ハリーの顔に陰りが見える気がした。

口を開く間に、ハリーは唐突に切り出した。


「明日、シルヴィが重大な予知をする。明日から、宰相に頼まれても城内の護衛は断るようにしろ。セディの護衛も行き帰りの馬車だけにするがいい」


僅かにカップを揺らしてしまった。遠い昔、銀の魔法使いは同じようなことを言った。

そして、王太子殿下は毒を盛られたのだ。

あのときの険しさは今の彼の表情にはないが、同じようなことが起こるのだろう。

澄んだ紅茶を眺めながら、ゆっくりと深い呼吸を繰り返した。

それでも、乱れた気持ちは収まらない。


セドリック様があれほど不安定な状態でいるのに、事が起きるというのだ。

あんな状態のセドリック様を僕は傍で守ることが出来ない。

そして――、


「私の予知通りに事態が進めば、明日以降、セドリックは城で寝泊まりするようになる。城の警備は限界まで高められるはずだ。セドリックの心配は一先ず無用だ」


僕の乱れた心に、その言葉はゆっくりと染み込んだ。

紅茶を飲みながら、胸のつかえを無視する決心をした。

これまでの年月、セドリック様の身体に染み込ませた技術を信じるしかない。僕の持てる技術は全て伝えてある。加えて、セドリック様は魔法を使った独自の攻撃も身に着けたのだ。セドリック様を信じるべきだ。

僕は息を吐き、もう一つの心配に向き合った。


「君も十分気を付けて」


濃い青の瞳がこちらを真っ直ぐに向いた。

彼から、何かを言うか言わないか迷う気配は感じたが、僕にはそれが何なのか見当がつかなかった。

結局語られないまま伏せられた長い銀の睫毛を見ながら、尋ねた。


「君の見立てでは、いつ頃、決着が付くんだい?」

「およそ半年だ。殿下の成人のお披露目がある」


なるほど、その日が決着となるのは予知がなくとも納得がいく。


「君は、バタタス酒を飲んだことはあるかい?」

神々しい美貌が、一瞬、驚きの色を含んだ。

「いや、飲んだことはない」

僕は笑顔が浮かぶのを止められなかった。

「決着が付いたら、僕の造ったバタタス酒を飲み交わそう」

ハリーは眩しそうに目を細める。その顔は嬉しそうにも感じるが自信がなかった。

「紅茶でないとだめかい?」

銀の魔法使いは、横を向いて艶やかな銀の髪で顔を隠しながら視線を逸らした。

「試してみたい」

僕は笑い声を抑えられなかった。

そして、この素直でない銀の魔法使いの負担が少しでも軽くなるように、心の中で祈りを捧げた。

魔力のない僕には分からないが、史上最強と言われる銀の魔法使いは、多くのことを期待されるはずだ。祈らずにはいられなかった。


ハリーは小さな呟きを零した。

「お前がベインズに戻る日を、私は寂しく思ってしまうのだろう。お前が待ち望んだ日なのに」

微かに胸が痛んだ。10年を過ぎれば、父から自分のベインズ家を作れと言われている。僕が自分のベインズ家を作ることは既定路線となった。いつの日かフィアスのベインズに戻る日が来ることを、僕自身は希望を持てなくなりつつあったのだ。

息を吸って、もう一度希望を必死に蘇らせた。

「嬉しいことを言ってくれるね。ベインズに戻ったら、毎年、バタタス酒を君に贈ることにするよ」

辺りを清めるような美は、笑顔で凄みを増した。

「言質はとったぞ」


僕たちは笑いながら、紅茶越しに視線を交わした。




お読み下さりありがとうございました。大変蛇足ですが、「バタタス」はサツマイモがモデルです。「バタタス酒」は芋焼酎がモデルです。

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