突然の祭り
お立ち寄り下さりありがとうございます。
「ここまでにしましょう」
剣を振っている僕に、マイクが声をかけた。
我に返り、辺りを見渡すと、日が落ち始めていた。
もう夕食の支度を手伝わなければいけない。
「ありがとうございました」
剣を鞘に収め、練習の終わりとして、僕はマイクにお辞儀をした。師匠のマイクはいつも通り軽く頭を下げた。
「しっかり身に付いた基礎からの見事な攻撃がいくつかありましたよ、坊ちゃん」
珍しく誉め言葉をかけてくれた。僕は嬉しさを誤魔化そうと、条件反射となっている文句を言ってしまった。
「坊ちゃんはやめて下さいと、言っているのに」
マイクはカラリと笑って、大きな手で僕の頭を撫でた。頭に当たる剣だこがとても心地よい感触だ。
「だいたい、あの父上の子で、『坊ちゃん』はないでしょう?」
僕は顎で遠くを指した。広大な屋敷の敷地に「庭」はない。あらゆるところが畑と果樹園になっている。付け加えるなら、屋敷だけではなかった。父の領地の大半が、畑と果樹園そして牧草地なのだ。
父は、一応、侯爵だ。
だが、フィアス国でその名を知らない人の方が少ない程の変人だった。
祖父の代まで、このベインズ家は代々、軍に所属していた。軍の要職も賜ることが多かった。祖父は中将として先のウィンデリア国との戦に加わった。
祖父もすでに変人の片鱗を見せ、家を継いでからは、将来起こるであろう戦の際に兵糧が不足することに備え、領地の至る所を開墾し始めた。祖父自ら斧を持ち、木を切り倒していたらしい。
祖父の隊に所属する隊員は、父も含めて全員が剣と格闘の訓練以外に農作業も課せられてしまった。
貴族の子弟だった者たちの中には、異動を願い出る者もいたそうだ。
しかし、予想通り起こってしまった戦で、祖父の隊だけは略奪をせずに兵糧で戦を乗り切ることができたのだ。祖父は武功ではなく兵糧の潤沢さで名を平めたのだ。
そして、父はさらに突き進み、家を継ぐ際に軍への所属を辞め、農業に専念することにした。
軍の所属を辞めた時点で侯爵位を返上したが、一部の王族が反対し、今のところ留め置かれた状態だ。
けれど、結果として、父の隊員は騎士でも兵士でもなくなってしまった。
彼らに新しい行先はなかった。フィアス国は戦に負け、国も諸侯も新しく騎士を召し抱えるどころか日々の食料に困窮する状態だった。
そして彼らの実家にも、彼らを迎え入れる余裕はなかったのだ。
父は彼らを養うために、さらに開墾を進めたのだ。
自らも鍬と鋤を持って、元「庭」の畑を耕す日々だ。巷では、「位よりも農業を取った」領主、「農業侯爵」と呼ばれている。
それでも、隊員たちのために支給されていた補助金が打ち切られ、他にも記憶から抹消しなければ精神衛生上非常によろしくない拠無い事情があり、ベインズ家の台所事情は豊かとは言えなかった。
屋敷に抱える人数が増え、一人息子である僕も農作業、食事の支度を手伝っている。服だって継ぎが当たっている。
およそ「侯爵家の嫡男」のイメージとはかけ離れた生活だ。
それなのに、屋敷に戻る途中、農夫というには身体が鍛え上げられ過ぎている元隊員たちが次々と「坊ちゃん、お帰りなさい」と明るく声をかけてくれる。
「坊ちゃんはやめろって」
僕が恨みがましく呟くと、マイクは大声で笑った。
「坊ちゃんもあと僅かで成人なさる。「坊ちゃん」とは呼ばれたくない年頃ですね。ならば、私から1本取ったときに、「坊ちゃん」はやめましょう」
「本当ですか!? 言いましたよ! 約束ですよ!」
初めて取り付けた約束に飛びつくと、マイクは眩しそうに目を細め、また、僕の頭を撫でた。
「はい、約束です」
手はとても温かかった。
屋敷に着いて、驚いた。夕食がもう出来ていたのだ。
それも御馳走だった。鶏の丸焼きや、ケーキまで用意されている。
誰かの誕生日だっただろうか。慌てて食堂にいるいかつい面々の誕生日を思い返すが、当てはまる者はいなかった。
目の前のご馳走に、疑問はすぐに消し飛んで行った。
父、母を始め、皆、ご馳走の効果で気が解れ、食堂は賑やかな空気に包まれた。いつの間にかヴァイオリンは弾き始めたトムに、意外と歌が上手いマイクがさらに場を盛り上げた。
皆が踊りだし、食堂はお祭り騒ぎだった。
僕は皆から「坊ちゃん」と呼ばれ、肩を叩かれたり、頭をもみくちゃにされたり、くるくる回されたりと、散々に遊ばれたが、楽しくてずっと笑っていた。
そして、騒ぎの余韻が残り頬のゆるみが戻らないまま寝室に戻ったとき、マイクがノックして告げたのだった。
「坊ちゃん、御父上がお呼びです」
お読みいただきありがとうございました。
1話投稿後にお立ち寄りくださいました方、ブックマークを付けて下さいました方、誠にありがとうございます。ゆっくりした展開です。お詫びの形としましてヒロインが出る話の順番が決まりましたら、予告させていただきます。