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初めての舞踏会

お立ち寄り下さりありがとうございます。

今日は葉の色が濃く調子がいいようだ。水はまだ要らないだろう。

剣の練習の後、庭の片隅に植えさせてもらっているバタタスの葉を見ていた。

バタタスは根に甘い芋ができる。

この葉の調子を見る限り、多くの収穫が期待できそうだ。

僕は自分の頬が緩むのを感じた。



父から手紙を受け取った後、一先ず命を狙われる危険はなくなったということで、僕の行動は幾分自由が増えた。学問がようやく修了したことも自由な時間を増やすことに繋がった。もっとも残念ながらダンスの練習は継続中だ。


増えた自由な時間に、ベインズにいたころのように公爵家の領地で農作業をしたかったが、アメリア様を始め方々で反対され、妥協として庭の目立たない場所に小さな場所をもらった。


ベインズの屋敷と違い、立派な「庭」に作物を植えることはかなり気が引け、植える前に庭師のマイクとはとことん話し込んだ。

マイク――彼の名前は無条件に僕に好感を抱かせたが、マイクは職業魂の強い人だった。

彼は庭に作物を植えることを反対しなかった。


「旦那様が許可なさったのなら、作物の植えられた状態で庭の調和を図ることが、私の使命です」


開口一番そう告げると、突然降ってわいた難題に立ち向かうべく、僕の植える作物の種類と特徴を徹底して聞き出した。

特にこれといった植えたいものがなかった僕は、あまり肥料の要らないバタタスを植えることにしたのだ。そこから彼は植える場所を吟味し、場所を作ってくれた。

彼には、初めての収穫でお酒を造って感謝を示そうと思っている。


マイクは花や木については詳しかったが、作物を育てたことはないそうで、バタタスを僕以上に観察している。バタタスの調子が悪くなったら、僕より早く気が付きそうだ。


「ふむ、今日も元気だな。本当に手のかからない子だ」

肩越しにマイクの声がした。やはり観察に来ている。

「蔓が伸びすぎないように、後少し成長したら切る必要はあります」

「それぐらい、花を育てるときもする。水と肥料の話だよ」

マイクが育てている花は、見目を整えるために、実に細かな調整をかけている。

食用の作物は、楽に思えるのだろう。


「そういえば、旦那様が呼んでいらした」

僕はマイクに頷きながら、思っていた。

ジミーといい、マイクといい、なぜ公爵が呼んでいることを伝えるのを後回しにするのだろうか。


幾分、急ぎ足で公爵の部屋へ向かった。

「呼び立ててすまない」

公爵はいつもよりも厳めしい顔で、遅くなった僕を咎めることなく謝った後、彼の隣に立っていたレスリー殿に視線を向けた。

レスリー殿はいつも通り、どこから見ても人のよさそうな顔でこちらを穏やかに見ている。


珍しくない光景のはずだが、なぜだか悪寒が走った。


「チャーリー。自由に行動できるようになったことを、もう少し積極的に活かすべきだと思うのだ」

公爵は咳払いをしながら切り出した。

「君もとうに成人している。付き合いの幅をこの屋敷の外に広げることが肝要だ」

「まぁ、チャーリーはじわじわとお城の役人や騎士たちと付き合いが出来ているようだけどね」

公爵が一瞬レスリー殿を睨んだような気がした。

再び、咳払いをした後、公爵は手を顎の下で組み合わせた。

「ともあれ、貴族同士の付き合いを学ぶことはベインズに戻ったときにも必要だ」


納得がいく意見で、もちろん僕に異論はない…、はずだが、不思議なことに何かしら逃げ出したい思いが湧きあがる。


「素敵な出会いが待っているかもしれない」

レスリー殿がにこやかに付け加えた。


僕は自分の勘を心の内で褒めていた。しかし、対処を間違えたようだ。悪寒を感じ取ったときに逃げだすべきだった。剣の基本を誤ってしまった。


公爵は、厳めしい顔つきのまま口元は緩めるという離れ業を繰り出しながら、僕に告げた。

「今夜、ローベック侯爵が舞踏会を開く。君にも招待状が来ている。行ってくるがいい」


なぜ僕にも招待状が来るのかという疑問は、放り出した。それどころではなかった。

よりにもよって「舞踏会」。僕はまだ降参はせず抵抗を試みた。


「僕は男性同士でなければ、踊ることができません」


いつの間にか僕の傍に来ていたレスリー殿が僕の肩に腕をかけ、満面の笑顔で、僕の抵抗を吹き飛ばした。

「ぶっつけ本番だ。さぁ、僕と一緒に行こう」



お読み下さりありがとうございました。微妙な長さのため、二つに分けました。申し訳ございませんでした。

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