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手紙

お立ち寄り下さりありがとうございます。

木の陰から、ゆっくりとジミーが現れた。


「いつから気づかれていたのかな」

「セドリック様が素晴らしい振りを繰り出すたびに、気配が漏れていましたよ」


今日もフードに覆面で素顔を隠した彼は忍び笑いを漏らした。


「私とも手合わせをお願いできるかい?」


彼は僕が答える前に既に剣を抜いていた。

珍しい。いつもは礼儀正しく返事を聞く人なのだが。

剣を合わせてみて、さらに違和感が強まった。剣の切れはいつも通りだが、荒々しい攻めの攻撃が続く。

何かを振り切りたいようだ。

受ける僕は細心の注意を払った。彼は攻めに意識が向き過ぎて、受けが疎かになっている。怪我をさせるわけにはいかない。

受けに徹して剣を操っていると、ジミーは何かを吹っ切れたようで、いつもの洗練された型が戻ってきた。

そして、彼は剣を収めた。


「ありがとう。すっきりしたよ」

「ありがとうございました」


ジミーは僕の肩に腕を回した。

「さて、公爵が呼んでいる。部屋へ行こうか」

思わず苦笑してしまった。この人はいつも用件を後回しにする。



公爵の部屋に入ると、公爵はジミーに視線をやり、大げさに溜息をついた。

「チャーリー。毎回、手合わせに付き合う必要はないのだ。断りにくいなら、私が呼んでいると次からは言いなさい」

「ひどいね。人をこき使っておきながら」

「真面目に仕事をするなら、配慮もする」

「真面目にこなしているよ」

ジミーは内ポケットから手紙を2通取り出した。手紙を見た公爵にいつもの厳めしさが戻った。

その瞬間、ジミーが手合わせの時に振り切りたかったものが僕には分かった。


僕が公爵家に来てから、もう5年が経っていたのだ。

ジミーはこちらを向いて、1通を差し出した。

「御父上から預かってきたよ」

受け取るために伸ばした手が、震えていなかったことを自分で褒めていた。


ジミーが度々教えてくれるフィアスの状況は決して楽観できるものではなかった。

父は内乱を終わらせ、新しい王が立った。

しかし、僕がウィンデリアに来る前にも広がった作物の病気が再び広がりだし、フィアスは再び飢えに苦しんでいた。


だから、予想はしていたはずだ。

こんなに動揺するとは情けない。覚悟が足りなかったようだ。

ジミーが必死に僕に声をかける。いつもは声を変えて話しているのに、焦りのあまり今は人の好さが滲み出た本来の声に戻っている。


「チャーリー。国を立て直すことは簡単なことではないんだよ。御父上はよくやっていると思う。あれだけの不作で飢えが広がっているのに、フィアスでは暴動は起きていないんだ。これは凄いことなんだ」


僕は感謝を込めて頷いた。けれど、二人を安心させるには程遠かったらしい。

公爵の威厳のある深い声が続いた。

「飢えがなくとも、このウィンデリアでは王太子殿下への暗殺は根絶できていない。

王妃陛下への毒も合わせれば優に10年は超えている。時間のかかるものなのだ」


僕はもう一度頷いた。二人の心遣いが目頭を熱くし始めた。

「ご配慮くださりありがとうございます。失礼して部屋で父の手紙を読んでまいります」

何とか涙をこらえて、部屋から下がった。


足早に自分の部屋に向かう。すれ違った使用人の皆が礼儀正しく廊下の端によってお辞儀をしてくれる。その行き届いた所作を今日ばかりはやめて欲しかった。お辞儀に笑顔を返すのが苦痛だった。

ようやくたどり着いた部屋に飛び込みドアを閉め、そのままドアにもたれかかって座り込んで、手紙を広げた。

「愛する息子チャーリー

このような手紙を受け取らせる不甲斐ない父で申し訳ない。お前を送り出してから5年経った。内乱は終わり、お前が命を狙われる危険はほぼなくなったと言える。

けれど、まだこの国は苦しみもがいている。宰相となった私がお前を迎えて、大きな幸せを得ることは許されない。

だが、この国にいないお前は日々幸せを見逃さないよう過ごしてほしい。いつもお前を想っている。父より」


目を閉じた。

父は生きている。新たな王も立った。父が見込んだ王だ。民を忘れる王ではないはずだ。

これだけいいことがあるのだ。自分が泣くのは愚かだ。

気持ちを静めようと大きく息を吸った。


「紅茶が入ったぞ」


荒れた心にまで染み込む声が僕の目を開けさせた。

銀の魔法使いが優雅に紅茶を味わっていた。その姿を目にした途端、紅茶の香りに気が付いた。

ここまで香りが漂う茶葉だとは知らなかった。香りに誘われ、彼の用意してくれたカップに近づいた。

別の茶葉ではないかと思うほど、薫り高い紅茶を味わい、ふと思いが湧いた。


そうだ、こんなときに勝手に部屋にやってきて、勝手に美味しいお茶を淹れてくれる友人がいるんだ。


ゆっくりと頬が緩むのを感じた。

ドアがノックされた。


「チャーリー様。奥様がお呼びです。…ダンスの練習をするようにとお部屋にお呼びです」


セバスチャンは柔らかな口調で伝えてくれた。

とうとう笑いが口から零れ出ていた。アメリア様は、予定では外出されているはずだった。

急遽変更されたのだろう。アメリア様らしい気遣いが胸に沁みる。ダンスは頂けないが。


「僕は幸せを見逃してはいないと思う」


小さなつぶやきはハリーに届いたようだ。

今日も神々しい美を体現する魔法使いは、口の端を微かに上げていた。


お読み下さりありがとうございました。

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