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5年後

お立ち寄り下さりありがとうございます。

風が鳴り、剣の作る風圧を肌で感じるほどの突きが出された。

素晴らしい。

だが――、

「素晴らしい突きでした。残念です。若様、もうお時間です」

セドリック様の登城の時間が迫っていたのだ。

「ありがとうございました」

セドリック様は瞬時に剣を収め、挨拶をした。剣の収め方も素晴らしく速くなっている。

そろそろ練習用の剣の重さをもう一段階重くしてもいいだろう。

頭の片隅にメモをしながら、僕は軽く頭を下げ、練習を終わらせた。


習い始めたころに比べて、セドリック様は著しい上達を見せていた。

恐らく、剣技大会に参加すれば本選までは確実に残れる実力だろう。


ここまでセドリック様が上達したのは、シルヴィア嬢が魔法学園に入学したことがきっかけだった。

二人の天使たちの間で何があったのかは知らない。

けれど片割れの天使を見送って屋敷に戻ってきた直後、セドリック様は僕の部屋を訪れたのだ。


「僕は強くなりたい。誰かを、殿下を、そして誰よりもシルヴィを、確かに護れるほど強くなりたいんだ。ならなくてはいけないと思っている」


淡い新緑の瞳は強く熱い意志を持っていた。


「チャーリー、――師匠。僕はどんな練習でもします。誰かを護れるほど僕を強く鍛えてください」


真摯な思いを乗せた声に僕は胸を衝かれた。

遠い日にマイクから言われたことを思い出したのだ。


『仕えたい主を見つけるのです。守りたいものを見つけなさい。勝つことの、負けないことの意味を作るのです。

そうすれば、貴方はきっと…、必ず強くなる。私を超えることが出来るでしょう』


ああ、セドリック様は見つけたのだ。守りたいものを。

羨望を覚えながら、僕は頷いた。


「もちろん僕の持てる技を全てお伝えします。ですが、若様、公爵にお願いして、もっといい師匠についてはいかがでしょうか」

「チャーリーは20年に一人の逸材だと、ハルベリー侯爵が言っていました。僕はチャーリーに教えてもらいたいのです」


レスリー殿、なぜそこまで僕を過大に評価なさるのです…。


恥ずかしさを通り越して、自分の視線が遠くを彷徨いだしているのを感じた。

セドリック様は続ける。


「公爵嫡男という僕の立場に遠慮せず鍛えてくれる人は、チャーリーぐらいでしょう。

初日にあそこまで練習を課したチャーリーに僕は信頼を置いています」


意図してか、はたまた無意識でなせる業なのか、セドリック様は過去の稽古の大失態を引き合いにして容赦なく僕に追撃をかけた。

見事です。弱った相手に立ち直る隙を与えないことは大事なのです、若様。

そして、僕は降伏していた。


「分かりました。お受けいたします。では、決意に満ちているうちに練習してみましょう」


セドリック様は目を見開き、そして、ふわりと笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます、チャーリー」

くっ、相変わらず可愛らしい。

いつの間にか僕の腰の位置まで高くなった天使の頭を思わず撫でていた。出会った時より成長したけれど、天使は熱意に溢れ、可愛らしい。

僕は天使ではなかったがマイクもこんな風に見ていたのだろうか。


それからの練習は、実践的なものへとメニューを変え、今まで練習に加えていなかった体術も教えることにした。

体術の練習のために、セドリック様用の泥まみれになってもいい服を用意してもらうのは、さすがに気が引けた。

それでも執事のセバスチャンは顔色一つ変えずに、「畏まりました」と慇懃に返事をして翌日には用意してくれた。

常々思っていることだが、セバスチャンは凄腕の執事だと思う。


そしていよいよ新しい練習が始まったが、セドリック様は、宣言通りどんな練習も食らいついてものにしていった。

守りたいもののためとはいえ、正直、こちらが心配してしまうほどの練習ぶりだった。

過度な練習は意味をなさないと何度も教えたが、油断すると庭で一人黙々と剣を振るセドリック様を見かけ、慌てて終わらせることも度々あった。


一体、二人の天使たちの間で何があったのだろう。

シルヴィア嬢からはよくセドリック様へ手紙が届き、その度にセドリック様の顔は輝いていた。だから、仲違いはしていないはずだ。手紙の頻度を見る限り、二人の仲は良好なのだろう。



「師匠、それでは、お先に失礼します」

セドリック様の澄んだ声に、思考が引き戻された。姿勢を正して挨拶を返した。

「行ってらっしゃいませ」


セドリック様が屋敷に戻るのを見送り、ゆっくり息を吐きだした。

分からないものは仕方ない。

セドリック様が無茶な練習を隠れてしないよう見張るしかない。


ぼんやりと考えに耽りながら、僕は少し離れたところにある大木に向かって声をかけた。


「お待たせしました。ジミー」




お読み下さりありがとうございました。

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