先を読む者
お立ち寄り下さりありがとうございます。
国土の東西が川に挟まれたフィアス国。その王城の一角に、人を寄せ付けることを許さない塔が建っている。
罪人を、特別に罪の重い罪人を収監している塔だ。
その最上階の部屋に男が一人閉じ込められていた。
僅かな明り取りの窓から、辛うじて明かりが入ってくるが、部屋は薄暗い。男に同情した看守が密かに差し入れてくれた蝋燭の明かりを頼りに、男は書物を読んでいた。
この書物も、ここに囚われる際に、騎士が見逃してくれたことにより、持ち込むことができたものだった。
静かで薄暗い部屋に、突如、緑の光が満ち、フードを目深にかぶった女性が現れた。
「このような所に、貴女がお越しくださるとは」
フードを外した彼女は、微かに頷き息を吐いた。彼女の疲れた様子に、男は自分の座っていた椅子を勧めたが、――椅子は部屋に一つしかなかったのだ――、彼女はまた微かに首を横に振り断った。
「随分とお疲れですね、<先を読む方>」
「私の持てる全ての力を使って、先を見たのだ。しばらく私は魔法使い程度の力しかないだろう」
王家の直系だけが知ることだが、彼女は、フィアスを見守り続ける最後のエルフだ。
「それほどまでにして、一体何を見ようとしたのです」
男の問いかけに、彼女は、森を思わせる黒に近い深緑の瞳を向けて、深い声で答えた。
「そなたの息子の未来と、この国の未来を」
咄嗟に目を閉じて、男は動揺を隠した。けれど、エルフの彼女にそれは無意味なことだった。彼女は、男が心の奥底で最も案じていたものを、見てくれたのだから。
「そなたの息子は、いずれ王に立つ」
驚きに男は息を呑んだ。自分は王の弟ではあるが、三日後に処刑される身だ。民を顧みない王に意見を述べ、王の逆鱗に触れたのだ。
そのような自分の息子には、当然、後ろ盾はない。
後ろ盾のない息子が王に立つということは、現在の王を倒すということに他ならない。
「安心するがいい。そなたの息子は、人並みの寿命を王として全うする」
彼から涙があふれ出た。
「貴女に…心からの感謝を…」
人の世に干渉しない古来よりのエルフの掟を何とか守りながら、彼女は男の最大の憂いを取り除いてくれたのだ。
「別に大したことではない。そなたの息子の未来は、すぐに見ることが出来た」
「では…」
ここまで彼女を疲弊させたのは、国の未来か。
疲弊させたということは、明るいものでないことが想像できた。
「確たる未来ではないが、国の『救い主』となりうる人物が生を受けていたことが分かった」
エルフの彼女の言葉とは思えない、曖昧なものだった。
エルフにここまで力を遣わせて、やっと見えた可能性。
幼いころから折々にエルフと関わりのあった王弟には、彼女の声音から、その可能性はほんの一つの決断の違いで消えてしまうような、あえかな可能性だと知ることが出来た。
その可能性に縋らなければならないほど、国の未来は苦しいもので、救いは彼女の力をもってしてもそれしか見つからなかったようだ。
それでも、死の訪れを待つ男の顔は、穏やかで明るいものとなった。
「貴女のお陰で、希望を持つことができました。私の感謝をお受けください」
男は跪き、エルフの右手を取り、純粋な敬意と感謝を込めて自分の額を押し当てた。
お読み下さりありがとうございました。一度割愛した部分ですが、PCと体調が不安定になり、投稿することにしました。