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予知

お立ち寄り下さりありがとうございます。ハリー再登場です。

急に部屋の空気が清らかになった気がして、振り向いた僕は息を呑んだ。

先ほどまで誰も座っていなかった背後のソファに、銀の魔法使いがゆったりと寛いでいたのだ。


「今日、屋敷に来ているとは知らなかった」

「今来たばかりだからな、誰も知らないだろう」


なるほど、例のごとく転移で来たのか。確かに誰も知らないだろう。

少し体から力が抜けてしまったが、心が弾んだ。彼とは歳が近く、勝手ではあるが親しみを感じている。勿論、神の末裔の美に今でもたまに意識を奪われてしまうのだが。


ハリーは、この1年の間に数回こうやって突如僕の部屋に現れていた。

初めて彼が部屋に転移で現れたときは、心臓が止まるかと思った。

咄嗟に剣に手をかけていた僕を見て、「ほう、受けて立とうか?」と不敵な笑みを浮かべられたものだ。


しかし、なぜ玄関から来ないのかいつも疑問だ。

「今日はいいことがあったのかい?」

神々しい美を眺めながら、尋ねた。彼の表情は分かりにくいものがあるが、今日は明るく輝いているように感じたのだ。

彼のためにお茶を淹れる準備を始めた僕は、その美しさに見惚れ、茶葉の量が分からなくなってしまった。

まぁ、このくらいで淹れてみよう。


ハリーは目を伏せ、わずかに口角を上げながら答えた。

「ああ、面白いものを見たのだ」

「へぇ、それは良かった」

心からそう思った。ハリーの予知の印象はあまりいいものでないからだ。王太子殿下の毒殺を予知したときの彼の印象は、棘に包まれたものだった。

見たいと思って見るものではないだろう。

だから、こんな輝くような顔で語る予知が起こったのは、僕にも嬉しいものだった。


ハリーは口角を上げたまま、続けた。

「今日、学園でシルヴィに護衛を頼む相手が見つかったのだ」

「ああ」

確かにいいことなのだが、思わず、声が陰ってしまった。

シルヴィア嬢はその治癒の魔力で、死の淵にあった殿下を救った。その結果、殿下の暗殺を目論む輩から命を狙われる立場になってしまったのだ。

あの小さな天使が、人の命を救ったために命を狙われる立場になるとは、やりきれないものがあった。

この話をハリーが楽しんで話すことに違和感を覚えた。

天使を溺愛しているハリーは、シルヴィア嬢の立場を辛く思っているはずだが…。


「素晴らしい護衛になるだろう。腕はもちろん、彼女のために身を捧げてくれるほど、彼女を心酔してくれるだろう」

なるほど、頼りになる護衛が見つかって喜んでいたのか。

「良かったじゃないか」

僕はまた同じ答えを返していた。腕だけでなく、対象である主に好意を持てるのなら、護衛にとっても幸せなことだ。良いことづくめだ。


そろそろお茶をカップに注いでもいいころだろうか。

どうも、この神の末裔の美貌の持ち主と話していると、時間の流れが分からなくなってしまう。


ハリーは紫の入った濃い青の瞳でこちらを見つめた。

いつもの貫くような強さではなく、包み込まれるような柔らかな眼差しだった。

初めて見るその眼差しに驚くと、ハリーは再び目を伏せてしまった。

そして歌うように言葉を紡いだ。


「護衛を選ぶ際に、全くその意図はなかったのだが、まだぼんやりとした景色でしかなかったのだが…」


彼の笑みは今やはっきりと誰の目にも分かるほどだった。


「面白い、…佳きことを見ることが出来たのだ」


おや、護衛が見つかったことが予知ではなかったようだ。何だろう?

ハリーは楽しい夢を見ているかのような穏やかで満ち足りた表情を浮かべ、目を閉じたままだ。

「見た」ものの、予知の説明はしてくれないようだ。それでも、この顔なら確かに良いことなのだろう。


「それは良かったね」

3度目の同じ言葉を呟いた。

ハリーは長い銀の睫毛をゆっくりと持ち上げ、再び僕を見た。


「ああ、良かった。そして、良かったと思える自分に嬉しいものを感じている」


何とも複雑な答えだ。

彼の言葉を完全に理解することはできなかったが、ハリーにとって良いことがあって良かったと、分かることだけを頷いた。


そして、まだお茶をカップに注いでいなかったことに気が付いた。

これは、いくら何でも遅すぎただろう。

僕はハリーにお茶を出すのを諦めようとしたが、ハリーは銀の光をティーポットに向け、お茶を無駄にしないようにしてくれた。


ハリーとお茶を飲んでみると、この茶葉でここまで美味しいお茶が淹れられるのかと驚いた。

魔法を使わずにこの美味しさを再現できないだろうか。

どんな魔法をかけたのか教えてもらおうと、ハリーを見遣ると目を伏せられてしまった。


「まずは私に見惚れなくなってから、聞くべきだろう?」


この美味しさにたどり着く道は険しそうだった。



後に、――随分と後の話だが、自分はこの日のハリーの言葉を思い返すことになる。

ハリーの予知は正しかった。「面白い」、佳きことを見た、この言葉は実に正しく今の状況を表現していたと思う。「面白い」は外れて欲しかったのだが…。



お読み下さりありがとうございました。

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