初めての稽古
お立ち寄り下さりありがとうございます。
う、緊張で体が強張っている。まずは自分が剣を振りたい…。
今日は、セドリック様に初めて剣を教える日だ。
子どもの体に合う練習用の剣をようやく用意できたのだ。執事のセバスチャンに頼んで、剣だけでなく動きやすさを重視した飾りのない服装もセドリック様のために用意してもらった。
驚くべきことに、それでも天使の美しさは全く損なわれなかった。無駄をそぎ落としたことで、美しさが強調されているようにも思える。さすがセドリック様だ。
セドリック様の美しさを見て、少し緊張をほぐしたところで、稽古に入る覚悟を決めた。
「それでは稽古を始めましょう」
「よろしくお願いします」
澄んだよく通る声で挨拶された。稽古の時間は、セドリック様は師匠に対して敬語を使うようだ。まぁ、僕もマイクには稽古以外でも敬語だった。くすぐったいが耐えることにしよう。
「まずは基本の17の型を覚えることを目標にしましょう」
「基本が17もあるのですか」
…なるほど、多いかもしれない。今まで考えたこともなかった。
「すみません、僕の師匠からは17の「基本」と言われ、叩きこまれたのです」
「僕も申し訳なかったです。チャーリーが教えられた通りに教えてください」
何か生徒にフォローされてしまった気がする。
しっかりしろ、まずは一つ目の見本だ。
「では、一つ目の型です。剣を両手で持ち、頭の上まで振り上げ、真っ直ぐに振り下ろします。振り下ろすときに足も踏み出すのです。
この動きは、実戦では振り上げた時に正面の防御が無くなりますので、間合いを取っているときに使います」
淡い緑の瞳がひたむきにこちらを見つめ、聞き入っていた。
「では、まず私が見本を見せます。見ていて下さい、坊…、…若様」
いけない、つい、マイクの口調で説明していたので「坊ちゃん」と呼んでしまうところだった。
天使に「坊ちゃん」は似合わない。それに、成長したときに「坊ちゃん」で呼ばれ続けるのは辛いものがあるだろう。
「チャーリーが「坊ちゃん」と稽古の時に呼ばれていたのなら、「坊ちゃん」でいいです」
ああ、セドリック様に見破られている…。師匠の威厳は遥か彼方へ吹き飛んでいた。
「いえ、こちらの家では皆さん、若様と呼んでいらっしゃるので、それに合わさせて下さい」
何か予定外の疲れを覚えていたが、剣を握りしめ見本の振りをしてみせる。
身体に染みこんだ動きに体と心が落ち着いた。
セドリック様は目を瞠り、「きれいだ」と呟いた。どうやら通常通りの動きはできているようだ。
色々な角度から、振りを見ていただき、いよいよセドリック様に振ってみてもらう。
剣の軌道が揺らいでいる。剣は重くないはずだから体幹を感じずに振りをしているようだ。足の動きは今日のところは諦めて、手の振りだけ稽古しよう。
僕はセドリック様の腕や背中を補助しながら、振りの動きを正しくしていった。
セドリック様は70回ほどで、補助なしで正しい振りができ始めた。
素晴らしい。そういえば姿勢が美しい天使だった。体幹が出来ているのだろう。
後は、この振りを身体に染みこませるだけだ。
マイクは体に染みこませるために、正しい振りが出来てから僕に最低200回はさせていた。
騎士を目指すわけではないセドリック様は半分でよいだろう。
僕は「軽めの」稽古にするべく、練習全体の合計で200回までに「抑えた」ものにした。
僕は失念していた。
僕は剣を習う前に、幼いころから農作業を手伝っていた。今にして思えば、剣の振りに似た動きもしていた。大人の農具を動かし、筋力も自然と鍛えられていたのだ。
普通の公爵嫡男として生活を送ってきたセドリック様は、当然、農作業など経験がなかった。基礎体力の違いを忘れていたのだ。
翌日、セドリック様は全身の筋肉が震え、痛み、普段の生活にも支障が出る状態だった。
ああ、セドリック様、至らない師匠で申し訳ないです…。
マイクの言葉を思い出した。
『鍛錬は大事です。しかし、過度の鍛錬は体を痛め、得ることはほとんどありません。無理はいけません。体を痛めないまでに練習は抑えるのです。いいですね』
師匠の自分が無理をさせてしまった。
初稽古は苦い思い出を含むものとなった。
お読み下さりありがとうございました。3月に入ってもまだ一度もシャーリーさんが出てこない状態ですので、少し投稿の間隔を短くする予定です。PCが壊れなければ、という前提がつくのですが…。どうも長時間使うとだめになるようです…。




