役目
お立ち寄り下さりありがとうございます。
耳に慣れた音が、自分の気持ちを無にしてくれる。
今朝も、剣を基本の型に沿って振っていた。体に馴染んだ動きが、体だけでなく心もほぐしてくれる気がする。
ここを離れ自活するにしても、身の安全を図らなくてはいけない。
マイクとの約束もある。剣の鍛錬を続けることに変わりはなかった。
「少し見ないうちに、一段と動きに切れが増したね」
微かに感じていた気配はこの人だったのか。
「おはようございます。ジミー」
厳かな屋敷に似合わない異様な出で立ちをしたジミーが、気配を隠さず近寄ってきた。
フードを目深にかぶり、さらに覆面までして素顔をさらさない彼は、どうやら公爵に頼まれて国内の貴族の動向やさらには諸国の動向を探る諜報活動をしているらしい。
屋敷に立ち寄る度に、声をかけてくれて、フィアスの動向も教えてくれる。
「最近、鬼気迫る集中で剣の鍛錬をしていると聞いた。公爵が心配していた」
チクリと胸が痛んだ。恩ある公爵を煩わせたくはないのに。
「君が殿下の毒の件で気にする必要は全くない。君に疑いなど掛かっていない。ハリーが犯人たちを突き止めた」
一体、どのような魔法を使ったのだろう。ウィンデリア国史上、最強の魔法使いと言われていてもその魔法に負担はなかったのだろうか。
「今回に限らず、何か事が起こる度に疑われる火種を抱え込ませてしまっている事実は変わりません」
「アルバート、――公爵はそんな弱い人間ではない。宰相を務める彼にものを言えるものはそもそも少ない。そして、彼は君のことで何か言われれば、『フィアス国の将来の宰相の息子を人質に預かっている』と平然と白を切るだろう」
人質という言葉よりも、将来の宰相という言葉に重石を感じた。
父はそこまで表立ってフィアスを立て直す責任を負うのだろうか。
ジミーから、フィアスでは内乱が起きたと教えてもらった。父は王族の一人を旗頭に上げたらしい。その王族は、確か、現国王に諫言し処刑された王の末弟の息子だった。
王の末弟が処刑されたと聞き、父が額に手を当てたことを、子どもながらに哀しく見つめていたことを覚えている。
父はもう表に立つことを決めたと考えるべきなのだろう。
取りとめのない思考を穏やかな声が遮った。
「さて、手合わせをしてくれ。その後、公爵の部屋へ行こう。君を呼んでいた」
「今すぐ部屋へ行くべきでは?」
覆面越しでもジミーが笑ったのを感じた。
「うっかり忘れていたことにする」
――いいのだろうか
僕は疑問を感じながら、剣に手をかけた。ジミーがもう一度笑いながら、間合いを取り、そして手合わせが始まった。
気持ちの良い汗と興奮を感じながら、ジミーと共に公爵の部屋へ赴いた。
僕の少し上気した顔を一瞥した後、公爵は鋭い眼光をジミーに向けながら、切り出した。
「チャーリー、頼みたいことがある」
「僕のできる限りのことを致します」
恩ある公爵の頼み事なら、全力を尽くすつもりだ。むしろ少しでも役に立てることがあるなら、嬉しかった。
「セドリックが殿下と剣を習い始めたのだ。しかし、全く練習についていけないらしい。
セドリックは殿下の一番傍にいる。剣が全く使えないままで許されるものではない」
あの殿下は命を狙われる立場にある。確かに護衛も務められなければいけない位置だろう。
「客人である君に申し訳ないが、セドリックに剣を教えてくれないか」
自分が誰かを教える――、不遜な気がした。
傍らのジミーを見た。いつの間にか彼と目の高さは変わらなくなっていた。
ジミーは僕の視線を受け止めた。
「まさか、先ほどの手合わせの後で、自分には分不相応ですと言うつもりではないだろうね?」
味方はしてもらえないようだ。
出来る限りのことをする、つい先ほどそう口にしてしまった。恩を返したい思いはある。僕でも基本の型を教え込むことならできるかもしれない。いや、基本が一番大事だ。やはり、ここは熟練の――
「セディは騎士になるわけではない。教養として身に着ける程度でいいのだ」
葛藤が顔に出ていたようだ。公爵はセドリック様に求めるレベルを下げた気がした。
ここまで折れていただいて断るわけにはいかなかった。
「誠心誠意、僕の全てで教えさせていただきます」
厳めしい表情が多い公爵が、珍しく目元を緩めた。
「ありがとう。ものになるまで長い年月がかかると思うが、よろしくお願いする」
「お任せください」
隣でジミーが頷いているのが見えた。
「素晴らしい。セドリックが一流の騎士になることが確約されたも同然だ。実に安心だ」
どうして、そこまでこの人はいつも僕を持ち上げるのだ。
頭を抱えたくなった。
部屋から下がって、自分の部屋へ歩きだし、気が付いた。足取りが軽くなっている。
気持ちも、ベインズで自分の育てた作物を収穫するときのような高揚したものになっていた。
自分にこの屋敷での役目を与えられ、嬉しかった。
そして、ふと、別のことにも気が付いた。
――「長い年月がかかる」――
確かにそうだ。5年、下手をすると10年はかかる。自分はマイクから結局7年習っても1本も取れなかった。
この役目がある限り、公爵家と別れることはかなり先に延びてしまうことになる。
まさか、こちらが目的で任されたのだろうか?
何かがこみ上げてきたと感じたら、僕は笑い出していた。
公爵には敵わない。まだ屋敷を出る決意を話してもいなかったのに。
一しきり笑った後、僕は肩を竦めた。
意図はどうあれ、セドリック様を託されたのだ。セドリック様が望む限り、僕の全てを教えよう。
こうして僕はセドリック様の剣の師匠になった。
お読み下さりありがとうございました。




