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その日1

お立ち寄り下さりありがとうございます。

「チャーリー、最近、ダンスの練習ができていないのではなくて?」


朝食の席で、斜め向かいに座るアメリア様が僕を見据えていた。

今朝もいつものように、朝食の席には、公爵、セドリック様、アメリア様、そして僕の4人がいた。

目の端で、公爵とセドリック様が、突如、お皿に集中し始めたのが見えた。


公爵家に来てから、早や1年がたった。

僕は「剣の腕の立つ遠縁の子ども」という形で、客人扱いになっている。レスリー殿が僕の剣の腕を過大に売り込んでくれたのだ。今思い出してもあれは恥ずかしかった。


レスリー殿の売り込みの結果、公爵の護衛をするという名目で公爵の傍にいることになった。

成人前の身で護衛をするということに信ぴょう性を持たせるため、僕は剣技大会に参加させられた。

ウィンデリア国とは違う剣の型とマイクから教わった生き延びることを重視した独自の型が、対戦相手には難しかったのだろう。何とか優勝することができた。

レスリー殿が「いやぁ、素晴らしい!僕の見立て通りだ!」と人の好い顔で喜んでくれたのが、嬉しかったものの気恥ずかしかった。

――せめてもう少し小さな声で言って欲しかった。


そうして、名目上、公爵の護衛をしながら、本物の護衛に僕も護衛されることになった。


公爵の庇護は僕の身の安全に限られたものではなく、手厚いものだった。

将来の領地経営に役立つからと、嫡男のセドリック様と一緒に家庭教師から教わる日々だった。セドリック様は神童の呼び声が高く、成人前に学ぶことを既にあの歳で理解することができたのだ。

もっとも半年前からセドリック様は王太子殿下の学友に選ばれ、屋敷で学ぶことはなくなったのだが、――いや、もう学ぶこと自体ないと思われるのだが――、僕に対する授業は続いている。何とか一日でも早く修了したいものだ。申し訳なさすぎる。


そして、授業は学問以外もあった。


「チャーリー、聞いているの?」

アメリア様がもう一度問い質してきた。公爵とセドリック様はいつもより速く咀嚼している。味方はいないと僕は諦めた。

「はい、聞いています。アメリア様。おっしゃる通り、ここ1か月ほどダンスの練習はできていません」

「剣の練習は毎朝しているわよね」

「はい、一人でできるものですから」

「あら、お相手がいれば毎日練習するの?」

――しまった!

きらりとアメリア様は目を光らせている。このままでは練習を増やされてしまう。

引きつった顔の下で必死に言い逃れる口実を探すものの、焦りのあまりどんどん思考が空回りしていく。


アメリア様は「将来、社交に出る時に備えて」ダンスの授業を組み込んで下さった。

哀しいことに、自分にはその素養も素質も全くなかった。セドリック様と違い、月に2回の授業では全く踊りにならなかった。

「チャーリー様、頭でカウントしているのがここまで伝わります」

先生によく嘆かれている。音楽に合わせて、決まった型で踊ることにどうも馴染めなかった。ベインズにいた時のように、気ままにその時の気分で体を動かしたくなるのだ。

加えて…


「侍女たちは皆、いつでもあなたの相手をしてくれるわよ?」


頭が真っ白になりつつあった。

女性と踊るということが更に苦手だったのだ。アメリア様の侍女は皆ダンスができる。ダンスの練習の相手をしてくれるのだが、これが辛かった。

いかつい元隊員たちに囲まれて育ったためか、女性が傍にいると極度の緊張で頭が真っ白になってしまうのだ。ダンスの音楽すら耳に入ってこない。

とうてい上手くなることなどできなかった。


手が汗ばんできたのを感じた時、優雅さを損なわずいつもの倍の速さで食べ終えることを成し遂げた公爵が、深みのある声で救ってくれた。

「そろそろ登城の時間だ。セディ、チャーリー、支度をしなさい」


セドリック様の後をついて食堂を出た時、僕は安堵のあまり息を吐いた。いつの間にか息を止めていたらしい。

「諦めて早く習得した方がいいと思う」

柔らかく澄んだ声でセドリック様がいう。セドリック様はダンスも難なくこなしている。

たまに遊びに来るシルヴィア嬢とダンスをなさるが、何とも可愛らしく、そして楽しそうだ。――そして見事なステップだった。

「それができたら、この苦労はないのです。男性と踊るダンスはないのでしょうか?

それならまだ望みが持てます」

そうだ、先生となら例え頭の中がカウントだらけでも、踊りにはなっているのだ。


「その発想は素晴らしいが、そういったダンスは今のところないな」

顎を摩りながら公爵が淡々と望みを打ち砕いた。

僕はこっそり溜息を吐いた。



馬車が城に着き、いつも通り公爵の後ろに付き従って歩き始めた時、ふと空気が清められた気がした。

銀の光と共にハリーが現れ、こちらを深い眼差しで見つめた。

公爵が歩みを止め、必然的に自分の足も止まる。


「どうしたのだ、ハリー。今日は君との面会はなかったと思うが」

「ない。だが、必要になったのだ」


ハリーは王太子殿下の部屋へ向かったセドリック様の背中を見つめた。

セドリック様に用があるのか?

全く魔法使いの意図がつかめないまま、ハリーの常ではない様子に気持ちが引きずられていた。

徐々に感じる緊張に唾を飲み込んだ時、ハリーが貫き通すような強い眼差しを僕に向けた。


「お前は、しばらく城に近寄らない方がいい」


頭に沁みこみ、疑問も反論も除いてしまう声に囚われるうちに、目の前は銀の光に覆われ、目を閉じた瞬間、転移させられたことを感じた。



お読み下さりありがとうございました。今回、話が長かったため、分割しました。投稿に失敗しなければ、明日も投稿します。よろしければお立ち寄りください。

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