第9章 トードストゥール
で、『トードストゥール』だ。
名前の通り(『トードストゥール』は英語で『毒キノコ』って意味だ)の外見をしている。でっかいキノコの柄の部分にちっちゃい手足が生えていて、赤い傘の部分に目と口がある。目がつぶらで、わりと可愛い感じだ。口からは変な涎を垂らしてるけどね……。
「おお、ボスはマップ上から確認できるんだ」
そう。
ケントが言った通り、森の最奥まで来たあたし達の前には、トードストゥールが立っていた。暗転して、いきなり現れる雑魚敵とは扱いが違う。
んだけど、あの暗転が無いと、あたし達は攻撃したり魔法を使ったり出来ないみたいだった。
試しに、カズキとか、レベル5になって『ファイア』の魔法を覚えたサキちゃんが、遠くから狙撃出来ないか試してみたんだけど、ダメだった。ステータス画面で、『キュア』の文字は白く表示されているんだけど、『ファイア』の文字は灰色に消えていて、触ってもちっとも反応してくれなかった。
あたしも、戦闘時とはまったく違うへっぴり腰で矢を放ってみたんだけど、カチン、と不可視の壁に阻まれた。ざーんねん。
つまり、近付いて『エンカウント』して、戦闘状態に入らないといけないっぽい。
あー、ゲームだったら、ここでセーブするところなんだけど。
セーブだけは、無いのだ。
こんなにも、ゲームみたいな世界なのに。くそぅ。
「……行くか」
一通り思い付いた事を試して、全部駄目だったので、正攻法で行く事にする。ソウマが声を掛けて、トードストゥールに向かって歩き出した。
適正レベルよりも、1つ多くレベルを上げておいたから。
大丈夫、な、筈だけど。
でもまぁ、キャロリンとは訳が違う。緊張する。
トードストゥールは、遠距離攻撃を使ってくるのだ。
つまり、今までノーダメージだったあたし達後列の3人も、ダメージを喰らう可能性がある。万が一、回復が間に合わなくて、カズキが死んだりしたら、戦闘は一気に苦しくなるだろう。
すぅ、はぁ、とあたしが深呼吸している間に、ソウマはトードストゥールにエンカウントしたらしい。視界が暗転する。
「うっしゃー! 行くぜー!」
「うわ……ぼくキノコ嫌いなんだよね……」
「みんな、頑張ろう!」
「おー!」
みんな、けっこう好き放題喋ってくれる。あたしも、「が、頑張る!」と声に出した。頑張れる、気がして来る。
作戦は決めておいた。
とりあえず、最初は全員全力で攻撃!
「てぇぃっ!」
「……ふっ!」
ケント、ソウマの2人が攻撃をする。ちゃんと効いてる。2人の攻撃で、1割ちょっとはHPバーを削れた。よし、よし!
と、ここでもうトードストゥールの行動順になる。速いな。あたしよりも速いのか。ってことは、カズキの『キュア』よりも、トードストゥールの方が速く動く事になる。もう1つ、余分にレベル上げといても良かったかも。うー、今言っても仕方ない!
トードストゥールの標的は――ケント!
「いっってぇ!!」
うわっ、HPバーが半分以下になった! 次に攻撃食らったら死んじゃう!
でも、もうどうしようもない。
せめて気合いでクリティカルでも出せれば良いんだけど、そういう機能もなさそう。
「やぁっ!」
気合いは、気合だけは精一杯込めたんだけど、あたしの弓はあんまり効いて無いみたい。うぐー。
「……燃えろっ!」
カズキの『ファイア』は、けっこう効いた。更に1割、はいかないけど、8パーセントくらいトードストゥールのHPバーを削る。
「せやっ!」
アキラの攻撃も、微妙。序盤では魔法使い、強いんだよなー。
そう思えば、あたし達のパーティには、今や2人も魔法使いがいる。大丈夫。大丈夫! 勝てるはず!
「燃えちゃえっ!」
またプリティな掛け声と共に、サキちゃんが『ファイア』を使って、ターンエンド。
1ターンで、大体3割は削れた。でも、次からはカズキが回復に回っちゃうから、ええと――誰も死ななければ、あと4ターンで、勝てるかな。
みんな、頑張れ! あたしも頑張る!
「てぇぃっ!」
「……ふっ!」
ケント、ソウマの攻撃が終わって――あたしは、あたし達は祈るようにトードストゥールを見つめる。トードストゥールのつぶらな瞳からは、知性とかそういうものは、あんまり感じられない。お願いだから、『さっきダメージを与えた盗賊を殺そう』とか思わないでぇぇぇぇ!
あたし達の祈りが通じたのか、6分の1の確率の問題か、次に狙われたのはソウマだった。
「……っぐ……!」
ソウマはけっこう痛そうだけど、まぁ良かったぁぁぁ! ケント死ななくて良かったぁぁぁぁ!
「やぁっ!」
あたしはうきうきしながら矢を放つ。大して効かない。でも、ゼロじゃない。だったら良いんだ!
「……癒しよ!」
カズキの『キュア』で、ケントのHPが全快――は、しなかった! うわー! 8割くらいで、HPバーの上昇が止まる。でもまぁ、あと1回は耐えられるから、大丈夫だよ、ね……?
「せやっ!」
「燃えちゃえっ!」
アキラの攻撃と、今や主力攻撃手になったサキちゃんの『ファイア』が問題無く当たって、ターンエンド。
次のターンでも、カズキ以外は全員攻撃。カズキはソウマの回復。そこまでは良かったんだけど、次にトードストゥールに狙われたのはあたしだった。『毒の粉』の特殊攻撃。
「きゅぅぅ……」
我ながら変な声出たと思うけど、なにこれ、気持ち悪っ! 確かに死んだりはしないけど、何か、一瞬で車酔いになった気分。HPバーが8割くらい、がくっと減少して、しかも『毒』のアイコンが付く。カズキたすけてー。
次のターンでは、カズキは『キュア』であたしの回復をしてくれた。でも、『毒』のアイコンは消えない。『解毒』は、まだ誰も覚えてないし、毒消し草なんて買ってないよー……お金、大事だもん……。
あたしは内心よろよろしながら、でも、身体はしゃっきりとした動きで、また弓を放つ。えーと、今、何ターン目だっけ? あ、そろそろトードストゥール倒せそう……。
いつの間にかターンが終わってたらしい。また、コマンド入力画面が手元に現れる。あたしは『攻撃』のコマンドを連打する。早く終わってぇぇぇぇ……。
「てぇぃっ!」
「……ふっ!」
ケントとソウマの声が遠く聞こえる。
――暗転。
あたし、毒のダメージで死んだ?
違う。
パンピロピーン、みたいな音が、どこかから響く。
勝った!
やったー! レベルまで上がったみたい!
現金なもので、『毒』のアイコンは消えてないけど、元気が出て来る。実際HPが全快したのもあるかも。
「……勝った?」
怪訝そうなアキラの声。
「わたし達、勝ったんだよー! わーい!」
「いえーい!」
「いえーい!」
サキちゃんとケントがハイタッチしてる。いいないいなー。あたしも混ぜてー。
「あ、あたしも……」
そっとあたしが手を上げると、気付いたカズキが、パチンっ、と両手を合わせてくれた。ありがとう、学級委員長。
「お疲れ様、ユカ」
「カズキもお疲れ様。大活躍だったね」
「ユカが灰魔術師を勧めてくれたお陰だよ」
「そ、それほどでも……」
えへへ。お世辞でも、そう言ってもらえると嬉しいな。
カズキはあたしの頭の上辺りに視線を固定した。毒アイコンでも表示されているのかしら。
「毒、大丈夫?」
「うーん、しばらくは数歩歩く度にダメージ受けちゃうと思うから、回復、お願いします……」
「分かった。仲間なんだから、気にしないで」
カズキは爽やかに笑って言った。ま、まぶしいっ!
「う……っ?」
暗黒属性のソウマも、カズキの笑顔を見て、眩しそうに目を細めていた。え、ほんとに後光でも射してんの? カズキ。まさかねぇ。
「あ、あのみんな。こんなもの、拾ったみたいだけど」
アキラが、アイテム画面を指差して言う。なになに? 全員で、アキラの手元を覗き込む。
「『毒キノコの胞子』?」
代表して、ケントがそのアイテム名を読み上げる。あぁ、それか。
「……クエストの報告に必要なアイテムだよ。トードストゥールを倒したって証明、みたいなものかな」
「あ、そういや、このキノコ倒せっていうのがクエストの内容だっだか。何か、キャロリン狩りまくってる間に、忘れてたわ」
そっとあたしが教えて上げると、ケントはあっけらかんと言って笑った。まぁ、分からなくもない。かーなーり長い間、キャロリンばっかり狩ってたもんね。
そう言えば、灰クロではダンジョン内で時間が経過するような描写はないけど(つまり、いつでも昼間だ)、今は、空の色は夕焼け色に染まっていた。お腹も、空いて来た。
「クエストの報告も兼ねて、一度学園に帰るか」
ソウマが言った。
こうして、あたし達の冒険者1日目は順調に過ぎて行ったのだった。