第8章 レベルアップ!
「アキラ、大丈夫?」
戦闘が終わると、カズキがアキラに言った。アキラはおっとりと頷く。
「うん。あんまり痛くはなかったんだよね。半分くらい、HP減った割には」
ほぉぉ、そういうものか。
まぁ、有名なVRMMOモノの小説でも、痛みってそういう感じだよね。灰クロスタッフが……っていうか、この世界が妙なオリジナリティーを出さないでくれて、良かった。痛いのは嫌いだ。誰だってそうだろうけど。
「それでも、ちゃんと回復しておこう」
カズキは真面目な顔でステータス画面を開いた。2ページ目の覚えているスキルと魔法の一覧から、単体回復魔法『キュア』を選択する。
「……癒しよ」
あったかそうな光がカズキの杖の先から放たれて、アキラのHPが回復していった。『ファイア』と『キュア』を使って、カズキの残りのMPは6。もう、あとは『キュア』1回しか使えないや。
「ステータス」
あたしはステータス画面を確認する。キャロリン3匹を倒して、1人に入った経験値は15。次のレベルまでに必要な経験値は32。むーん、次のレベルまで、あとキャロリン7匹倒さないといけないのか。
「あと1回戦ったら、回復に戻る?」
あたしと同じようにステータス画面とにらめっこをしているソウマに声を掛ける。
「レベル上がるまで、いけるんじゃないか?」
「どうだろう……」
灰クロでは、レベルが上がるとHP、MPが最大値まで回復するのだ。ここでもそうだと思いたいけど。
うーん、でも、万が一って事がある。あんまり奥まで進まない方が良いかも。
「どうしたん?」
渋い顔をしているあたし達に、ケントが尋ねて来る。ソウマは手短に状況を説明した。ゲームならガンガン進んじゃうところだけど、ここでは、一応あたし達の命が掛かってる。一応って言うか、なんていうかね。
「へー、レベル上がると回復するタイプなんだ。キャロリン7匹だろ。いけるいける!」
猫耳! 軽いよ!
「そうか……『ファイア』を使わないで、防御していた方が良かったかもな」
後列のカズキは近距離用武器である杖を装備してるから、『魔法』か『防御』しか出来ないのだ。
申し訳なさそうに言ったカズキに、ソウマが首を振る。
「いや、俺達も配慮が足りなかった」
あ、ナチュラルにあたしも含まれてる。良いけど。ソウマは癖なのか、顎を触りながら話す。
「とりあえず、次の戦闘ではカズキは『防御』で頼む。最悪すぐに戻れるように、この辺りでエンカウントするか」
と言う訳で、あたし達は先に進むのをやめて、近場をうろうろと歩き回る。
「RPGもけっこう楽しいねぇ」
ぐるぐる回るあたしを見ながら、サキちゃんが笑った。あたしはふざけて胸に手を当てる。
「お気に召したようで何よりです、プリンセス」
「あはは、わたしの好きなゲームみたい」
「王子様に告白はされないけど、RPGもけっこう楽しいんだよー」
「サキも、ゲームやるの?」
ケントが猫耳をピコピコさせてあたし達の会話に混ざって来る。サキちゃんは「いわゆる乙女ゲーを少しだけ」と答えてから、ケントの頭の上の耳に目をやった。
「ケントくん、その耳どうやって動かしてるの?」
「え、動いてた?」
「動いてた」
サキちゃんがこくりと頷く。ケントは不思議そうに自分の耳に触った。意識して動かしてたわけじゃないみたい。ケントは少しだけ不満そうに口を尖らせた。
「豹頭族、だっけ。猫耳と尻尾、生えちゃってさ。何なんだって感じだよね。よりにもよって男のオレじゃなくて、ユカに生えれば良いのに」
あ、ケントも猫耳は不本意だったんだね。ごめんごめん、猫耳猫耳罵っちゃって。
「ええー、いいよ、あたしは人間種族で」
「遠慮しないで。白猫になれるよ」
「遠慮なんてしてないってば」
とか何とか言っていたら、また、暗転。
「うわっ、びっくりした」とか言うケントの声が、離れていく。ケントは前列だからね。あたしとサキちゃんは後列だ。
さて、キャロリン狩りますか!
あたしは気合いを入れ直す。視界が開ける。今度は――キャロリン5匹か。
「またキャロリンばっかり……?」と、アキラが呟く。
「あ、このダンジョン、キャロリンしか出ないよ」
あっさりあたしが言うと、アキラは目を剥いた。
「えっ?」
「あ、嘘。ボスの『トードストゥール』も出るけど」
ごめんごめん、嘘ついた。あたしは手を合わせるけど、アキラは確認するようにゆっくりと言った。
「1つのダンジョンに、雑魚敵が1種類しか出ない?」
「う、うん……」
何だかあたしが恥ずかしくなってきて、俯いた。いや、うん、そんなに驚かなくても……まぁ、ちょっと少ないかなぁ、とかはあたしも思うけど。
「え、エコだね」とりなす様にカズキが言うと、ケントが「エコて」と笑った。
「……戦闘」
不機嫌そうに低い声でソウマが言う。不機嫌そうだけど――でも、ちょっとだけ耳が赤い。ソウマも照れてるな。同士よ。
「おっとっと、ごめんごめん。左端のキャロリンで良い?」
ケントが言いながらもう攻撃対象を指定してる。ソウマも左端のキャロリンを指定した。
「分かった」
キャロリンよりも行動速度が早い2人で、1匹は倒せるだろう。となると、その後の攻撃がばらけないように、今度はした方がいいよね。
「アキラ」
あたしの次に動く予定のアキラに声を掛けると、「うん、左から2番目で良いかな?」とすぐに返ってくる。
ゲーマーよ、素晴らしきかな、ゲーマーよ。
思わず一句詠みたくなっちゃう。多くを語らなくて済むってすばらしい。
「分かった」あたしは頷く。
「わたしも一応、ユカちゃんと同じキャロリンにしておいた方が良い?」
「そうだね、お願い。サキちゃん」
「分かったよー」
あたしやアキラが仕留め損なったら困るし、どの道、サキちゃんは行動順がキャロリンの後だから、どれを選んでも問題ない。
サキちゃんがコマンドを入力し終わると、また戦闘に入る。
今度も行動順は変わらないみたいだった。あ、『防御』のカズキは最速行動になったけどね。ケントとソウマが1匹を確実に仕留める。あたしが2匹目のキャロリンのHPを半分くらい削って、キャロリンの行動順になる。残り4匹の攻撃が全部誰か1人に集中したら、ちょっとヤバいかな……。
結果として、それは杞憂だった。
前列のアキラ、ソウマ、ケントの3人にほどよく攻撃はばらける。盗賊のケントに2発だったのは痛かったけど。
「ケント、次、回復する!」
「ごめーん、頼む」
コマンド実行中は選択した行動しか出来ないけど、喋ることは出来るみたい。カズキとケントが話している間に、アキラがキャロリンを倒した。サキちゃんが、3匹目のキャロリンのHPを3割くらい削って、ターンエンド。
残りは、無傷のキャロリンが2匹と、HPを7割くらいに減らしたキャロリン1匹。さて、考える時間はゆっくりある。安全に倒していこうか。
カズキは宣言通り、ケントの回復。あとの5人は、どうしようか。
「ケント、さっきも今も、7割くらいキャロリンのHP削れたよね? あのサキちゃんがHP削ったのに止め、刺せるかな」
「びみょうかもー」
あたしが尋ねると、ケントは自信無さそうに答えた。そうだよねー。バーの減りっぷりは実に微妙な線だった。
「多分、俺なら止め刺せると思う。ケントより、攻撃力高いし」
ソウマがステータス画面まで開いて確認してから、言う。あー、そっか、ケントが削ったのの止めばっかり刺してたから正確な所は分かんないけど、盗賊で短剣を装備した豹頭族のケントより、武道家で無手の小人族のソウマの方が強いはず。
「じゃ、ソウマがあの3番目のキャロリンの止めで。オレは4番目のキャロリン狙う」
「分かった。ユカ」
「うん。あたしも4番目のキャロリン狙うね。止め、刺せると良いんだけど」
言って、あたしはコマンドを入力する。アキラとサキちゃんは、安全策を取って、アキラが3番目のキャロリンを、サキちゃんが4番目のキャロリンを攻撃対象に指定した。
「それじゃ、行きますか!」
言って、ケントが4番目のキャロリンのHPを、また7割くらい削る。
「……ふっ!」
そしてソウマが――やった! 倒した! 3番目のキャロリンを無事に7色の光にした。
あたしが、ケントの削った4番目のキャロリンに止めを刺した所で、次はキャロリン、ではなく、カズキの回復が入る。おお、敵より早く回復出来るのは嬉しい。
「……癒しよ!」
これで、カズキのMPは空っぽ。でも、ケントのHPは全快した。これで一応安心できる。
残り1匹となったキャロリンは、どーん、とアキラに体当たりをした。でもそれだけ。その後、アキラとサキちゃんの連続攻撃を喰らって、さようなら。
戦闘が終わって、また視界が暗転する。いちいちロード挟むのうざい。しかも微妙に長いし。でも、仕様だから仕方ない……。
「……うーん」
あたしは何度も瞬きをしてから、みんなの状況を確認する。レベルアップまで、あとキャロリン2匹。アキラが、HPを4割くらい。ソウマがHPを3割くらい減らしてる。回復が出来るカズキのMPは切れた。回復アイテムは買ってない。
「……帰ろうか?」
「大人しく帰るか」
あたしがお伺いを立てると、ソウマはもう踵を返していた。早いよ!
「死んじゃったら、どうなるか分かんないしねー」
「行けそうだけどなー」
ソウマに付いて行こうとしているサキちゃんと、残念そうなケント。アキラは、アキラにしては強い口調で言った。
「や、やめとこうよ。危ないよ」
まぁ、HPが一番危険域なのはアキラだしね。
とことこダンジョンの出口に向かって歩きながら、そういえば経験値の他に、お金も手に入る筈だけど、どうなってんだろ、と思ってあたしは手を伸ばす。うーん。何だろうな。ありがちなの。ありがちなの。
「……アイテム」
囁く。何も起こらない。ぬー。
「……アイテムボックス?」
あ、また違う画面が開いた。
所持金、と、あたし達が持っているアイテムが表示される。と言っても、回復アイテムは何にも買ってないし、アイテム欄は空っぽ、かと思ったら、『キャロリンの根』が3個、いつの間にか入っていた。ソウマが半分だけ振り返る。
「ユカ、どうした?」
「ドロップ品あったみたい。アイテム欄に『キャロリンの根』が3個入ってる」
「あぁ、じゃ、帰ったら売店も行くか。つーか、アイテムの共有具合はどうなるんだろうな」
ゲームでは、1パーティ内ではアイテムは共有出来た。プレイヤーは複数パーティ操作できるけど、パーティが異なると、アイテムは共有出来なかった。さて、今は? っていうか、このアイテム画面から、どうやって『キャロリンの根』を取り出して、売れるんだろうね……?
「アイテムボックス、って言うと、アイテム画面開くよ」
あたしが教えてあげると、「感謝する」と短く言って、ソウマもアイテム画面を開いた。
「俺の画面にも、『キャロリンの根』が3個入ってるな」
共有、出来てそうだけど。でも、共有できてなくて、あたしが『キャロリンの根』を3個、ソウマが『キャロリンの根』を3個、合計6個持ってる可能性も否めない。
うーん、ベタな展開を考えるんだ、あたし。そうだ!
「……えいっ!」
あたしは、持っていた弓をアイテム画面の中に突っ込んだ。入った! うわー、アイテム画面の中、あったかくて冷たくて固くて柔らかくて――つまり、気持ち悪い!
半透明の画面の奥に、あたしの手が突き出している、わけじゃない。あたしの手首から先は、消えてしまっている。ひー!
「ゆ、ユカちゃん!?」
サキちゃんが悲鳴を上げる。あたしは、持っていた弓――ショートボウを手放して、アイテム画面から手を引っこ抜く。
「……お前、変な所で度胸あるな」
ソウマが呆れたように呟いて、そしてアイテム画面に目を落とした。
「アイテムは、パーティ内で共有みたいだな。『ショートボウ』が、俺のアイテム画面にも表示されてる」
そりゃ、よござんした。
あたしのように、ソウマもアイテム画面に手を突っ込む。軽く眉を寄せた。ははーん、どうやったらショートボウを取り出せるか、手ぇ突っ込んでから分かんない事に気付いたんだな。
「ショートボウ」
ソウマはそう呟いて、アイテム画面から手を引き抜く。ソウマのもふもふした毛が生えた手には、あたしのショートボウが握られていた。
「なるほどな」
どうやら、アイテム名を呟くと、アイテム画面からアイテムを取り出せるらしい。
ソウマからショートボウを返して貰う。持つだけで、装備扱いになる。ちなみにあたしもサキちゃんも矢筒を腰に下げてるんだけど、いつ見ても3本入っている。無限湧きしてくれるみたい。変な所でリアリティ出されなくて良かった。
さーて、あと数歩で、ダンジョンから出られますよ。
という、所で。
また、暗転。
「うそー!?」
「えぇーっ!?」
「お、出ちゃた系?」
悲鳴を上げるあたしとサキちゃんを後目に、ケントは楽しそうだ。この、猫耳! 何度だって(心の中で)言ってやらぁ! 猫耳猫耳、ねーこーみーみーめー!
でも、入り口付近でエンカウントしたからか、キャロリンは2匹しかいなかった。楽勝。
戦闘が終わると、パンピロピーン、みたいな音が、どこかから響く。しかも6重奏。
ぴょこん、と、また半透明の画面が自動で現れる。
HP、MP、それから、力、知力、生命力、素早さ、幸運値の5種類の数値の増減値が表示される。
「え……?」
カズキが何度も目を擦ってる。うん、ちょっと信じがたいかもしれないけど……。
灰クロでは、レベルが1つ上がると、HPが100前後増える。初期のHPは30前後だから、レベルが1から2に上がると、HPはいきなり4倍に跳ね上がるのだ。
「すっげー! HPすっげー上がった!」
「仕様だ」
はしゃぐケントに、うるさそうにソウマは答えた。うん。仕様です。
「これならキャロリン楽勝じゃね!? ボスもさくっと倒せちゃうんじゃね!?」
「いや、キャロリンは楽勝にしても、ボスの『トードストゥール』は、レベル4は無いと厳しい」
「じゃ、キャロリン狩り続けんのか。だりぃなー……」
「このダンジョン歩き回って、アイテム回収してればすぐにレベル4くらいになるよ」
頭を掻いてぼやくケントを励ますように、あたしは言う。ケントは、ピンっ、と耳と尻尾を立てた。何か思い付いたらしい。
「他のダンジョンは?」
「え?」
言われて、あたしは目を瞬かせる。他?
「ほら、何とかの野道と、何とかの街道、みたいなダンジョンにも行けたよね。そっち行けば、別の敵も出るわけじゃん。さくっとレベルアップ出来ないの?」
「ああ、『影森への野道』と『薔薇園への街道』だね。ダメダメ。どっちも適正レベル5以上だから。うっかり行ったりしたら、一撃死だよ。一撃死」
「ちぇー」
そうして無事に(?)レベルアップしたあたし達は、『魔女が潜む森』でキャロリンを狩り続けて、レベルを5まで上げたのだった。