第6章 救っちゃいますよ異世界
悩みは半分以上解決できた。冒険を進める大義名分も出来た。そしたら、プレイしちゃうよー! このゲームを!
売店に行って、剣とか短剣とか、弓とか杖を買って図書館に向かう。図書館は赤い煉瓦造りの、独立した建物だ。
「あら、今年の新入生ね」
図書館の入り口で、あたし達を待ち受けていたのは、図書委員のジャスミン。
彼女からクエストの受領し、報告を行う事でイベントを進めていく。赤茶色の髪を三つ編みにしているところと言い、小さな顔に珍しくそばかすが散っているところと言い、赤毛のアンを彷彿させるような女の子だ。名前、ジャスミンだけど。
「私はジャスミン。図書委員よ。クエストを受領しに来たのね?」
あ、自己紹介があった。ごめんよ、事前に色々言っちゃって。
「初めましてー、サキって言います。新入生です」
「同じく新入生のカズキです。クエストを受領しに来ました」
ふわふわ笑ったのはサキちゃん、生真面目に答えたのはカズキだ。ソウマ? もうジャスミンの横を通り過ぎて図書館の中に入ってるよ。あの男は、ほんとにもう。
確か初めに受領する事になるクエストは――
「このクエスト、受領したい」
ソウマが1枚の紙を持って戻ってくる。あんたね。会話はキャッチボールだよ。あたしの言えた義理じゃないけど。サキちゃんとかカズキを見習いなよ。
「分かったわ。それじゃ、そこにパーティの代表者がサインをしてね」
ジャスミンは気を悪くした様子も無く、ペンを取り出した。
ソウマが持ってるのは羊皮紙――とかじゃなくて、真っ白のコピー用紙っぽい。ちぇっ。羊皮紙って見てみたかったんだけどなぁ。うわっ。ジャスミンが取りだしたペンも、ふっつーのボールペンみたいだ。ここは羊皮紙に羽ペンであって欲しかった。
「めっちゃ普通の紙とボールペンだ……」
ケントも残念そうに、ぼそっと呟いた。だよねー。だよねー!? ソウマはちょっとだけ眉を寄せてから、ジャスミンに示された紙に『池田相馬』と書き込んだ。あら、ソウマってば字、とっても綺麗。習字とかきちんとやってた系の綺麗さだった。
「はい。これで受領は完了です。ソウマの受領したクエストは、『最初の試験』。内容は、“モルゲンロード学園の近くにあるダンジョンの最奥にいるボス『トードストゥール』を倒して来ること”クエストが完了したら、またここに報告に来てね」
人懐こくジャスミンが微笑む。わーい、可愛いー。ジャスミンにせよ、ローゼン先生にせよ、寮母さんにせよ、みんな親切で優しい感じだ。優しくされれば、嬉しい。
はーい、とか、はい、とかジャスミンに答えてから、校門に向かう。
ジャスミンが説明してくれた通り、最初のクエストは、チュートリアルも兼ねた単純なものだ。
モルゲンロード学園から移動できるダンジョン、『魔女が潜む森』に行って、最奥にいるボスを倒せばいい。ちなみに驚け。ボスは魔女じゃない。でっかいキノコみたいなモンスターだ。あと、モルゲンロード学園から移動できる『近くにあるダンジョン』は3つある。
だからとにかく不親切なんだってばー!
校門に辿り着く。石造りの立派な門の傍には、立て看板があった。右矢印と、真っすぐ矢印と、左矢印が書かれていて、それぞれ『魔女が潜む森』、『影森への野道』、『薔薇園への街道』とある。
ソウマとあたしは、迷わず右――『魔女が潜む森』への道を選んだ。
「『魔女が潜む森』ってことは、ボスは魔女?」
案の定、素直な思考回路のケントが尋ねると、ソウマは平然と言った。
「違う。ちなみに、その後のストーリーを進めても『魔女が潜む森』に魔女は現れない。完全な名前負けだ」
名前負けって、何か違う様な気がするけど。
まぁでも、ソウマの言う通りだ。
初めは魔女、出すつもりだったのかもね……?
「不思議なダンジョン名だね……」
アキラも首をひねっている。
「でも、人間型のモンスターを倒すのは少し抵抗があるから、魔女じゃなくて良かったな」
妙に現実的な事を、カズキが口にする。
確かにそれは、そうかもね。でも、一部ボスを除けば、灰クロには動植物を模した様なモンスターがほとんどだから、大丈夫だと思う。
そういえば、倒した敵はどうなるのかな。いつまでも死体が残るのも微妙だ。ま、行けば分かるか。
『魔女が潜む森』は、何処までも名前に反しまくって、木漏れ日の射す明るい森だ。地面も、腐葉土が積もってふわふわ柔らかい。走ったりしたらちょっと滑るかもな。
歩いていると、ダンジョンの探索じゃなくて、森林浴に来たような気分になってくる。
いけない、いけない。
ここでももう、モンスターが出てもおかしくないんだから。しっかりしろ、あたし。
やーでも、緑が凄い綺麗。樹木の良い匂いがするし、さわさわと葉っぱが優しい音を立てている。
先頭を歩いていた聖騎士のアキラも、数歩歩くなり立ち止まって、深呼吸をしている。分かる分かる。そんな感じだよね。
「あ、わたしもー」
サキちゃんも、アキラの横に並んで深呼吸を始める。「オレもー」とか言って、ケントも2人に並んだ。のどかだ。
ソウマは1人で難しい顔をして顎を触っている。あたしは勇気を振り絞って尋ねた。
「……どうしたの?」
「マップ、どうするんだろうな?」
あ、そういえば。
灰クロでは、ダンジョン内を歩く度にオートマッピングされる。下画面は、マップが常に表示されていたんだけど、ここではどうなるんだろ……? まさか、誰かが手書き!? それは無理だよ!
改めて森を見回す。
一応、道らしきものはある。
あたしは道を逸れて、木がまばらに生えている森の中に入ろうとする――と、多少予想はしてたけど、額が壁みたいなものにぶつかった。
「あたっ!」
うう、ゲームでも壁にぶつかるとキャラクターが悲鳴を上げて可愛かったんだけどね。まさか自分が実演することになるとは。
「……道しか歩けないみたい」
あたしがソウマに報告すると、ソウマは、ははっ、と声を上げて笑っていた。
「実演。やべぇ、うける。ゲーム通りじゃねーか」
笑うなー! って言いたいけど、気持ちは分かるよ。うん。ゲーム通りだ。楽しい。
ここはあたし達の愛する灰クロだ。
「……たはは」
あたしも力無く笑ってから、でもまぁ、困ったな、マップ。マップ。どうしよう。とか考える。今度は見えない壁に顔をぶつけない様に手を伸ばして、「マップねぇ……」とか呻く。
出た。
「わぁっ!?」
「ユカちゃん、どうしたの?」
奇声、2回目。さすがに心配になったのか、サキちゃんが駆け寄って来た。
「ま、マップ出た……」
あたしは他に言いようが無く、報告する。
そう、ステータス画面に似た、半透明の青い板みたいなものが手の先に現れていた。表示されているのは、ステータス画面じゃない。
半透明の青い板の一番上には、『魔女が潜む森』と書かれていて、あたし達が歩いた範囲のマップ(わずか2マス分だけど)と、あたし達の現在位置と向いている方向を示しているんであろう、三角印が明滅していた。
「わー、ステータス画面みたいだね、ここがわたし達のいる場所かな?」
サキちゃんが、三角印をつっつくと、『チーム・アキラ』と表示された。アキラなんだ。全員がいる場所を確認する。進行方向に対して、アキラが一番前にいる。だからかな?
「アキラ、ちょっと」
ソウマがアキラを呼んだ。アキラがこっちに戻ってくる。
「どうしたの?」
と、途端に表示が『チーム・ケント』に変わった。納得。ふんふんとあたしは頷いた。
「なるほどね。先頭を歩いている人がチーム名に表示されるんだ」
「みたいだな。しっかし、何処までが前列で、何処からが後列って判断されるんだろうな?」
「うーん……」
あたしは一旦、マップ画面を消して、「ステータス」と唱えた。
あ、あっぶない!
ステータス画面の1ページ目、HP、MPバーと各種ステータスの下、レベルの横に、『前』って書いてある。巫女のあたしが前列扱いになってたよ!
「ここ、『前』ってある。隊列の事じゃないかな」
あたしは言って、『前』って書いてあるところをつっつく。途端に、表示が『後』に変わった。よかったよかった。
「カズキとサキも、後列に変えとけ」
「分かった」
「はーい。ステータス!」
ソウマに言われて、灰魔術師のカズキも、錬金術師のサキちゃんも、ステータス画面を表示させて隊列を変更した。
これで、戦闘前にやっておくべき事は全部出来たかな。うん。




