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第5章 ゲーマーに出来る事なんて

 学生寮は、時代背景とか文明レベルとかぶっ飛ばして、ものすごーく綺麗な建物だった。ひゃっほい!


 みんな土足でガンガン入ってるし、掃除機もなさそうなのに、床に敷かれている赤い絨毯には泥1つついていなかった。さっきちらっと覗いてみたけど、トイレも水洗っぽい。良かった。


 学生寮には、寮母さん、兼、先生、みたいな人がいて、あたし達6人が挨拶をするとイベントが始まった。


「ようこそモルゲンロード学園へ。新入生さん。ここはあなた達が長い時間を過ごす事になる学生寮よ。鍵はこれ、はいどうぞ」


 みたいな感じで、1人1本鍵を渡された。個室使えるらしい。鍵には数字が彫られていて、あたしは203。サキちゃんは204だった。男子勢も、200とか205とか言ってる声がしたから、男女で寮が分かれてはいないらしい。


 203って事は、2階ってことかな。


 建物は外から見た感じ、4階建てっぽかった。1階は、食堂とか、広いエントランスとか、そういう共通の設備しか無さそうだから、実際あたし達が使う個室は2階から4階にあるのだろう。


 あたし達が200から205の鍵を貰ったってことは、もしかして、あたし達、新入生で学生寮一番乗り? 3階は2年生が使ってるとか、そういう感じかな。


 ゲームの中では、モルゲンロード学園は3年制の学校だ。プレイヤーは1年生。NPCでは、2年生とか3年生も存在した。図書委員のジャスミンとかね。彼女は3年生って言う設定だったはずだ。


「あのー、食事は……?」


 アキラが寮母さんに尋ねる。ゲーム内では見た覚えが無い人だった。小人族ドワーフだから大人だけどあたしより小さくて可愛い感じの人だ。彼女はあたし達を見上げてにっこり笑った。


「食堂で自由に食べて良いわよ」


 えっ、まさか24時間体制!?


「ありがとうございます」


 気もそぞろな感じでアキラは寮母さんにお礼を言って、「ぼく、食堂に行きたいんだけど……」と続けた。


「わたしも行ってみたいなー」


 サキちゃんがまっさきに手を上げた。


「あたしも食堂見てみたい」


 お腹空いたんだってば! とは言えない。恥ずかし……。


「オレも!」


 ケントも異論は無さそうだ。


「おれもお腹空いて来たな」


 カズキも、和を乱すこと無く同意する。


「全員で行くか」


 ソウマが言って、みんなで食堂を探して歩き出す。いつの間にかソウマが仕切る感じになっている。何だかなぁ。良いけど。いや、カズキが仕切ってくれた方が良いかも? んー。まぁ後で考えよかな。まずはご飯だ!


 流石、日本製ゲームの中の世界。学生寮のあちこちには案内板が下がっていて、⇒食堂、とか、⇒お手洗い、とか書いてあるのも全部日本語だ。読める、読めるぞぉ! ふはははは! いや、読めなきゃ困っちゃうんだけどね。


 食堂に辿り着くと、ブッフェスタイルみたいだった。入り口にお皿とお盆が置かれていて、その奥には料理がずらーっと並んでいる。ご自由にどうぞって感じ。


 椅子と机は、うーん、100人分くらいあるかなぁ? みんなが一斉に来たら随分混みそう。今は、あたし達6人で貸切だ。


「おぉ! 貸切じゃん! すっげぇ!」


 ケントが嬉しそうに言って、さっそく食事を取りに行く。貸切だから、席の確保はまぁ良いか。


 食事は、和洋中揃ってる素敵な文化ごった煮状態だ。嬉しいけど、思いっきり西洋風の建物のなかで白いご飯があるのって変な感じ。あたしはパンとか、洋風のおかずを中心にお皿に盛って行く。


 食事は、すごく美味しかった。


 その後、各々の個室に向かう。個室は、6畳とか7畳とかありそうな感じの広さだった。現実世界でのあたしの部屋と、大体同じ位の広さだ。


 部屋にはベッドと、机と椅子が1セット。それから、チェストが置かれていた。わくわくしながら開ける。わーい! 制服、いっぱい入ってる!


 あたしがいま着ている赤と白を基調にしたセーラー服風の制服の替えが1セット、それから、青と黒を基調にしたブレザー風の制服が2セット、ピンクと茶色を基調にしたロリータ服風の制服も2セット入っている。むぅ、パジャマ、無いなぁ……。残念。まぁいいや。うきうきしながら、ブレザー風の制服に着替える。うぅむ、コスプレ気分。


 鏡欲しいなぁ。あ、そういえばあたし、今どんな顔してるんだろう。


 部屋には窓があって、透明なガラスがはめ込まれていたから、覗き込んで見る。うーん、外が明るいから、あんまり映らないなぁ。ぼんやりと白っぽく人の輪郭は見えるけど、肝心の詳細は分かんない。ちぇっ。


 しかしまぁ、衣食住が保障されている事は分かった。


 じゃあ、冒険とかしなくて良くない?


 とは思えないのが、ゲーマーの性だ。


 業かもしれない。


 だって武器! とか! 持ちたい! 魔法とかも使いたい! あたし、一応、というか何と言うか、とにかく、巫女だし。


 あー、でも、魔法を使えるようになるには、モンスターを倒して、修得値を上げないといけない。そしたら、なおさら早くダンジョンに行かないと! あ、その前に売店で武器買わなきゃかな。ゲームでは初期装備で短剣を装備していたと思ったんだけど、あたし達は今、防具に相当するものしか装備していない。


 巫女だったら、棒の扱いに補正が良くかかったと思ったけど、棒は近距離用武器だ。あたしは前列に出るつもりはないし、そうしたら、弓かなぁ……?


 灰クロの戦闘は、コマンド入力式だった。


 で、敵味方共に、前列、後列の概念がある。棒とか、剣とかの近距離用武器は、前列の味方が使用する際、前列の敵にしか攻撃は届かない。後列の味方が、近距離用の武器を装備していても、敵に攻撃は届かない。つまり、自分の一列前にまでしか届かないってことだ。


 弓とか銃とか、遠距離用の武器を装備していれば、後列の味方が、前列の敵に攻撃する事も出来る。つまり、自分の二列前まで届くってこと。後列の味方が、後列の敵に攻撃する事は、出来ない。あ、魔法なら何処まででも届くけどね。


 しかし、今はどうなるんだろ。敵も味方も綺麗に2列に並んだりするのかな? それって結構間抜けな感じじゃない?


 ま、それも含めて早く行ってみたいな、ダンジョン。うふっ。


 あたしはその場でくるっと回る。かなり短いスカートが、ふわっと揺れた。これで冒険とか、ばっかみてぇ、みたいな格好だ。でも良いんだ。このミニスカと絶対領域が良いんだ! 何とかやってみせるよ!


 準備が出来たら、また食堂に集まる事にしていた。から、あたしがすぐに出て行くと、でもあたしは最後から2番目だった。まだ来ていないのはサキちゃんだけだ。男子勢は、誰も着替えていない。そしたら、うーん、確かに自室でやることなんて特になかったかもねぇ。


「お、ユカ着替えたんだ。その服も可愛いじゃん」


 でっしょー!? クソゲーだけど、制服は可愛いんだよ!


 とかケントに言えたら、苦労しない。


「あ、ありがと……」


 あたしははにかんで答えると、席に座った。


「ユカ、お前は前列と後列の概念、大丈夫だよな?」


 そういうソウマの手元には、4本のお箸が横に並んでいる。なるほど、皆に戦闘のことを説明してたんだな。


「大丈夫……あの、売店で弓欲しいな」


「だよな」


 蛇足かな、と思いながらもそう言うと、ソウマは満足そうにニヤリと笑った。あら、暗黒属性も、小人族姿で笑えばちょっと可愛いじゃないの。


 しっかし、小人族のソウマにも、豹頭族フェルプールのケントにも、竜人族ドラゴニアンのアキラにも尻尾があるから、座りにくそうだ。サキちゃん何て、羽、あるしなぁ。もうサキちゃんは仰向けに寝転がれないんだろうか。むーん。そう思うと、ステータスは平均的だけど、あたしは人間種族ヒューマンで良かったなぁ。


「サキが来たら、売店だな」


「ごめんなさいー、お待たせー」


 ソウマが言うなり、サキちゃんが駆けて来る。おぉ、サキちゃんも着替えてる! ピンクだ! ピンクと茶色のロリ服だ! かっわぅいーぃ!! リボンが、フリルが揺れてるよー!


 あたしは内心ハァハァしていたんだけど、男子勢の反応は微妙だ。何でー。可愛いのに。


「サキ、それで冒険出来る?」


 代表みたいにカズキが言った。サキちゃんはふわっと微笑む。


「頑張る!」


「そ、そっか……」


「大丈夫だよサキちゃん。錬金術師は魔法特化の職業だし、すぐ『ファイア』も『サンダー』も覚えるはずだし。とっても可愛いよ」


 あたしが口を挟むと、カズキはそれはそれで引いたみたいだった。


「職業って、20種類以上あったよね……? ユカ、詳細全部覚えてるの……?」


「ぜ、全部じゃないけど……」


 嘘でーす。全部覚えてまーす。はい……すいません……キモくて……。クソゲークソゲーと罵りながらも、灰クロを愛してるんです……。


「いや、頼もしいけどね……」


 ははは、とか若干乾いた笑いを漏らして、カズキは立ちあがった。


「……行こうか」


 そうだね、とか、うん、とか、おう、とか答えてあたし達は売店に向かう。やったー! 武器だー!


 とか浮かれていると、何組か、学生寮に向かって来る生徒たちとすれ違う。涙の跡がある女子も、結構たくさんいた。まぁ、訳が分かんない状況なのは確かだ。ゲームとかラノベとか漫画で、こういう状況を見慣れていなければ、不安にもなるかもしれない。


 急に、何だか浮かれている自分が恥ずかしくなる。


 ダンジョンに行って、敵と戦って、魔法を覚えて、それで、どうなるの? それより、モーガン先生やローゼン先生を捕まえて、この世界の事を知った方が良い? 帰る方法を、真剣に模索するのが正しい?


 でもこれは、夢じゃないの? ほんとうに現実に起こっていること? 妙にリアリティのある、長編の夢じゃないって、誰が言えるの?


 石でも呑み込んだみたいに、胃が重くなる。


 ソウマも、カズキも、ケントも、アキラも、それからサキちゃんも。本当はどう思ってるのかな。


「……サキちゃん」


 あたしは囁いて、サキちゃんの手を握る。


「どうしたの? ユカちゃん」


「……これは、夢かな」


「んー……」


 サキちゃんは、握る手に少しだけ力を込めた。


「分かんないな」


「あたしも分かんない」


「一緒だ」


 えへへ、とサキちゃんは声に出して笑う。サキちゃんが不安な時にやる、癖だ。


 ぎゅうっ、と、胸が苦しくなる。


「大丈夫だ、ユカ」


 力強くそう言ったのは、意外や意外、ソウマだった。


「この灰クロのストーリー、思い出してみろよ」


「ストーリー……?」


 ストーリー何てたいして覚えてないよ! 大事なのはダンジョン探索と自軍の強化で、ストーリーは完全に添えものだ。えーと、えーと……?


「……色々あって、世界を救う」


「……あのな」


 ソウマはあたしの答えに呆れたみたいだった。何でよー! ある意味完璧な回答なのに。


「ラスボスの竜・ニルズヘルグは、さまざまな世界を繋ぐ『界の狭間』から現れた存在だ。ニルズベルグが『この世界』に現れた所為で、本来の『この世界』にいなかったはずのモンスターがダンジョンと共に現れる様になった。で、ダンジョンを広げる事で『この世界』を侵略しようとしていたニルズベルグを倒して、『この世界』を守るってストーリーだろ」


 そ、そういえばそんな話だったかもしれない……! 負けた、ソウマ、あんたには負けたよ……!


 あたしが打ちひしがれていると、カズキも、ケントも、アキラも顔を輝かせた。


「さまざまな世界を繋ぐ、『界の狭間』……!」


「そこに、辿り着けばいいんじゃね? オレ達、帰れちゃう系じゃん?」


「ストーリーで、『界の狭間』へ向かう様になるの……?」


 アキラの問いかけに、ソウマは頷いた。


「なる」


 確かになったよーな気がする。終盤は、『界の狭間』にあたし達が乗り込んで行って、ニルズベルグを追い詰めるんだ。でもそれ、そーとー終盤だよー。


 『この世界』にとって異物であるあたし達が、なぜモンスターみたいに、ダンジョンに現れたりせず、まるで『この世界』の住人のように冒険者として扱われているのかは分かんない。だけど、希望は、ちょこっと見えてきた。


「……終盤は、『界の狭間』にあたし達が乗り込んで行って、ニルズベルグを追い詰めることになる。『界の狭間』に、拠点も作られたはず。つまり、あたし達はイベントを進めて、『界の狭間』で、もとの地球に戻る道を探せば良いって、ソウマはそう考えているの?」


「そうだよ」


「……それ、すっげーじゃん! ほんとに出来たらオレ達ヒーローじゃね!?」


 ケントは嬉しそうに尻尾を持ち上げた。あぁん、細くて猫みたいな尻尾がとってもらぶりぃ。だから、女子だったらなー!!


「……ヒーローになれるかは知らんが、俺達ゲーマーに出来る事なんて、ゲームをプレイする事だけだろ。つまんない事に悩むなよ」


 達って言い切ったよこの男! 間違ってはいないかもしれないけど、さ。


 ふぅぅっ、とあたしは長く息を吐いて天を仰いだ。とっても綺麗。晴れ渡った青空。作り物らしさなんて何処にもない。これは、1つの、世界だ。


「分かった。やる。頑張る」


 あたしは頷いて答えた。


 帰るついでに、この綺麗で優しい世界を、救ってやろうじゃん!

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