第4章 ほんとにゲームみたい
さて、そんなわけで、パーティの内訳。
聖騎士、武道家、盗賊、灰魔術師、巫女。
うわーい、バランス良いー。まぁ、あたしが口出ししたんだから当然。
後衛が既に3人いるから(盗賊は微妙だけど、あたしの中では一応後衛扱いだ。前衛扱いするプレイヤーもいる)、あと1人は前衛かなー。
と、思ったらこいつだ。
池田だ。
「あとは、支援職の後衛だな。探すか」
「ちょ……盗賊は後衛でしょ?」
あたしは慌てて言った。序盤は、とにかく全員HPが低い。つまり、どんなに気を付けても事故死も多い。そして、巫女のあたしや、灰魔術師の……えーと、そう、西君が、蘇生の魔法を覚えられるのはしばらく先だ。
ここが夢なのか現なのか妄想なのか集団ヒステリーを起こしているのかはさておき、死体なんて見たくない。
だけど池田だ。
「盗賊は前衛だろ」
「HP低いじゃない」
「回避するから大丈夫だろ」
「もし死んじゃったら宝箱開けらんないじゃない!」
――いや、そうじゃなくて。落ち着けあたし。
「宝箱かー」
豹頭族で盗賊の方の鈴木君は微妙な顔だ。違う。違うの。そんなつもりじゃなかったの。あなたの命が心配で。まぁ、宝箱も大事だけど。
「支援職なら、前衛のプリンセスでも良いでしょ?」
「……やっぱ、やり込んでんな。藤原も」
うがー! なんだその憐れむような眼はー! お前も同類だ池田ー! 同病相哀れむとはこのことだ。
あたしは内心で盛大に地団太を踏んで、でも、まぁ表情は曖昧に微笑んで続ける。
「あたし、あと1人は女子がいいな。それくらいは、いいでしょ?」
「もう1人が良いって言ったらな」
ふーんだ。池田。あんたとは違って友達いるのよあたしは! ふんっ!
とか(内心でだけ)鼻息荒く、友達探しに校門に戻ったんだけど……。
何か、もう、グループ出来てるっぽい……。
遠くから聞こえて来る。モーガンが、システムの説明をしている声が! 出来るんじゃん説明!
パーティは6人で組めとか、君達は冒険者の卵だー、とか、説明してるよ!
がーん! 先走り過ぎた? いやいや、女子。女子を探すのよ、あたし。アヤちゃんは誰かと組んじゃったかも知れないけど、サキちゃんはない! 多分無い!
ふわっふわの天使の羽を生やした、天使族の女の子が、1人でぶらぶらしてるのを、あたしの目が見つけ出した!
「……サキちゃん!」
「あれ、ユカちゃんー?」
当たりだー! やったー! でも天使族かー。全力で後衛向きの種族だわー。あぁ、友人を種族で判断しかけたあたしを許して。
あたしの髪が真っ白になっていても、眼鏡が無くなっても、声が可憐になっていても、巨乳になっていても、サキちゃんがあたしに気付いてくれたように、サキちゃんの髪が金髪になってても、天使の羽が生えてても、すぐ分かったよ!
あたし達は手に手を取って弾み合う。
「わー! サキちゃんだ! 良かった! 会いたかった!」
「よかったー。ユカちゃんがいてー。アヤちゃん、剣道部の子達と組んじゃってー。わたし1人でどうしようかと思ってたのー」
やはり。
アヤちゃんは、アニメ漫画部と剣道部を兼部していると言う謎少女だ。うそ。謎じゃない。新撰組が活躍する漫画に影響を受けて剣道部に入ったって言うのが正しい。ただ、剣道部は運動部らしく結束が強いから、こんなことになりかねないと思っていた。
「ところでユカちゃん、胸、育ったね」
「あ、うん。びっくりした。おっもいの」
アヤちゃんと別れてしまって1人でぶらぶらしていたのに、相変わらずのマイペースっぷりだ。サキちゃん大好き。
「まぁ、あたしの胸のことは置いといて。何かここ、あたしの知ってるゲームの中みたいなの。パーティ6人で組みたいんだけど、あたしと、あとえーと、池田君とか西君とか、鈴木君たちとかと、パーティ、組んでくれる? 一緒に、来てくれる?」
「いいよー。よろしくー」
あっっさりと、サキちゃんは答えた。
「あと、プリンセスになってくれる?」
「いいよー」
「天使族なら、後衛だろ。錬金術師かアイテム士だろ」
池田! うっさい!
……と言いたいところだけど、そうなんだよね。天使族は、MPと知力と幸運値が高い代わりに、HPと生命力がすっごく低い。
サキちゃんと、盗賊の鈴木の命を天秤に掛けるなら、当然、サキちゃんだ。
「……そうだね。サキちゃん、錬金術師とアイテム士と、どっちが良い?」
「ユカちゃんはどっちがおすすめ?」
「んー、錬金術師」
アイテム士は、使用するアイテムの効果が2倍になるって言う特性があるから捨てがたいんだけど、消費アイテムをほとんど持っていない序盤では、あんまり役に立たない特性だ。それより、無料で練金が出来るようになる錬金術師の方がオイシイ。
「じゃあ、錬金術師がいいなー。職員室で職業選択出来るんだっけ?」
「そう」
「ユカちゃん、一緒に来てくれる?」
「もちろん!」
あー、女子だ。可愛い。
サキちゃんはとことこ男子の方に歩いて行くと、ぺこっと頭を下げた。
「安部沙希です、よろしくお願いしますー」
あんなんに頭なんて下げなくても良いのに。
案の定、池田は偉そうに答えた。
「池田相馬だ」
「おれは西和輝。安部さん、よろしく」
「オレ、鈴木健斗。よろしくねー」
「ぼくは鈴木彰。よ、よろしく……」
最後の2人の言葉を聞いて、サキちゃんは目を瞬かせた。
「鈴木君がふたり」
「鈴木って日本で1番多い名前だからさー。良かったらケントって呼んでよ。アキラもそれでいいだろ?」
相変わらず、豹頭族の鈴木健斗は調子の良い事を言っている。鈴木は2番目だよ! 佐藤が1番!
「う、うん。鈴木ばっかりじゃ、分かりにくいよね」
鈴木彰も、のっそりと頷いた。サキちゃんはふわりと笑う。金髪碧眼の、天使の羽の生えた美少女の笑み、半端ないわー。きゅんきゅんするう。
「それじゃあ、ケントくんに、アキラくん、よろしくねー。あ、池田君と西君も名前で呼んでいいかなー?」
「好きにしてくれ」
池田。爆発しろ。あるいは愛想を学べ。
「構わないよ。おれも、サキさんって呼んでいいかな?」
西君は、如才ない感じだ。サキちゃんはふわふわ笑って首を振った。
「さんとかいらないよー」
「じゃ、サキ。よろしく」
「よろしくねー」
というやり取りがあって、何となく全員下の名前で呼び合う事になった。まぁ、あたしは何でもいいや。名前覚えるの苦手だから、下の名前だけ覚える方が楽、かな。
暗記系の科目ってほんと苦手。日本の都道府県も、正直47個全部地図を指差して言えるか微妙。まぁ、灰クロの職業24種は空で言えるけどね! 職業の大まかな特徴も、取得するスキルと魔法も覚えてるけどね! 記憶力の配分がおかしいとは我ながら思います。はい……。
えーと、と言う訳で。
サキちゃんが錬金術師になるために、職員室にとって返す。その間に、歩きながら池田――改め、ソウマが、6種族の設定とか、パラメーターの特徴とかを説明した。ソウマの説明は、あたしの内心の喋りと同じくらい澱みなかった。こいつ、ほんっとーにやり込んでるし、このゲーム好きなんだなぁ。
そう思うと、ソウマは暗黒属性だし、男子だけど、ちょっとだけ仲良くしたくなる。プレイヤー数が少ないからね、分かり合える人と語りたいの! あたしの考えた最高のパーティについて自慢したいの! まだしないど、ね。
あとまぁ、ソウマは小人族でちっちゃいから、怖くない。ってのもある。最初に、ふざけんなーとか喚いてた人とかは絶対近寄りたくない。きっと運動部だよー。バスケ部とか。サッカー部とか。あー、やだやだ。
偏見? そうですけど何か?
西君――改め、カズキはとにかく如才ない感じ。髪も柔らかい緑色で、癒しオーラまで出てそう。
豹頭族の方の調子の良い鈴木、もとい、ケントは、ほんとにゲーマー? って疑いたくなる。でも、この状況をナチュラルに受け入れて、その上職員室にまであの速さで辿り着いていたんだから、まぁ、ゲーマーないし、オタクだろう。もっさりした黒髪から生えてる三角の猫耳がとってもらぶりぃ。くそっ。女子なら楽しかったのに!
竜人族の方のやけにおどおどした鈴木、もとい、アキラは、灰クロの名前だけは知ってるみたいだった。手広いゲーマーっぽい。
「キャラクターメイキング出来るゲーム、好きなんだよね」
と、おっとりした声で言った。だったら灰クロプレイしなよー! クソゲーだけど。
「……じゃあ、暗黒殿の迷宮シリーズとかは、プレイした?」
あたしが、同じくキャラクターメイキングの出来るゲーム名をそっと囁くと、嬉しそうに頷く。
「したした。名作だよね」
「あっちはね。ってことは、ファイナルクエストの7もやった?」
「やった。キャラクターを作れるって、いいよね」
「そうだよね。フェアリーガーデンとかも、おすすめ。ちょっと絵が可愛いから温いって思われるかもしれないけど、かなりやりごたえあるよ」
「フェアリーガーデンはやりたかったんだよね。ちょうどその時お金がなくて、買えなかったんだけど」
あぁ、残念そうに言うアキラに仲間認定バッチをあげたい!
あたしは曖昧に微笑んで、溢れだして暴れそうな情熱を抑え込んだ。語れって言われたら、『あたしの考えた最高のパーティ』について小一時間は語れる。あたしは設定魔な所があるから、作ったキャラクター達の人間関係から相性から、誕生日まで勝手に決めてある。
「……でも、今はこの灰クロ、かな?」
「そうだね」
灰クロ。
百何十時間もプレイした。
クリア出来る自信は、一応、あるけど。
でも、セーブ&ロード、出来るのかな。出来ないのかな。それによっても、かなり難易度が変わる。
この灰クロ、キャラクターロストの可能性が、あるのだ。
死んだキャラクターは、『保健室』や、蘇生魔法で生き返らせる事が出来る――かもしれない。
かもしれない、というのがミソだ。
簡単に言うと、失敗することがある。
HPがゼロになる、つまり、死んだキャラクターは『死亡中』というステータスに変わる。『保健室』や、パーティメンバーが使用する蘇生魔法で、2回蘇生に失敗すると、ステータスが『死亡中』から『灰』に変わる。なんと燃やしちゃうわけだ。酷い。『灰』になると、蘇生率がさらに低くなる。で、『灰』の状態で更に2回蘇生に失敗するとキャラクターロストとなる。
ロストだ。お別れだ。どんなにレベルを上げても、職業の修得値を上げても、無意味になる。灰クロの灰は、たぶんこの『灰』だ。
さて――あたし達、は?
あたし達も灰になって消えてしまうの? 消えたら何処に行くの?
分かんない。
だから、ケントを前衛にしたくない、のに。
「……ステータス」
あたしは手を伸ばして、囁く。
ステータス画面には2本のバーと、7種類の数字。それから、あった! 良く見たら左下にページ捲りの記号がある。あたしは、そっとその箇所をつついた。半透明の板の、表示が変わる。
2ページ目は、覚えているスキルと魔法の詳細。セーブ画面は無い。更にページ捲りの記号に触れる。3ページ目。装備品の一覧。制服上・制服下、と革靴しか装備してない。それから攻撃力とか防御力の値とか。駄目か。更にページ捲り。1ページ目に戻った。
「ユカちゃん、どうしたの? っていうか、その半透明の板なーに? すごいねぇ。ほんとにゲームみたい」
サキちゃんが不思議そうに言って、笑う。
ほんとにゲームみたい。
ほんとって、何だろ。
分かんないなぁ。
「これ、ステータス画面。手を伸ばしてステータス、って言うと出て来るの。だけど、セーブ画面、無いみたいだった」
「ふーん、じゃあスマホゲームみたいに、やり直し効かないんだー。選択肢選び間違えたら、どうすればいいんだろうねー? もう1周、は出来ないだろうし」
サキちゃんがやるゲームは、もっぱらスマホの乙女ゲームばっかりだ。12人の王子様と、8人の執事と結婚したよ! って誇らしげに言っていた。重婚じゃん。とか基本的な事を突っ込んではいけないらしい。
「このゲーム、選択肢は無いよ。クエストを受領して、ダンジョンを探索して、ボスを倒したりするだけ」
「それなら、セーブ出来なくても、大丈夫?」
「んー……それが、このゲーム、キャラクターロストの可能性があって」
「ロスト?」
会話イベントが主な乙女ゲームをプレイしてるサキちゃんにはぴんと来ないだろう。キャラクターが未来永劫いなくなる可能性がある、なんて。
「キャラクターロスト、って……」
カズキが僅かに顔を青褪めさせた。あたしは、別にあたしが悪いわけじゃないんだけど、仕様なんだけど、仕方ないんだけど、ちょっと俯いて答える。
「そう。死んだキャラクターを、合計4回蘇生に失敗すると、キャラクターロストになるの。ロストしたキャラクターは取り戻せない」
「それって、この世界から消えるってこと?」
何でだか、明るく元気にケントが問いかけて来る。この猫耳! 事の重大さが分かって無いの?
「どう……だろ。そもそも、この現実? っていうか、あたし達がこのモルゲンロード学園にいるのも、良く分かんないし。何が、何だか……」
内心では元気に、この猫耳! とか罵っていても、口には出せない。だってあたしはシャイガール――別に、ふざけてる訳じゃない。本当に出来ないのだ。不甲斐ないけど。
俯いたあたしの頭を誰かが撫でた。誰かって言うか、まぁ、サキちゃんだ。
「ユカちゃんは、ちょっとだけこの世界について知ってるから、不安になっちゃうんだねー。でも、大丈夫だよー。わたし達は今元気で、みんな仲良く歩いてるんだから」
「ん……」
それは――そうだ。
あたし達は、今、元気だ。
いや……元気、だけど……。
「……お腹は、空いたかも」
あたしが緊張感の無い事を言うと、「オレも!」とか「ぼくも……」とか聞こえて来る。
困った。
灰クロには、空腹値は設定されて無かった。だから、食事の風景とかも描写は無かった。んだけど、実際あたしは、っていうかあたし達は、お腹が空いている。
「回復アイテムで、『おにぎり』とか『唐揚げ弁当』とかはあったな」
マニアックな事を言い出したのは、ソウマだ。ソウマしかいない。『唐揚げ弁当』なんてアイテムあったかな? まぁ、あるんだろう。でも、3食唐揚げ弁当は、ちょっとなぁ。だいたい、この灰クロで消費アイテムは高級品だ。HPを回復させるなら、もっぱら回復魔法を使う事になる。
あたしはちょっと考える。あ、そうだ。
「学生寮でも、『泊まる』ってコマンドあったよね。ってことは、食事くらい出るんじゃない?」
NPCのローゼン先生だって、かなり柔軟に対応してくれるようになっていた。学生寮で1泊泊まるなら、食事くらい出してくれてもいいんじゃない?
「わぁ、学生寮もあるんだー。良かったー」
サキちゃんが明るい声で言う。
あー、サキちゃんがいて良かった。可愛い。和む。
そう思ったのはあたしだけじゃなかったみたいだった。あのソウマまで、ちょっと表情を緩ませて、「職員室のあとは学生寮だな」とか言った。