第28章 さぁ、戦闘だ!
走れ。
走れ。
走れ!
あたしはソウマの背中を追っかけて走る。
世界を、救うんだ!
この世界を!
「ユカ! ソウマ!」
カズキの声が、遠く聞こえる。だけど、カズキは追って来ないみたいだった。うん。来ないで。だってあたしとソウマはニルズベルグを倒すだろう。『界の狭間』を崩壊させるだろう。来ないで。カズキまで帰れなくなっちゃう。
「ユカちゃぁぁぁぁぁん!」
腰に衝撃。
うぇぇぇぇぇぇぃ!? とか思いながら、ぐるぐる回る世界に翻弄される。あちこちぶつけて、でも地面は気持ち悪い感じに柔らかいからそんなに痛くなくて、でも回って、回って。誰かと抱き合うみたいな形で何回転もして、止まる。
偶然か、運命か。
あたしが上だった。
「ユカちゃん、帰ろう?」
あたしに押し倒されるみたいな形で、横になるサキちゃんが泣きそうな顔で言った。
「だって、ユカちゃんだけなんだよ。わたしに、わたしなんかに声を掛けてくれたのは、一緒に来てくれる? って誘ってくれたのは。200人も人がいて、ユカちゃんだけなんだよ。ユカちゃん。お願い。行かないで。わたしと一緒にいて?」
ふっ、と溜息みたいな声を漏らしてあたしは笑った。
「わたしなんか、何て言わないで。大好き。サキちゃん」
「じゃあ……!」
サキちゃんは顔を輝かせる。
でも。
ごめんね。
「でも、あたし、この世界が好き。この世界を救いたい。ソウマはああ言ったけど、きっとソウマだけじゃニルズベルグを倒せない。巫女のあたしがいないと。『絶対障壁』がないと。ソウマはきっと、ニルズベルグに挑んで、死んじゃうつもりだ。そうしてでも、きっとソウマは帰りたくないんだ」
あたしに、そこまでの苛烈な想いはない。
でも、息をするように自然に、この世界が好きだ。
「だから、さよなら、サキちゃん」
良い機会だから、かは良く分かんないけど、あたしは目をつぶって、えいってサキちゃんのおでこにちゅーをした。えっへへ。カズキより先、だよね?
あたしが上だったから、飛び跳ねる様に起き上がって、走る。
「ユカちゃん!」
サキちゃんの悲鳴みたいな声が遠ざかる。
さよなら。
ソウマとはちょっと距離が開いた。道が、あってるか、ちょっと自信が無い――なんて事は無かった。ソウマは『宙の剣』で地面を削って走ってる。ヘンゼルとグレーテルの白い小石みたいに、細い線が伸びている。
今、行くから。
ちょっと待ってて。
それまで死んだりしないで!
うつむくな。声を出せ。言うんだ、あたし! 恥ずかしくても格好悪くても良い。言うんだ!
「ソウマーっ!」
あたしは走りながら声を張り上げる。
「あたしも行くよ! あたしも行くから、2人でニルズベルグをやっつけよう! あの世界から逃げるんじゃなくて、この世界を救おう! ちゃんと、やろう! ねぇ、あたし達は、あたし達は誇り高くて、みんなに期待されてる、モルゲンロード学園の、冒険者じゃん!」
ばたばたと、走る。ソウマの残した細い線を追っかけて。足元は木の根が絡まったようにでこぼこしていて、でも何だか柔らかくて、つまるところ走り辛くて、っていうか、サキちゃんからのタックルを食らったの以外にも、1人で足を滑らせたり、でこぼこに足を取られたりして転んで、でも転んでも転んでも立ち上がって、くそー! ソウマー! ちょっと待ってよー! あたし後衛なんだからー! とか思いながらも、走った。転んだ。起き上がって、また走った。ニルズベルグと戦う前に満身創痍だ。んもー!
十字路を左に曲がって、あぁ、ついに、ついに!
暗転。
ダンジョンに、入ったんだ。
ラストダンジョン。
間抜けというか、何と言うか。
ダンジョン入って、ちょっと行った所に、ニルズベルグはすぐいる。
待ち構えまくってる。
ニルズベルグ。たぶん元ネタは、北欧神話の、世界樹の根を齧り続ける悪意の打撃者、ニーズベッグ。ニーズベッグは巨大な蛇、と言われるけれど、ニルズベルグは、何ていうか、竜だ。ドラゴンだ。それも醜悪で凶悪な感じの。
ニルズベルグは動かずにあたし達を見下ろしている。おっきい。強そう。
あたしは肩で息をしながら、それでも微笑んだ。
「待っててくれて、ありがとう。ソウマ」
「あんだけでかい声で、こっ恥ずかしいこと言われたらな」
なによー! 素直じゃないんだから!
まぁいいや。あたしは微笑んだ。
「じゃ、ニルズベルグやっつけて、世界、救っちゃいますか」
「……帰れなくなるぞ。いーのか」
「いーの。虐待された犬みたいな顔するくらいなら、そんなみっともない顔をするくらいなら、好きな方を選ぶ。やりたい事をやる。あたしの人生は、あたしのものだから……でしょ?」
意趣返しのように言うと、ソウマは一瞬目を見開いて、まぁな、と言った。あたしは、にぎにぎと手を握ったり開いたりする。うーむ。ちょっとてのひら、汗かいてる。
「なら、2人で頑張っちゃおう」
「おーっと、ユカ、ひっでぇな。3人だよ」
その声は、あたしみたいに走って、走って、走ったせいだろう。息が上がっていた。ケント!?
「……来たの!?」
「何で、そんな、びっくりしてんだよー。言ったじゃん、この世界、救いてーって。2人だけって、勝手に思い込むなよ」
「もう、家族と会えなくなっちゃうんだよ?」
「そっくりそのまま返すわ、ユカ」
「むぅ……」
そりゃ確かに。
「もう、週刊誌の漫画の続き読めねーぞ。来期のアニメも見られなくなるし、ピク渋の神絵も、なろうの小説の続きも閲覧出来なくなるぞ」
「ソウマ、オレの生き甲斐が良く分かってるねー」
ケントは愉快そうに笑った。笑って、言った。
「でも、良いんだ」
「……そうか」
ソウマは、必要なのかそうじゃないのかは分からないけど、ずっと引きずっていた『宙の剣』を抜いた。
「なら、やるか」
「……ん」
その『宙の剣』は。ずっとアキラが持ってたんだけど。
もうほんとに終わりで良かったのかな。アキラは。
あたしの逡巡を見抜いたのか、ケントが穏やかな声で言った。
「カズキとサキと……アキラは、帰ったよ」
「そっか」
「アキラはだいぶ渋ってたけど、でもほら、アキラはカズキ教の信徒だから」
「確かに」
あたしはふふっと笑って、そうして手を伸ばす。ソウマと一緒に、エンカウント、するんだ!
「オレもオレも!」
ケントもニルズベルグに近寄る。3人で、ほとんど同時にニルズベルグのお腹に触れて――暗転。
さぁ、戦闘だ!




