第23章 ああ、何てクソゲー!
何かごちゃごちゃ喚いていた内藤のHPもゼロにして、戦闘終了。
あたしはすぐに『反魂の舞』を踊ってカズキを生き返らせる。良かったー。1回で成功っ!
「カズキくーん!」
「カズキ! 良かったー!」
「カズキー!」
カズキがサキちゃんとケントとアキラにもみくちゃにされている間に、あたしとソウマは、内藤一行の中で、一番気が弱そうなのを見繕って蘇生させることにする。よーし、3組の田中くんっぽい人間種族。君に決めた! 装備からして盗賊系っぽいしね。魔術師系だと、内藤一行を全員蘇生されたら面倒だし。戦士系に力で抵抗されると、それはそれで面倒だし。
「アキラ、ちょっといいか」
ソウマが、カズキをもみくちゃにしているアキラを呼ぶ。そうだね。万が一に備えて。
「……うん」
あたし達のやっている事に気付いたのか、アキラが『宙の剣』を抜いた状態で歩み寄って来る。アキラは竜人族で、長身で、髪なんて赤くなっちゃって。格好つければ、けっこう威圧感がある。
ステータス画面を開いて、『反魂の舞』を選択。
あ、やば。
失敗した。
「……私情挟むなよ」
「挟んでないよー!」
ぼそっと突っ込んで来るソウマに反論して、もう1回。ふー、成功した。
起き上がったのは、やっぱり田中くんっぽかった。去年同じクラスだったから、見覚えがあったんだ。現実でもこの世界でも変わらない、天パっぽいくりくり髪が。田中くんは、呆然としてあたし達と内藤一行を見比べて――自分達が瞬殺されたって、信じ難いんだろう。暗い目で言った。
「……今の。お前らの所為か」
今の。
って言われてもね。
「何のことだよ」
ソウマがぶっきらぼうに言い返す。
「ふざっけんなよ! あんな、あんな、クソ惨めったらしい、クソみたいな光景……!」
あぁ。
やっぱり、そうなんだ。
死んだら、誰もがアレを味わうのか。
あの、何処にも行けず、何者にも成れず、消えてしまうしかないと思わせる、夢を見るのか。
あたしがふんふんと納得している間に、ソウマが話を進めてくれた。
「死んだら、誰もが見るみたいだな。クソみたいな光景を。だけど、それはお前らの自業自得だろ。そんなことより――出せ」
ずいっ、とソウマは田中くんに手を突き付ける。田中くんは、もう1度倒れている仲間を見て、立ちはだかるアキラを見て、けっ、と悪態を吐いた。
「……金かよ。ねーよ。全部使った」
「馬鹿か――お前らが、殺した連中だよ。どうせ、アイテムボックスに入れてるんだろう」
ソウマに言われて、あたしはマップ画面を開く。確かに、全滅しているパーティを示す真っ赤になった三角印は見当たらない。
こいつら、殺して、アイテムボックスに突っ込んで、殺しっぱなしかー! まぁ確かに、復讐、は無理でも恨まれるだろうし。親切に生き返らせたりしないだろう。
あぁ、何か嫌になる。
何でこんなこと、出来るんだろう。
どーせ後で生き返るんだから、と内藤は言った。生き返らせたことも無いくせに。ううん、そもそも死んだことも無かったくせに。死んで、どんな思いを味わうかも知らないくせに。
恨まれちゃえ、と思う。
恨まれちゃえ。全員、そうだ、あんた達が殺した同級生、全員あたしが生き返らせてやる。それで、最後にあんた達を生き返らせてやる。恨まれろ。ゲームだって馬鹿にして。どんなに辛いか知らないで。
「……アイテムボックス」
田中くんがしぶしぶアイテム画面を開く。
――うわー。
名前、凄い並んでる。
あたしとソウマは、アイテム画面に腕を突っ込んで同級生を引っ張り出していく。重っ! リリアン先生は2人も3人も軽々と担ぎ上げていたけど、重いよ!
「……どうして、こんな事を」
ずるずる引っ張り出される同級生たちを見て、カズキが呻く。はっ、と田中くんは鼻で笑った。
「くだらねーんだよ。地味にレベル上げて、金貯めて。地味過ぎんだろ。ダンジョンに雑魚敵1種類とか2種類しか出ねーし。飽きんだよ」
なぬー!? 後半はさておき、前半には絶対に同意できーん! それが冒険の醍醐味じゃん!
努力したら、報われるのが。それが、ゲームの救いだ。
――救われたいと、思ったことも無いような奴には、分かんないかも知れないけどさ。
「くっだらねー理由。だったら最初から、プレイしようとすんなよ」
冷ややかな声で、ソウマ。
同級生の死体に囲まれつつあるなかで、田中くんは喚いた。
「クリアするしか、こっから出られねーって言い出したのは、そこの西だろ! 偉そうに人集めて、灰クロがどーだの、ラスボスがどーだの、界の狭間がどーだの、御託並べやがって!」
むっかー! 人の所為にすんなー!
「だから俺達は、俺達がクリアしてやろうと思って、弱いヤツ等を装備品買う金にしてやったんだよ! 俺達より弱いヤツ等なんて、ストーリー進める意味ねーだろ! 1パーティがクリアすりゃあいいんだからよ!」
「その理屈が正しいなら」
ソウマはうんざりしたように言った。
「お前らがストーリーを進める意味は無いな。俺達の方が遥かに先行しているし、強いのは見ての通りだ」
「だったら何で、お前らの西が、クリアするしかこっから出られねーとか言うんだよ! 自慢か!」
「カズキは、みんなを安心させようと思って言ったんだよ!」
あたしは我慢しきれなくなって、割り込んだ。
「余計なお世話なんだよ!」
ぐぎゃー!
また『エンカウント』して、蘇生に失敗するまで殺してやりたいー!
あたしの凶悪な思考に気付いたわけじゃないだろうけど、カズキはあたしの肩に手を乗せて引いた。
「……いいんだ。ユカ」
良くないよー!
良いことしたら、褒めて欲しいじゃん。普通に。カズキは、良いことしたじゃん。なのにどうして、こんなこと言われなきゃいけないの?
カズキはもう1度、いいんだ、と言って振り返った。
「みんなを生き返らせるの、手伝ってくれるか?」
蘇生魔法を使えるのは、灰魔術師のカズキと、巫女のあたしだけだ。倒れている生徒は多い。凄く。カズキだけじゃ、MPが足りなくなりかねないくらい。
恨まれちゃえ。
あたしはカズキに頷いて、ステータス画面を開いて『反魂の舞』を選択する。
恨まれちゃえ。
呪われちゃえ。
あたしは薄汚いことを考えながら、正しいカズキと一緒に同級生達を蘇生していく。内藤一行に殺されたらしいのは、5パーティ。30人。何てこと。3人灰になっちゃったけど、無事に全員蘇生出来た。良かったー!
蘇生したみんなは、暗い目で辺りを眺めて――そして、田中くんに焦点を合わせた。
「……お前らのせいで」
「……何てモン、見せてくれてんだよ」
「……なんだよ、あれ……。くそっ。あんな奴らとは、もう離れられたのに……!」
あたしとカズキは、最後に残りの内藤一行も蘇生させる。
どうとでも、なっちゃえ。
たぶん、これから行われるのは、30対6の私刑だろう。戦闘での痛みは軽減されるのに、転んだ時の痛みは、あんまり軽減されないことを、あたしは知っている。でも、だから何?
もしかしたら、『エンカウント』で6対6の戦闘に持ち込んで、それなりに装備が揃っている内藤一行が善戦するかもしれない。どうでも良い。凄く、どうでも良い。ただ強く、不幸になれ、と祈る。
あたしは、何て、醜い。腐り果てたイザナミよりもずっと。
でも良い。もう何でも良い。現実なんて、同級生なんて、ああ、何てクソゲー!
ここは世の果て、黄泉比良坂。
どうにでも、なっちゃえ。
「……行こう」
あたしはカズキの腕を抱き締めて、引いた。
「『海底神殿』に、行こう」
カズキすら、この現実にほとほと愛想が尽きたのか――強く逆らいはしなかった。あたしに引きずられるように、歩き出す。
サキちゃんが、反対側からカズキの腕を抱き締めた。
「……カズキくんは、間違ってないよ。悪いのは、内藤くん達だよ」
「……そんな言い方、しちゃ、ダメだよ。サキ」
「するもん」
サキちゃんは折れない。
「サキ」
カズキは困ったように笑う。
「するってば」
あたしもサキちゃんを援護する。
「オレもする。内藤が悪いよ」
「ぼくも、そう思う」
ケントもアキラも、ソウマさえ、「あいつらがロクでもねぇ」と吐き捨てるように言った。カズキが足を止める。あたしとサキちゃんは、ちょっとつんのめってから、カズキを見上げた。カズキ。あぁ、カズキ。
「……はは、泣きそう」
泣き笑いみたいな顔で、カズキは言った。
遠くから、悲鳴とか罵声とか絶叫が聞こえていた。
ここは世の果て、黄泉比良坂。
あたしとサキちゃんは顔を見合わせて、さらにカズキを引っ張る。
暗転。
ダンジョンから、出たのだ。
もう、内藤一行とか、生き返ったみんなの声は聞こえない。あたし達の声も、彼等には聞こえない。
「……泣いても、良いよ?」
あたしはそぅっとカズキの腕に絡ませていた腕を解く。
カズキは顔を覆って泣き出した。




