第21章 ゲームだからだ
『黄泉比良坂』は、人気のない山道って感じのダンジョンだ。ウツシヨでは、初夏の爽やかな空気が流れていたけど、『黄泉比良坂』に来ると何故だか空気がひんやーりしている。ダンジョンの入口には、石柱が2本建っていて、石柱は注連縄で繋がれている。注連縄の下をくぐると、暗転。
……。
……。
ロード時間、ながっ。
ただでさえ広いダンジョンに、他のパーティも入ってるからだろうな。
「ロード時間なげー」
「い、今までで一番長いんじゃないかな……」
ケントとアキラも、暗闇のなかでぼやいている。「ねー」「長いねー」とか、あたしとサキちゃんも言い合う。
4パーティ全滅してた『影森への野道』より長いって凄いな。
人気なの? 『黄泉比良坂』。広いけど、そんなに特殊な仕掛けもないし、そこまで足止めされるようなダンジョンじゃないはずだけどなー。
あ、でも友達同士で一緒に攻略してるとか、あるのかもな。
そこまで考える時間があった。それくらい、長かった。
『黄泉比良坂』のひんやりした空気が、肌を撫でる。うーん、怖くはないけど、何ていうか、そう、畏怖? みたいなものを感じる。イザナギとイザナミの神話でも、オルフェウスとエウリュディケの神話でも、死者を蘇らせる事は出来ないと謳われている。この世界では、出来るけどね。
さて、ダンジョン内をワープできるカズキの魔法で、『黄泉醜女』が大量湧きするスポットまで移動しますか!
「マップ」
あたしはマップ画面を開いた。
「カズキ、ここがエネミーゾーン――敵が出やすい場所だから、『テレポート』の呪文で……」
そこまで、あたしが言った時だった。前方の岩の陰から、ひょこっと男子生徒達が出て来た。あら、同級生。
……同級生、だよね?
あたしが思わず疑ってしまったのは、彼等が妙に良い武器を身に着けていたからだ。
別に、悔しいとか言う訳じゃ、ないけど。
ただ、どれもこれも、『売店』とか『商店』で買える中の、最高級品だったのだ。
灰クロでは、装備は基本的に『店で買うもの』ではなくて、『ダンジョンで手に入れるもの』だ。『売店』とか『商店』で買える武器は、品質の割に値段が凄く高い。だから、普通に探索を進めていれば、お店で装備を買えるくらいお金を貯めるよりも早く、もっと良い武器が手に入る。
んだけど。
でも、目の前に居る男子生徒達は、上から下まで『お店で買える』最強シリーズを装備していた。
NPC?
あたしは誰ともなく――嘘。ソウマに視線で問いかける。ソウマも、あたしの視線を受けて何かには気付いてくれたらしい。
ふっ、と短い呼気がソウマの口から漏れた。
戦闘中みたいに。
え、なに?
駆け寄って来たソウマに突き飛ばされて、あたしはたたらを踏む。な、何よー!?
文句を付けようとして――あたし達、ではない誰かの腕が後ろから伸びて来ていた事にぞっとした。
肩、触れられそうになってた。
良いけど。触られるくらい。
いや、良くない……!?
「サキちゃん!?」
あたしに触れ損なった手は、あたしの隣にいたサキちゃんに標的を変えた。彼はサキちゃんの肩を掴んで、叫ぶ。
「『エンカウント』っ!」
暗転。
不意打ち、というシステムがある。
敵に先手を取られる――だけじゃなく、背後から襲われたって意味か、隊列が前後入れ替わってしまう。通常の戦闘では防ぎようはなくて、もう運が悪かったと諦めるしかない、そういうシステム。
を、やられた……!?
同級生に?
っていうか、生徒同士戦えるの!?
「天使族の女子から狙え!!」
「わ、わたし!?」
サキちゃんは、目をぱちくりさせる。
あぁ、いつの間にか戦闘態勢に入ってる。しかも、不意打ちされて、あたしとカズキとサキちゃんが前列に。アキラとソウマとケントが後列になっていた。
不意打ち、だから、あたし達は1ターン何も出来ない。『絶対障壁』があれば。っていうか、普通に戦闘に入れば、こんな、こんな奴らなんて!
「何を――何を考えてるんだ! 君達、3組の生徒だろう!?」
何も出来ない、けど、声は出せる。カズキが、彼等を叱り付けた。
「お前、西か? めんどくせー! 標的変えろ! 西からだ!」
「ちょ、ちょっと……!? な、内藤くんたちだよね、何を、何で、こんなこと……!?」
カズキと同じく3組のアキラは、彼等が誰か気付いたらしい。何でって、何でって、うー! 見れば分かるじゃん!
「こいつら、PK行為でお金稼いでる! 普通に探索してたら、黄金シリーズの装備なんて買えないよ!」
あぁ、何てありがち。
あぁ、何て。
何て、格好悪い連中!
あたしが死んだ――かつて、1人で先走って頑張っちゃおうとして、死んだ、つまり全滅した時、その時は気付かなかった。額が少額だったから。ううん、それどころじゃなくて、気にもしていなかったから。
だけど、そう。
全滅すると、所持金が半分になるのだ。
ゲームでは、死んだ仲間を回収した時に、お金が戻るからなおさら気にしてなかった。でも、そういえば、『影森への野道』で、『薔薇園への街道』で全滅したパーティの傍には、金貨が落ちてなかった?
「全滅すると、所持金の半分がマップ上にばら撒かれるんだ! こいつら、それが目当てだよ!」
あたしの叫びを。
それ以上の雄叫びがかき消した。
あぁ、何てあたしは無力なの。
レベル差は、あるだろう。あたし達の方が、こんな連中よりずっと強いはずだ。
だけど、カズキはただでさえHPの低い妖精族で、後列の灰魔術師で、装備も軽装で――だから、だから。あぁ。
4人からの集中攻撃を受けて、カズキが倒れる。カズキのHPは、ゼロだ。あぁ、何て事を。何て事を!
「いゃぁぁぁぁぁぁっ!? カズキくん!? カズキくん!?」
サキちゃんが絹を裂くような悲鳴を上げる。だけど、サキちゃんの足も、あたしの足も動かない。
ゲームだからだ。
ここは。
彼等にとっても。あたし達にとっても。




