第2章 夢かと思ったら
職員室にいたのは、ゲーム内で『お色気担当』と名高い、バッ、キュ、ボーンな体型のローゼン先生だ。ローゼンって男の名前じゃん! とか言っちゃいけない。女性の先生だ。露出高めな黒魔術師っぽい服を着た美人だ。まったく、この灰クロスタッフはもぅ……。
ローゼン先生の前に並んでいる『生徒』は5人。体育館から、ずいぶん減ったなぁ……。みんなお行儀よく、1列になっている。うーん、日本人っ! あ、1人出て行った。
あたしも、列の最後尾につく。
と、あたしの前に並んでいた男の子が、声を掛けてきた。
「……はじめまして。きみ、女の子なのに凄いね。落ち着いて職員室まで来て」
むむっ! こいつ男女差別マンか! 女子だってゲームもするし漫画もラノベも読むし。つまり、こんな展開なんて100回くらい見た事がある。今更慌てる訳ないじゃん。むしろウエルカム。大歓迎だよ。
あたしの夢なのに、なんか気分が削がれるなぁ。
でもあたしは――ゲームと漫画とラノベを愛する、ド内気な少女であるあたしはちょっと首を傾げて曖昧に微笑んだ。必殺・アルカイックスマイル! 効果、なんとなく良い人っぽく見える! といいな。
「はじめまして。そうかな?」
おお、あたしの声じゃないみたいに、可憐な声。テンション上がるわー。
男女差別マンは、肩を竦めて辺りを見回した。っていうか、肩を竦める何て動作をする日本人をあたしは初めて見たよ。おい。
「ここに来てるの、全員男子だし」
言われてみると――確かに、職員室に並んでる生徒は全員男の子だった。うーん、どういう仕様なのか、イケメン揃い。ってことはあたしも美少女になってるのかしらん? 鏡を見るのが楽しみだ。ん、親から頂いた顔を何だと思ってるんだって? まぁまぁ、あたしの夢なんだから。ここは。そんなに目くじら立てないで。
「そうね、偶然ね」
偶然、を強調してあたしが言うと、男女差別マンは首を振った。
「女子はほとんど、校門から動いて無かったよ」
むっむむ……? と言う事は? つまり? どういうこと?
美少女6人パーティを組めないってこと!?
げー! やだやだそんなの!
っていうかそうだ! あたし1人で初期の『普通科』から転職したって意味無いじゃん! パーティには戦士系と盗賊系と白魔術師系と黒魔術師系は必須なのに! まずメンバー集めてから、職業決めなきゃ駄目じゃない!?
いや、でも、職員室でメンバー登録出来る可能性がある!
諦めるな、あたし!
「そうなんだー」
「お前」
あたしが相変わらず曖昧なことばっかり言ってると、男女差別マンの前に並んでたちっちゃい男の子が振り返った。
ちっちゃいと思ったら、小人族だ。HP(体力値)と力が高くて、MP(魔力値)と知力と素早さが低め。ちょっと犬っぽい外見で、茶色い毛が全身もっふもふで、ちょっと小さい。
良く見ると、男女差別マンの耳は尖っている。妖精族か。小人族とは対照的に、MPと知力が高くて、HPと力が低めの種族だ。それから、背が高くて美男美女揃い――っていう、設定。まぁ、妖精族だろうがそうじゃなかろうが、美男美女揃いになってるけどね。
あたしは何なんだろ。耳に触れてみる。尖って無い。し、顔の横に耳がある。人間種族、かな。全部のステータスが平均的な人間種族っていうのは、あたしにぴったりなような気がした。
小人族の男の子はあたしの瞳をじっとみて、低い声で言った。
「藤原か」
うっげー! 本名! 苗字! リリーとか可愛い名前を名乗りたかったよ!
それから小人族の男の子は、自分を指差した。
「俺は池田だ」
……んん?
池田? 聞いた事がありますなー。っていうか、よーく見ると、イケメンで、モフってるけど、眼鏡を掛けた根暗そうな少年の面影がある。
「……池田相馬くん?」
「そうだよ」
クラスメイトでしたー!
ええっ、何それ、どういうこと! これ、あたしの夢かと思ったら、異世界召喚系!? いや、でも小人族とか妖精族になってるし、異世界転生系? 赤ちゃんから始まってないけど。ないけど!
恐々と、男女差別マンを見上げる。妖精族の美少年だけど、ちょっとだけ面長なところとか、優しそうなところが、見た事が、ある、ような……。
「もしかして……」
「おれ、3組の西。西和輝」
隣のクラスの学級委員長だー!
「藤原、何の職業になるつもりだった?」
池田は淡々と問いかけて来る。大パニック中のあたしは、思わず素直に答えていた。
「み、巫女」
「藤原、お前、このクソゲープレイしたことあるな?」
バレたー!!
――そう、この灰クロ、選べる職業は24種類。クレイジーな数がある。
その中でも、巫女(男子生徒の場合は神主になる)は、回復系で、ひっじょーに便利なスキルを覚える、慣れた灰クロプレイヤーならば、ほぼ必ずパーティに組み込む職業なのだ。
ただし、巫女の職業の並び順は真ん中の方。戦士や白魔術士なら、何となく覚えるスキルや魔法を想像しやすいかもしれないけれど、巫女、だなんていかにも色モノな名前だ。だから、初見のプレイヤーはまず選ばない。
池田君は、『このクソゲー』と言った。ここが、灰クロの世界だって、気付いてる……?
「……池田君も、灰クロ、プレイしたことあるの?」
「称号コンプした」
じゃっかん誇らしげに、池田君は言った。
あたしもしたけどさぁ、池田君、あんたもアホだね。称号コンプってことは、エンディング後の隠しボス撃破して、しかもその隠しボスのくっっそドロップ率が低いアイテムまでゲットしてなきゃいけないじゃん。あんた、こんなクソゲーに何時間捧げたわけ?
西君は池田君とあたしの顔を順番に見た。
「もしかして、ここはゲームの世界の中じゃないかって思っていたけど、2人は何のゲームだか、知っているの?」
「「『灰と友情のクロスカウンター』、通称『灰クロ』」」
答える、あたしと池田君の声が重なった。うげー、灰クロまで被ったよ。
西君はちょっと眉を寄せた。
「ゲームはそれなりにプレイしたことがあるけど、聞いた事が無いな……」
まぁ、マイナーゲーですからね。何本売れたんだったかなぁ。何万本とかでは絶対にない。数千本規模だった筈だ。だというのに、地方都市のクラスメイト同士がプレイした事があるとか凄すぎる。
「池田! このゲームプレイしたことあんのか!? オレ、何の職業選べば良い!?」
ローゼン先生の前に立っていた男の子が、振り返って縋るように言って来る。
もっさりした黒髪で、だけど、頭の上に三角の耳が付いている。猫を祖にするという設定の豹頭族だ。素早さと幸運値が高い。「盗賊か海賊かな」しっかし、男子の猫耳とか誰得?
「盗賊か海賊な!?」
あたしの考えは、思わず声に出てたらしい。
「え、あ……」
あたしが二の句を次げずにいると、池田君が満足そうに頷いた。
「盗賊にしとけ。『解錠』を覚えるまでの修得値が少なくて済むから。良い銃をドロップしたら海賊に転職な」
「分かった!」
誰だか知んないけど、豹頭族の男の子は頷いて、「盗賊になります!」とローゼン先生に答えていた。
「はぁい、良いわよぉ。それじゃ、これで登録は終わり。転職の時はまた来てねぇ」
モーガン先生と同じく、ゲーム内ではノンボイスだったローゼン先生も、素敵な妖艶系ボイスだ。艶やかな唇を笑みの形にして、手招きする。
「それじゃ、次の子、どうぞぉ?」
「ぼ、ぼく、後で良いです!」
泣きそうな声で言ったのは――竜を祖にすると言われる、竜人族の男子だ。設定では、竜人族は長寿で、丈夫で、他種族を見下す態度をとる事が多いってことになってるのに、ぼ、ぼくあとでいいですー、とは何事だこのやろう。性格に合った種族になってるわけじゃないんだね。
そしたらあたしも妖精族か天使族が良かったなー。巫女になるにしても、ステータスが妖精族とか天使族向きなんだよな。
ぼく、の次は池田君だ。小人族。戦士系向きのステータス。池田君は、短く告げた。
「武道家で」
――そう。無手で戦う武道家は、戦士、聖騎士、侍、狂戦士などの他の戦士系職業よりも、良い武器を持っていない序盤では運用が楽だ。武器買わなくて良いし。小人族は元から力のステータスが高いから、弱っちい剣を持った戦士よりも、ずっと良いダメージ値を叩きだせる事だろう。
まぁ、称号コンプしてるほどやり込んでるなら、当然の選択だ。あたしだって小人族だったらそうする。このゲームは、男女でのステータス差は無いのだ。選べる職業は、ちょっと違ったりするけど。
「はぁい、良いわよぉ。それじゃ、これで登録は終わり。転職の時はまた来てねぇ」
ローゼン先生は、さっきとまったく同じ調子で言って、「それじゃ、次の子、どうぞぉ?」と西君を手招きした。うーん、会話パターン、幾つかしかないのかな?