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エンディングから始まる異世界漂流。  作者: 桜木彩花。


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第18章 現実もわりと悪くないな

 結局あたし達は、学生寮の入口で夜を明かしてしまった。


 この世界でも夜は普通に眠くなるので、入口に座ったまま眠っていたあたし達を蹴っ飛ばして起こしたのはソウマだった。ちょっとー、土足で蹴んないでよー……。


「……ソウマ?」


 あたしが見上げると、ソウマの顔は見事に逆光になっていて、どんな表情をしているのか分からなかった。


「……おう」


「おー、ソウマじゃん。おはよ」


 ケントは立ち上がって伸びをしている。それから、ソウマの後ろに立っていたサキちゃんに手を振った。


「サキも、おはよ」


「おはよう。ケントくん」


 答えるサキちゃんの声は、暗い。


 何度も瞬きをしてから、あたしは立ち上がる。カズキの姿は、見当たらなかった。その事実が、あたしとアキラを、捨てられた動物の目にさせる。


 そんなあたし達に、ソウマは淡々と告げた。


「1人、ロストした――ユカが灰をばらまいたヤツじゃないから、安心しろ。カズキは、そいつの葬式に出てるから、今日は夕方まで戻らない。明日から、また『飛竜の呼び笛』でダンジョンに戻って探索の予定だ。何か、聞きたい事、あるか?」


 あたしもアキラも、ケントでさえ、黙って首を振った。無い。無いです。あるわけ、ない。


 ソウマはこんな時なのに、薄く笑った。


「……俺達ゲーマーに出来る事なんて、ゲームをプレイする事だけだろ。つまんない事に悩むなよ」


 いつかと同じことを言って、ソウマは学生寮に入って行く。あたし達も、のろのろとついて行った。サキちゃんが、あたしの手を握ってくれる。あったかい。


「……わたし達は、出来ること、全部やったよ」


 サキちゃんは、あたしの耳元で囁く。自分に言い聞かせるような言い方だった。


 あたし達は、出来ること、全部やった。


 本当にその通りだ。


 別に、時間経過で蘇生率が下がるとかいうペナルティはない。あたし達は善意で彼らを回収して、42人の内、41人は無事に蘇生させた。1人だ。たった1人だ。42人もいるんだから、仕方なかった――ああ、本気でそう思えたら。


 どうなるの。ロストしたらどうなるの。あああ。いっそあたしがロストしちゃいたい。消えちゃいたい。カズキに合わせる顔がない。何て酷い。本当にロストしてしまった人がいるのに、消えちゃいたいだなんて。最低だ。


 でも、どうしたら良かったの。あたし達に他に出来ることは無かった。事実だ。この世界の仕様を変える事なんて出来ない。あたし達は、出来ること、全部やった。でも、どうして仕方なかったと思えないの?


 

 ――クリアだ。


 

 クリアして、元の世界に帰ってないからだ。


 きっと、あたし達にしか出来ない。


 ソウマは正しい。ソウマの言う通りだ。あたし達ゲーマーに出来る事なんて。あぁ、何度言われれば分かるんだろう。


 クリアして、みんなを元の世界に連れ帰ることが出来たら。そしたら、きっとあたしは、あたし達は、あたし達を許せるだろう。


 きっと。


 あたしはサキちゃんの手を強く握り返す。


「……みんなで、元の世界に帰ろう」


 そうすれば。


 それが実現できれば。


 きっとあたしはあたしを許せるだろう。


「……うんっ!」


 サキちゃんがふわっと笑ってくれた。可愛い。嬉しい。


 現金なもので、あたしの心は軽くなり始めていた。ほんとに、何て現金。だけど、本当に、サキちゃんがいてくれてよかった。


 あたしは自分の部屋――203号室に久しぶりに戻って、戻るなり、ベッドに横になってぐぅぐぅ寝た。学生寮の入口で寝たはずだったのに。人間、辛いことがあると眠くなるって聞いたことがある。それかもしれない。食事も忘れて寝て、眠って、そしてノックの音で目が覚めた。窓の外を見ると、また夕暮れ時。ほとんど丸1日寝ちゃったのか。


「ふぁーぃ……」


 頭をぼりぼり掻きながら、あたしは扉を開ける。サキちゃんだろう。夜ご飯一緒に食べない? って相談かな。


 違った。


 凍った。


 カズキだった。


「かっ……!?」


 何てこった。完全に油断していた。あたしにも心構えってものが。混乱しきったあたしは扉を閉めようとして、そしたらなんと、「ごめん」と言ってカズキが部屋に入って来た。ぎゃー!?


「か、あわわ、か、カズキ……!?」


「うん――そんなに驚かなくても」


 そう言って笑うカズキは、いつも通りの爽やかさだった。ひー! 学級委員長スマイルが眩しいっ!? 根暗の女子には眩し過ぎるっ!


「か、カズキ、どうしたの……?」


 あたしはぐしゃぐしゃになっているであろう髪を手櫛で慌てて整える。整ってたら、いいな!


「どうしても、言いたいことがあって」


「ごめんなさいっ!」


 先手必勝。


 あたしはがばぁっと頭を下げた。やばい。怒られる、のはいい。だけど、だけどパーティ抜けるとか、そういうのは勘弁してぇぇぇぇぇ!


「……ユカ?」


 カズキは怪訝そうだ。あれ? 違った? あたしは恐る恐る顔を上げる。


「……は、はい。ユカって言います」


「あはは、何それ」


「あ、はははは……何だろ」


 ちょっとね、自己紹介からやり直せたらいいなぁって思っただけ。


 2人で笑って、笑って――笑いも尽きて、そうしてカズキは言った。


「ユカ、昨日、おれの為に怒ってくれて、ありがとう。あんな風に灰をばら撒いたりするのは、良くなかったと思うけど、でも、それはそれとして、やっぱり、おれなんかの為に怒ってくれて、ありがとう――どうしても、それだけは言いたくて」


「か、カズキ……!?」


 あたしは吃驚仰天して、だって、カズキが『おれなんか』なんて言うなんて信じられなくて、だってカズキはみんなの為に頑張る学級委員長で、眩しくて、あたしなんかとは全然違って。


「か、カズキは、『おれなんか』なんて言っちゃ、駄目だよ! カズキは凄いんだから!」


「凄くないよ」


「凄いよ! カズキは格好いいよ! カズキかっこいー! みたいに思ってる女子、きっといっぱいいるだろうねって、ケントとも話してたんだよ!」


 鼻息荒くあたしが言うと、カズキは恥ずかしそうに目を伏せた。


「そんなことない。おれ、あっちこっちに良い顔したいだけで、後から恨まれるのが怖かっただけで、それだけで。それなのに、ユカやアキラはおれなんかの為に本気で怒ってくれて、嬉しかったんだ」


 嬉しかった、と言いながら、カズキはどこか苦しそうだった。ああ、やだ。やだ。カズキが辛いのは嫌だ。


「な、何度だって怒るよ! あたしは、あたし達はカズキの味方だよ。だって、だって、パーティ、組んでるじゃない! それってもう、仲間だよ! 特別だよ! 大事だよ!」


 我ながら、何を言ってるんだかって感じだ。もっと上手に自分の気持ちを伝えられたらいいのに。でも、出来ないなりに精一杯やるしかなかった。


「あたしは――ううん、あたしだけじゃない。アキラも、ケントも、サキちゃんも、たぶんソウマも――みんな、カズキの事が好きだよ。みんなの為に行動出来て凄いって、思ってる。だから、だからそんな風に、『おれなんか』なんて言わないで。そんな辛い顔、しないで。あたしに、あたし達に出来る事なら、何だってするから!」


「ユカ……」


 カズキはびっくりしたみたいだった。でも、そんなに驚くような事かな? あたし的には当たり前の事なのに。


「ね、カズキ! クリア、しよう! ソウマも言ってたけど。あたし達で、クリアしよう。こんなわけ分かんない状況、あたし達で終わらせよう。そしたら、そうしたら……!」


 少しは、あたし達はあたし達を許せるんじゃないかな。


「……うん」


 カズキは、頷いてくれた。これからも一緒にいてくれるって。


 嬉しい。


 カズキを失わなくて済んで、良かった。


 それから、夜ご飯食べに行こうかって話になって、カズキと並んで外に出る。髪? ん、まぁいいや。何とかなってるでしょ。


 サキちゃんとケントとアキラとソウマも誘って、6人で食堂に行く。あたし達だけじゃなくて、同級生でもダンジョンの探索を進めている人もちょっとはいるみたいだった。装備、持ってる。剣とか弓とか杖とか、そういうのを。


 カズキを見るなり、「なぁ、今このダンジョンにいるんだけど、次は……」とか聞きに来る生徒も何人かいた。カズキもこなしてきた冒険だし、カズキが答えられることはカズキが答える。カズキが忘れてしまったり、分かんない様な――各職業のスキルとか、出て来る敵の詳細とか――ことは、ソウマとかあたしがそっと答えた。


 それでお礼を言われたりすると、現実もわりと悪くないな、とか思えたからあたしは単純だ。サキちゃんだって、カズキだって、ケントだって、アキラだって、ソウマだって現実なんだから、当たり前と言えば当たり前か。現実だって良いところもある。


 一番嬉しかったのは、昨日蘇生させたパーティのうち、5パーティがわざわざあたし達のところに来てお礼を言ってくれたことだ。そうだよね。あたし達のしたこと、決して悪いことじゃ無かったよね。昨日は、4人が灰になっちゃってみんなでテンパっちゃっただけで。


 ソウマとカズキが口数少なくぽつりぽつりと語った所によると、昨日、4回目の蘇生を依頼するまでには、かなりの逡巡があったらしい。


 回復アイテムは無いのか。保健室よりももっと蘇生率の高い手段はないのか。白魔術師や神主/巫女やプリンス/プリンセスが覚える蘇生魔法の成功率はどうなのか――などなど。


 悩んで、悩んで――そうして、やっぱり、保健室で蘇生魔法を使ってもらったらしい。結果は、今日の朝聞いた通り。2人の内1人はロストしてしまった。


 ロストすることで、この世界では『死』と見なされるらしかった。『死亡中』のステータスは何だろうね……もう戦えません、みたいな感じかな? うん。多分そうだ。


 そんなに詳しくは聞けなかったし、カズキも詳しくは話さなかったけど――『死』んだ1人のお葬式は、日本でよくあるようなお寺とか葬儀場で行うお葬式とはまったく違って、「なんだかちっとも現実感がなかった」とのこと。


 現実感、なんてそりゃあ無いだろう。今、パンを千切ってもぐもぐ食べているのだって、半分夢の中に居るような気分なんだから。


 この世界は、灰クロの紛い物で作り物で偽物で、本物の世界が遠くにある。そういう、気分。でも。だとしたら、やっぱり、この世界でロストした彼の魂とかそういうものは、何処へ行くんだろう、とは思う。不思議。


 食後のお茶までまったり楽しんで、カズキに質問に来る同級生も途切れたので、自室に戻る。


 そういえば、制服、ちっとも汚れないな。洗濯なんて1回もしてない。でも、くさくないよ! お風呂も、学生寮にはあるから入るけど、ダンジョンの地面で眠った次の日だって、髪とかさらさらのまんまだし。顔もべたついたりしないし。


 不思議は、不思議だけど。でもあたしはただの中学2年生で、分かんないことだらけで、むしろそれが自然で――だからまぁ、久しぶりのお風呂に入って、眠くなったから、寝た。


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