第17章 絶望に似たもの
「ちょ、ちょいちょいちょい! アキラもユカも落ち着いて! 仲良くやろーよ! 同級生なんだからさ! あ、無理? 無理ですかー、じゃ、ちょっと距離置こう。オレの顔に免じて。ね、ねっ!?」
一触即発、みたいな空気になりかけたあたし達の間に割り込んで来たのは、ケントだった。怯えているのか、三角の耳がぺったりと倒れている。可愛い。こんな時なのに、ちょっと和んだ。
あたしが和んだ隙に、ケントはあたしとアキラの腕を引っ張って保健室から連れ出す。だけじゃ飽き足らず、ぐいぐい引っ張って、引っ張って、校舎を出て、中庭を通り過ぎて、学生寮までやって来てしまった。
あああ。
またカズキに負担が。
あたしもアキラも、何かの魔法が解けてしまったみたいに、呆けた顔でケントに引きずられてここまで来てしまった。
学生寮の入口の階段で座り込むあたしとアキラを見下ろして、ケントは腰に手を当てた。
「ちょっとさー、2人ともどうしちゃったの。何始めちゃってんの」
「……わ、分かんない」
半開きになったアキラの口から、言葉が零れ落ちた。
ほんと、分かんない。
分かんないこと、だらけだ。
あたしは膝を立てて座って、膝頭に額を押し付けた。あああ。
「……まぁさ、オレもじゃっかん? つーかだいぶ? すっきりしたのは、事実だけどさ」
囁くように言って、ケントはあたしの隣に腰を下ろしたんだと、思う。あたしは見て無かった。自分のじゃないみたいなすべすべした足と、黒いスカートだけを見ていた。
あああ、とあたしの嘆きみたいな声を、ケントは出した。
「でも、駄目じゃん。あれは、駄目じゃん。カズキも怒ってたし」
「……怒った、よね」
あたしが籠った声で言うと、たぶんね、とケントは答えた。
あああ。
あたしは、
強く、
なったの?
お前こそ何様だよ!
あたしに向かって怒鳴った男子生徒の声がリフレインする。あああ。何様だろう。あああ。あんなにも恐れていたのに。あんなにも憎んでいたのに。あんなにも嫌っていたのに。あんなにも。
あああ。
あたしはお父さんの娘だ。
消えちゃいたい。
だけどこの世界では、死んだって終わらない。4回も可能性が残ってしまう。何だか泣けてくる。あたしが悪いのに。あたしのせいなのに。あああ。だけど、出るんだ。泣いたってどうにもならないって、あたしは『あっち』であんなにも長い間、思い知らされて来たのに。ここは灰クロの世界なのに。どうしてあたしは変わらずこんなにも愚かで無力なんだろう。
「やー、でも、あれだよ。カズキだってちょっとはざまぁって思ったと思うよ。カズキだって聖人じゃないんだからさ。毎回毎回、八つ当たりされて。損な役回りだよなぁ。偉いよなぁ。カズキかっこいー! みたいな。きっと思ってる女子いるよね。ユカ、そういう子知らない? 知らないかぁ」
あたしが泣いている事に気付いたのか、ケントは慌てたように捲し立てた。あたしは鼻を啜って、顔をごしごし擦って顔を上げた。
「知らないなぁ……いそう、だけどね」
「知らないかぁ……でも、いそうだよね」
「うん」
ゆっくりと、日が暮れて行く。
学生寮に帰ってくる生徒達が増える。入口に座り込んでるあたし達を、ちょっと邪魔そうに見て、みんな学生寮の中に入って行く。学校の帰宅の時間に流れる音楽が聞こえてきそうな気分。ふーふふーん、ふーふふー、ふーふふーふふーん。みたいな。わけわかんないか。
「……カズキ達、帰って来ないね」
アキラは捨てられた子犬みたいな目をしていた。竜人族のくせに。狂戦士のくせに。自分のこと、さっきまで「おれ」とか言ってたくせに。この世界で最強の『宙の剣』を腰に帯びた、あたし達の頼もしい攻撃手のくせに。
「……帰って来ないね」
だけど、あたしもアキラに負けず劣らず、捨てられた惨めで弱っちい生き物みたいな目をしているだろう。
ケントは、尻尾をゆらゆら揺らしていた。黒い尻尾が、長い影を作る。
「でも、そのうち帰って来るよ。絶対」
「……そだね」
あたし達は待って、待って、待って――でも、カズキ達は不思議なくらい帰って来なくて。
だけど、根っこが生えちゃったみたいにあたし達は学生寮の入口から動けなくて。誰も、『保健室戻ってみる?』とか、ケントさえ言い出さなくて、だからずっと座っていて。夜になると冷えて来るけど、あたし達の身体は暑さとか寒さに現実世界よりもずっと強くなっていることは、火山のダンジョンとか雪原のダンジョンで理解していて――
「……カズキ達、遅いなー」
「……帰って、来ないね」
「……ん」
あたし達は、この世界に来て初めて絶望に似たものを味わっていた。




