第16章 異世界で救えなくって
随分遅くなっちゃって、ごめんなさいって感じだ。
実は、まぁ、6000Yなんて、とっくの昔に溜まってた。
ただ、モルゲンロート学園からあまりにも離れてしまって(そして、各拠点で色んなクエストを受けたりしてしまっていて)、なんかもー、帰って来るの面倒……もとい、えーと、まぁ、色々あって! そう! 色々ね! だいたい、徒歩でとっとこ帰るより、『飛竜の呼び笛』を手に入れて飛んで帰る方が早くなってたし。
んでもって、あたし達は今、久方ぶりのモルゲンロート学園に着くなり、保健室に直行していた。それくらいの誠意はね、見せないと。
まずはリリアン先生に4200Y渡して、42人全員に蘇生魔法を掛けて貰う。蘇生率は70%。分かっていたけど、何人かは――正確には、13人は蘇生に失敗した。まぁ、数字通りって感じだ。リリアン先生を責めるわけにも行かない。
蘇生に成功した29人は、起き上がったり、横になったままで呆然としていた。誰かが、掠れた声で笑う。
「何だよ……死んでも終わんねぇのかよ」
泣いてる生徒もいるみたいだった。そういえば、そうだ。あたし達はもうこの世界で何日も、何十日も過ごしてすっかり慣れてしまったけど、彼等からしたら、今日が異世界漂流初日だ。ごめん……。
「リリアン先生、2回目、お願いします」
ソウマがリリアン先生に1300Y渡した。ぶれないね、ソウマ。……頼もしいけどさ。
そして2回目。
ううっ。
13人中4人は灰になったー!
うわぁ。うわぁ!? ステータスに『灰』アイコンが表示されるだけじゃない。本当に、白っぽくて所々黒い、灰になって崩れてしまった。
「おい……おい! 何やってんだよ!? ふざっけんなよ!?」
「翔太!? ショー!? 何だよこれっ!?」
「え……えっ! 何、灰っ!?」
「どうなってんの。どうなんの。大丈夫なの? 駄目だろこれっ!?」
灰になった4人とパーティを組んでいた――つまり、それ相応に親しかったであろう生徒たちが、リリアン先生に詰め寄る。あー、良かった。あたしに来なくて。
リリアン先生は、ごく当然のことを子供に教える大人の顔で言った。
「私の蘇生魔法の蘇生率は70%。2回蘇生に失敗すると、灰になるのよ」
「なるのよ、じゃねーよ! 何言ってんだよ!?」
悲鳴のような声で、男子生徒が喚く。こわっ。うー、もう、学生寮に帰りたい。リリアン先生は慣れたものなのか、平然としている。
「『死んだ』代償としては、優しいものだと思いなさい。あなた達には4回もチャンスが与えられるのだから」
そりゃあ、まぁ、そうかもしれないけど。
でも、外見が現実世界とは多少変わっているとはいえ、友達が灰になったりしたらショックを受けるのは仕方ない。
あたしだって、サキちゃんが灰になったりしたらと思うと、ぞっとする。あんなに取り乱して、と、彼等を簡単に侮ったり馬鹿にしたりは出来ない。
「……3回目、お願いします」
暗い声で、ソウマ。400Yをリリアン先生に手渡す。
あたしは、いや、あたし達は、もう、祈るくらいしか出来なかった。
灰になってからの蘇生率は、50パーセント。
灰になってから、蘇生魔法を使えるのは2回。
単純計算なら、1人は『ロスト』してもおかしくない。
神様――この世界にいるのか分かんないけど――お願いしますっ!
灰が形をつくり、まだ、肌に色がついて行くのは、神秘的な光景ではあった。だけど、絶望的な気分であたし達はそれを見つめる。
灰になってからの蘇生率は、50パーセント。
4人中、2人しか『生き返らなかった』。
「……っ、ど……」
どうしよう。
どうなるの。
どっちだったかは分かんない。だけど、サキちゃんが小さく呻いて、へなへなとその場にへたり込んだ。
あたしも、眩暈がして、視界がぐるぐる回った。嘘。嘘じゃない。確率通り。おかしくはない。だけど、何もかもがおかしい。
ロスト、したら。
元の世界に帰れるとか。都合の良い展開になれば、良いけど。
さすがのソウマも顔を青くしていて、4回目、お願いします、とは言わなかった。
「……チャンスは、4回って」
灰になったままの2人の傍らで、男子生徒が縋るような目でリリアン先生を見る。
リリアン先生は、重く頷いた。
「4回蘇生に失敗した子は、ロスト――不可逆的な、死が訪れるわ」
やっぱり、そうですよね。
「……お前、西だろ」
唐突に、誰かが言う。久しぶりに聞いた。カズキの苗字だ。カズキも青い顔で、でも、呼ばれて素直に頷く。やめればいいのに。他人のフリ、すればいいのに。
「お前、学級委員長だろ。説明しろよ。何だよ。何なんだよ。何でこんなことになってんだよ。ロストって、不可逆的な死って、意味わかんねーよ。こんな世界で。何だよ。あんなモンスター出て来てんだろ。俺達も武器とか持ってんだろ。そんな世界なら、レイズ使えばすぐに起き上れるはずだろ。ザオリク使えよ。ザオラルじゃなくてよ!」
だからさぁ。
やめてよ。
そういうの。
だったら自分でやってよ。カズキ関係ないでしょ。あたし達は善意であんた達をダンジョンから回収して、お金まで払って、蘇生してあげたんだからね。勝手にダンジョンに突っ込んで死んだのはあんた達でしょ。あんた達が悪いんでしょ。何でそういう事言うの。何でカズキに当たるの。何でお母さんを怒鳴るの。
「ぅるっ……」
あたしは強くなった。
この世界で。
レベル何てもう42だ。こいつらはレベル1でずっと死んでた。
あたしは強くなった。
強くなったんだ――!
「うるっ、さぁぁぁぁぁぁいっ!!」
あたしは喚いて、うおりゃぁぁぁっ! と灰になったまんまの2人の内、ごちゃごちゃうるせーこと言い出した生徒の傍にいた方のヤツのベッドのシーツを全力で引っ張った。
灰が、舞い散る。
はらり、と中身のない制服の上下が、床を滑った。
だんっ、とあたしは床に右足を叩き付ける。
「うるさい、うるさい煩いうるさいうるさいっ! だったら自分でザオリク覚えろっ! 何が説明しろだっ! 教えてくださいお願いしますと教えを乞えっ! お前何様だっ! もう1回『薔薇園への街道』まで引きずって行ってやろうかっ!?」
「な……おま、お前、何て事を!」
カズキのことを、西、と呼んだ男子生徒は床を這いつくばって灰をかき集め始める。あっ、と呻いて、他の男子生徒達も、灰を集め始める。そうすれば、元に戻ると愚かしくも信じてるみたいに。
「お前……お前、4組の藤原だろっ!? 横からブスが発狂してんじゃねーよ! お前こそ何様だよ!」
「あたしはっ……」
あたしは宙の剣を手に入れた。あたしはレベルが42だ。あたしは灰クロの設定を、この世界で2番目に詳しく知っている。あたしは――
あたしは。
あああ。
何者であるのか。
「ユカちゃん!?」
「ユカ!?」
サキちゃんが悲鳴みたいな声で、カズキが明らかな非難の意思を込めて、あたしの名前を呼ぶ。
あああ。
消えちゃいたい。
――男子生徒たちが集めていた灰ごと、彼らを横から蹴っ飛ばしたのはアキラだった。
「ぼ……」
アキラは自分がしたことを信じられない、みたいな顔をしていた。そんな顔のまま、でも、アキラは言った。
「ぼく達は――おれ達が助けてやったんだ。お前たちの事を。なのに、カズキを、ユカを、おれ達を悪く言うなんて許さない。文句があるんなら、かかって来いよ。やってやる」
ああ、そうだ。
あたし達が強いのは事実だ。
やってやる。
文句があるなら。
あたしも慣れた動作で、腰に下げた矢に手を伸ばした。
「んだと……!?」




