第15章 そうしてあたし達は旅をした
「その前に、職員室な」
ソウマもダンジョンに行きたそうだったけど、なんとか堪えてって感じで言った。職員室? 誰か職業変更するの――あ、そうか。
「アキラ、聖騎士やめるの?」
「の方が、良いだろ」
「そうだね」
HP、防御力は聖騎士よりも下がるけど、狂戦士になったになった方が攻撃力は上がる。いまならレベルも上げまくったことだし、誰かを聖騎士のスキル『かばう』で守ったりしなくても大丈夫だろう。
うーん、短い聖騎士人生だったね、アキラ。
そうして職員室でアキラの職業を変えてから、ダンジョンに向かう。
いやー。
強い。
強いわっ! あたし達!
まぁ、適正レベルを大幅に上回ってるっていうのもあるんだけど、冗談抜きで、アキラの一撃でボス戦が瞬時に終わった。
うーふふ、良いではないか、良いではないか!
あたし達は、図書室にとって返しては、クエストを報告して、クエストを受領する。次は何だっけ。あ、そうだ。『影森への野道』は、通り抜け出来るダンジョンで、入口をモルゲンロート学園とするなら、出口は『影森の都』という拠点に繋がっている。
拠点には、『学生寮』と同じようにHPMPを回復できる(ただし、学生寮と違って回復するにはお金がかかるけど)『宿屋』という施設があったり、『売店』と同じように武具を売買できる『商店』があったりする。『商店』で錬金は出来なかったり、拠点での行動は学園よりは制限されるけど、まぁ学園相応の設備が揃ってる、って感じかな。
で、次のクエストは、拠点・『影森の都』から入れるまた別のダンジョン『ワンダーランド』に行ってボスを倒せば良かったはず。楽勝楽勝。
そうしてあたし達は旅をした。
うんとたくさん。
地面から炎吹く火山も歩いた。風吹く荒野を歩いた。『魔女が潜む森』とは打って変わって、昼間でも薄暗くて何か虫とかヘビとかが飛び出してきそうな鬱蒼とした森も歩いた。道が凍っていて、壁に達するまで止まれない様な仕掛けのある雪原も歩いた。水の枯れ果てた砂漠を歩いた。ダンジョンと呼ぶに実に相応しい、海底洞窟も歩いた。
そして幾つもの拠点を通り過ぎた。
如何にも中世の西洋の街のような可愛らしい木造りの家々が並ぶ拠点で、世界観ごった煮のゲームらしい、和風の村で、オアシスの傍に作られたアラビアンな都で、あるいは、ただの天幕が並ぶだけの草原の中の集落で、夜を明かした。
ゲームの中ではこんなことなかったんだけど、大雨に降られて大樹の傍で雨宿りした日もあった。現実世界では見たこともないような光景を、いくつも見た。
クエストで飛竜を倒して、使役できるようになった。拠点間を、ダンジョンを経由しなくても自由に移動できるようになる――ゲームでは、それだけだった。
だけど、この世界では。
あたし達は空を飛んだ。
比喩無しで。
ダンジョンでの探索をやめて、そろそろ帰ろうかって時間だった。夕暮れ時だった。一番星が輝き始めていた。そういう時間。
「むりー! むりむりむりおーろーしーてー!」
「ひぎゃーっ! 高いーっ!?」
サキちゃんの悲鳴と、あたしの色気のない絶叫が響き渡った。
『飛竜の呼び笛』で空から舞い降りて来た飛竜に、あたし達は掴まっていた。背中に乗って居た、なんて優雅な言い方はとても出来ない。6人がへばりついても、なお広い飛竜の背であたしは目を瞑って悲鳴を上げる。
「ぐぎゃー! 落ちるー!?」
「落ちねーよ」
ソウマの突っ込みは、相変わらずだ。最近はちょっと仲良くなって来たんじゃないかと思う瞬間もあるんだけど。
「サキもユカも叫びすぎだろー。うける」
ちっとも面白くないわー! この黒猫がっ! 猫耳がっ! ぷりてぃ担当がっ!
「た、確かに高いよね……だけど、不思議と風も受けないし、そんなに身を低くしなくても大丈夫だよ、2人とも」
おおお……ありがとうカズキ。そういう情報が欲しかったの。
「それに……」
溜息のような声で、アキラは言った。
「……そんな風に目を瞑ってたら、勿体ないよ。こんな光景を、見ないなんて」
こんな光景。
そんな気になることを言われれると、ちょっと見てみようかなって思うのが人の性だ。ゲーマーの性かもしれない。どっちでも良いけど。
あたしは薄っすらと目を開ける。飛竜の、ごつごつとした茶色の鱗しか見えない。ちぇっ。
両手は飛竜の鱗を強く掴んだまま、身を起こす。死んだら化けて出てやるんだからー……とか、言ってる場合じゃなくなった。
たっかい。
眼下には、玩具みたいな街並みと、広い森や草原に、そこを蛇行して流れる河が見えた。
そのすべてが、夕日に照らされて金色に輝いているみたいだった。
きれい。
なんて。
語彙の少ない中学生のあたしには、その美しさを的確に表すことは出来ない。
だけど、あぁ、なんてこの世界は綺麗なんだろう。
「ふわー……」
いつの間にか、あたしみたいに身を起こしたサキちゃんも、その光景を目にして言葉を失う。
灰クロのもっさりした画面ではあり得ない、この世界の風景。
「……かえりたくないな」
誰かが言った。
あたしだった。
「さっきまであんなに叫んでいたのに」
カズキがからかうみたいに笑う。ぬー。
だけどそれには、あたしの言葉を必死に否定するような、切実なものも籠っていた。
「……帰る、か」
「帰る、ねーぇ……」
ソウマとケントも、眼下の景色を眺めながら、遠い目をしている。
もう、どれくらい、ここで過ごしただろう。
幾つものダンジョンを超えて、集落で夜を明かして、ついに飛竜まで手に入れてしまった。
帰る。
ねぇ?
帰って何があるだろう。つまらない、大した特徴のない、肝心な時に声の出せない、つまるところ極々平凡な女子中学生たるあたしに。
「かえ、らないとか……」
アキラが言って、続きは、飲み込んだらしかった。
選べるんだろうか。
あたし達は。
何処でどう生きるかを?
その後は誰も何も言わず、あたし達は、久方ぶりにモルゲンロート学園へ帰還したのだった。




