第14章 バランスブレイカー
「助けて――」
あたしの幼稚な声が、祈りが、口から零れ落ちた。
「ユカちゃんっ!」
ぎゅうっ、と手を握りしめられる。あったかい。何だか、ますます泣けてきた。ずっと、こうして欲しかった。誰かに、助けて欲しかった。ゲームは、かなりあたしを救ってくれたけど、でも足りなかった。この暖かさには、どんな娯楽も敵わない。
あたしは何度も瞬きをしてから、その人を見る。
「……サキちゃん?」
「もう大丈夫だよ! もう大丈夫! 大丈夫だからね!?」
サキちゃんは、大丈夫、だいじょうぶ、もう大丈夫、とそれだけを繰り返す。
ああ――
あたし。
死んでたのか。
「……この、馬鹿!」
うぐぅ。
こわっ。
怒鳴んないでよ。
あたしが縮こまると、サキちゃんが珍しく強い口調で「怒鳴らないでよ!」とソウマに言い返した。
怒ってるソウマ以外のみんなは、素直に喜んでくれているみたいだった。
「ユカ……!」
感極まったようにカズキがあたしの名前を呼ぶ。
「うぉわー! 良かった! ユカ! 生き返ったよ!」
ケントは、まぁケントっぽいからいいや。
「良かった……!」
アキラは、ベッドの横に膝を突いていた。目には、うっすら涙が浮かんでいる。あぁ、ごめん。ごめんなさい。心配かけて。
ソウマは、サキちゃんに怒られてぶんむくれている。
ぎゅぅっと、あたしは掛けられていた布団を握りしめる。
言わないと。
飲み込んじゃ、駄目だ。
ここでまで、息が出来なくなるわけにはいかない。ここはあたしの愛する灰クロの世界だ。
「……ご、ごめんなさい。心配かけて。勝手なことして」
「本当にな」
ソウマは心底嫌そうに言った。うー。そんなはっきり言わないでよー!
ぐっさりと、ソウマの言葉はあたしの胸に刺さった。刺さったけど――でもまぁ、こんなものかと、息が出来る程度の痛みだ。
飲み込んで、飲み込んで、黙り込んでしまうより、ずぅっと、平気だった。
「ユカ、どうしてこんなことしたの?」
カズキは、ちっちゃい子を諭すみたいな口調で言う。だって。だって。
後光の射していそうなカズキを真っ直ぐ見つめ返せなかったから、俯いて、でも、口は閉ざさなかった。
情けなくても、正直に、言うんだ。
「あ……あたし、ちっとも役に立ってないから。まだ便利スキルも使えないし。覚えてる情報も曖昧だし。だから……だから、その、もっと、もっと頑張りたかったの」
「ユカ、自己評価ひっくいなー。良いのに。そんなん気にしなくても」
ケントは呆れたように笑う。うぐー!
「そうだよ、ユカは凄いよ。急にこんな事になったのに、落ち着いてて」
アキラもそう言ってくれるけど、でもでも! ここはあたしの愛する灰クロの世界だから落ち着いていられるのであって!
「ユカちゃん」
サキちゃんが、酷く真面目な顔をして言った。
「もう、しないで」
「……はい」
あたしは、ふかーく頷く。もうしません。
「つーか、もうする必要もないしな」
拗ねた様な口調のまんまで、ソウマ。
え、なになに?
どゆこと?
「え……またローズー狩りに行くでしょ?」
「気付いてなかったのか?」
質問に質問で返さないのー!
「何が?」
「ん」
ソウマはアキラを指差した。正確には、アキラの腰を。
あ。
ああああああー!!
装備、変わってる!
あたしが知ってたアキラの装備は、売店で買った鉄のつるぎだった。攻撃力は10くらい。見栄えは、如何にも量産品って感じ。
だけど今、アキラが腰に帯びているのは、大粒の青い宝石が柄頭に嵌まっていて、握りにまで精緻な彫刻とかが施されちゃって、鍔は羽ばたく鳥の姿が模されている、誰がどう見てもただものじゃない感じの剣だ。っていうかかっこいい。この輝かんばかりに美しい拵えに憧れない冒険者はいないはずだ。
もしかして。
「本当に……?」
「本当だったみたいだな」
“ちょ、ローズー、宙の剣ドロップしたんだけどwww”
あたしが攻略サイトのコメント欄で見た書き込み。
灰クロシリーズの中で最強武具とされる、『宙の~』シリーズ。『宙の剣』、『宙の盾』、『宙の兜』、『宙の鎧』、『宙の小手』、『宙の靴』、『宙の指輪』の7種類が存在する。本来は、エンディング後の隠しボスを撃破することで得られるアイテムから、錬金して作成することが出来る。
つまり、本編クリア後の、隠しダンジョン攻略まで終わったプレイヤーの為に用意されたような武具だ。その高性能っぷりについては、言うまでもないだろう。
そんなもんを、初期の拠点から移動できるようなダンジョンに出現する敵がドロップするとか、バランスブレイカーにも程がある。
でも、灰クロスタッフはやっちゃったのだ。
んもぅ!
あたしは呆然と呟く。
「宙の剣……?」
「そうだよ。お前が見つけたんだ。まぁ、その宝箱の罠で死んだみたいだったけどな」
きーっ! 一言余計だってば!
あぁ、でも許す。この嬉しさの前では何だって許しちゃう。
あたしは靴を履くのももどかしく、ベッドから立ち上がった。
「……ステータス!」
「えっ?」
えっ、じゃないよ、アキラ!
「ステータス、見せて!」
「あ、う、うん――ステータス」
アキラは手を伸ばして、ステータス画面を表示させた。ひょー! 凄い! 凄いすごい! 知ってたけど――知ってたけど、『宙の剣』の攻撃力350! 凄いっ! これならどんな敵だって1撃だよ!
「やったー! すごーい!」
両手を上げてあたしが快哉を上げると、「いえーい!」とか言ってケントが両手を合わせて来た。好きだね。あんた。良いけど。
「いえーい!」
あたしも、もう1回手を打ち鳴らす。
「これもうアキラ最強じゃね! つまりオレ達最強じゃね!?」
「最強だよー! ラスボスだって瞬殺出来るともさ!」
「……多少はレベル上げて、HPと命中率上げねーとマズいだろ」
「いえーい!」
あたしは、ソウマの突っ込みは聞こえなかったことにして、ケントと手を握り合ってその場をくるくる回る。ダンスの授業で習った社交ダンスみたいな優雅さはない。でも、楽しくて楽しくて仕方なかった。
駄目ゲーマーと呼びたければ呼べば良いさ。これさえ、この報いさえ、この嬉しささえあれば、あたしは何回だって戦闘する。何時間だって時間をぶっ込める。下らないって、言いたければ言えば良い。こんなクソゲーにって。でも良いんだ。あたしは、あたしが、こんなにも嬉しいんだから!
「あはは……ふぎゃぁっ!?」
靴を履かないでクルクル回ってたら、滑った。手を繋いでたケントも巻き込んで転倒する。いたた。
「ユカちゃん、大丈夫!?」
「うぐー、大丈夫」
サキちゃんの手を借りて立ち上がる。あいたた。戦闘での痛みは軽減されるのに、転んだ時の痛みは、あんまり軽減されないみたいだった。普通に痛い。ちょっと損した気分だ。まぁ、仕様なら仕方ないか。あ、ケントの尻尾踏んじゃってた。ごめんごめん。
「……っ! ……づっ!!」
ケントはだいぶ床で悶絶してた。そんなに変なとこ打ったのかな。ま、いっか。
「ダンジョン! 行こう!」
あたしは靴を履いて、すぐに飛び出しそうになる。
だって『宙の剣』だ。
性能、確認したいよ!
ひゃっほー!




