第13章 あたしは、無力だ。
あああ。
まただ。
消えちゃいたいな、と思う。
消える事なんて出来ないから、ぎゅーっと身体を縮める。布団を、頭から被る。あっつい。でも、音は少し遠くなる。
ああ、あたしの部屋だ。
あたしは無力感を噛み締める。
いつ戻って来たんだろう。ゲームみたいな世界で、そう、あたしの愛する灰クロの世界で、あたしは冒険者で、仲間と一緒にいたんじゃないの?
戻ってなんて、来たくなかった。こんなところに居たくない。何にも聞きたくない。両手で耳を抑える。
あああ。
でも、聞こえなくなったりはしない。
仕方ないから、枕元に置いたゲーム機に手を伸ばす。電源を入れて、起動している間に、イヤホンを耳に突っ込む。
お父さんの怒鳴り声は、更に遠くなる。
爆音で、ゲームのオープニング曲が流れだす。
あたしの目からも、涙が流れ出す。
あたしが怒鳴られてるわけじゃ、ないけど。
でも出るんだ。
深夜まで働いて。働いて。お酒まで入ったお父さんは止まらない。胴間声は、狭い一戸建てに響き渡る。聞きたくない。から、縮こまる。
やめて、とか、そんな下らない事でお母さんを怒鳴らないで、とか、そんな事なんて怖くて言えない。
土日とかの昼間、お父さんは優しい。
だからこそ、この深夜の狂乱が余計にあたしは恐ろしくて堪らない。
恐くて怖くて、あたしはゲームのオープニング曲に集中する。小さく口ずさむ。疾走感と、これからの冒険を期待させる明るいテンポの曲。
お父さんがこうなったのは、何時からだったのかは分かんない。忘れてしまった。もしかしたら、物心ついた時からこうだったのかもしれない。
お母さんは何にも言わない。それどころか、お父さんも大変なのよ、とダイニングで洗濯物を畳みながら、あるいはキッチンで野菜を切りながら、折に触れてあたしに言うものだから、あたしにも何にも言えない。
大変だから何? だからってお母さんのことを怒鳴り散らして良いの? あんな風に、馬鹿野郎だのお前は愚図だのって奥さんを罵倒して良いの? そういう真っ当な事を、でも、あたしは全部飲み込む。飲み込んで、しまう。飲み込む度に、息が苦しくなる。
あたしは、無力だ。
あああ。
消えちゃいたい。
でも、消える事なんて出来ない。
だからあたしは架空の世界に没頭する。そこでは、あたしはただの少女の筈なのに、レベルを上げて、強くなって、仲間と協力して、そうして世界だって救えてしまうのだ!
あああ。
本当に。
消えちゃいたい。
誰か。
助けて――




