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エンディングから始まる異世界漂流。  作者: 桜木彩花。


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第10章 困ったものです異世界

 過ぎて行ったのだったら、良かったんだけど。


 いや、図書館に行って、ジャスミンに『毒キノコの胞子』を渡して、クエストを完了させた所までは良かった。次のクエストを受領した所も、良かった。明日は『影森への野道』に行こうねって話したりしていた。全部順調に思えた。


 お腹空いたね、とか言いながら、学生寮の食堂に行くまでは。


 100人分くらいある椅子は、そのほとんど全てが埋まっていた。座りきれなくて、床に座っている子もいる。誰も彼も新入生――あたし達の、おそらく、現実世界の同級生だ。


 お通夜みたい。


 それも、遺産相続で揉めてる感じの。


 そんな現場を、実際にあたしは見た事がないけど。でも、何となく、ドラマとか漫画とかからのイメージでそう思った。


 小さな声で、友達同士話しあってる子もいるけど、少数だ。啜り泣いてる子も多い。時々、耐えかねた様な怒声まで響く。こわっ。


「あっちゃー。これ、なに、あっちゃー、な、感じだねー……」


 ケントが正直な感想を漏らす。まぁ、あたしもそう思った。あっちゃー、だ。これ。あっちゃー。


 何となくあたし達は、持っている武器を背中に隠す様にする。


 でも、現実世界の同級生みんなが持っていない物を持っていたのが幸いしたのか、あたし達に視線が集まる事はなかった。たぶん、この世界の住人――あたし達的に言うなら、他の学年の生徒(NPC)だと思われたんだろう。


 どうしてこうなったのかは分かんない。でも、彼等はここに集まって――そして、絶望してしまった。同級生で集まっても、誰もこの状況を説明してくれない事に気付いた。頼りになる大人がいない事に気付いた。正解が、誰も分かんない事に気付いた。そして、根っこが生えたみたいに、動けなくなってしまっている。


 まぁ確かに、異世界漂流1日目で、ノリノリで冒険してたあたし達も、どうかしてたのかもしれないけど。


「やだぁ……何なの……」


「何ここ、何ここ。俺達帰れないの?」


「誰か説明しろよ、おい! 誰か!」


 すすり泣きと、情けない声と、ヒステリックな喚き声。


 こりゃあかん。


 思わず関西弁になってしまった。


 もしも、あたしやソウマが「ここは『灰と友情のクロスカウンター』ってゲームの世界の中だよ! 死ぬほどプレイしたから知ってる!」なんて言った瞬間、吊るし上げを喰らうだろう。最悪、あたし達のせいでこんな事になったと決めつけられてもおかしくない。


 考えれば考えるほど、手足が冷たくなっていく。


 怖い。


 逃げないと。


 ソウマやケントやアキラやカズキや――おそらくゲーマーだったり、オタクだったりする男子と話すのと、この爆発寸前みたいな群衆と話すのは、訳が違う。あたしにはそんなこと出来ない。


 あたしは黙って踵を返した。心臓がバクバク言ってる。嫌だ。ここに居たくない。近付きたくない。部屋に、あたしの部屋に行こう。203号室。1食ぐらい食べなくたって平気。


「ぃ、行こっ」


 あたしはサキちゃんの手を引いて言う。うわ、声、ひっくり返った。恥ずかしい。でも、脅えた様な目で同級生を見つめていたサキちゃんも、黙って頷いてくれた。


 あたし達は――あたしも、サキちゃんも、弱い。


 学校の女子カースト制の一番下よりさらに外側の、アニメ漫画部の部員だ。無理。こんな空気には耐えられない。


 アキラも、ケントもこそこそとあたし達に付いて来た。ソウマも、座りこんだ同級生を小馬鹿にするような目で見下ろして、食堂を出た。


 なのに。


 やめなよ。


 怖いことになるから。


 カズキは。3組の学級委員長たる彼は、ここに残るみたいだった。サキちゃんが、物凄い勢いで首を振る。長い金髪が、ぐしゃぐしゃになる。その様子を見て、カズキは少しだけ笑った。


「おれに出来る事があるなら、やりたい。少しでもみんなを安心させられるなら、情報を共有するべきだと思う――でも、おれが勝手にやるだけだから。みんなは先に部屋で休んでて」


「こんな連中に、何を言ったって無駄だ」


 その言い方は、それはそれでどうなのかなぁ、ソウマ。吐き捨てるように言って、ソウマは部屋に引き揚げてしまった。あたしも、あぁ、みんなの輪の中に入ってくカズキを見て。


 見て。


 逃げ出した。


 階段を1階分駆け上がって、203号室に引っ込む。サキちゃんと手を繋いだまま、1人用のベッドで一緒に眠った。


「……カズキ、大丈夫かな」


「……分かんない」


「……何であんなこと出来るんだろう」


「……学級委員長だから?」


「……分かんない」


 あたし達には、分かんないこと、だらけだ。


 ぼそぼそと囁き合いながら、カズキの事を気に掛けながら――でも、あたしとサキちゃんはいつの間にか眠っていた。


 目が覚めると、替えの制服に着替えて、嫌だったけど食堂に向かう。だって、お腹、空いた。悲しくても怖くても、お腹が空くんだから性質が悪い。中途半端に現実的な所が、本当に嫌だ。そうじゃなければ、こんなの夢だって思えるのに。


 あたし達は、役に立つのか立たないのか微妙だけど、お互い弓を持って、それから、空いている手を繋いで、歩く。サキちゃんの手も、現実の手よりずっと細くてすらっとしていたけど、でも、柔らかくてあったかかった。


 食堂に行くと、流石に昨日みたいに大勢が集まって座り込んでるってことは無かった。立派な装備を身に着けた、他学年(NPC)っぽい人も、多い。普通の、朝だ。


 入り口にほど近い席に、カズキが座っていた。


 あたしとサキちゃんは顔を見合わせて、頷く。


「か、カズキ、おはょうっ!」


 うひゃ、また声ひっくり返った。どこまでチキンなんだ、あたし。


 カズキはあんまり眠れなかったのか、うっすらと目の下に隈が出来ていた。現実より、ずぅっと肌の色が白いから、隈が目立つのかもしれない。だと、いいな。


 えへへ、とサキちゃんは声に出して笑う。サキちゃんが不安な時にやる、癖だ。


「おはよう、ユカ、サキ」


 穏やかにカズキは笑った。笑ってくれた、良かった。あたしとサキちゃんは微笑み合う。


「……ご、ご飯、あたし達も取って来るね! 一緒に食べよ!」


 言い終わるが早いか、脛に衝撃。


 いっ……たぃ。


 何? 何かぶつかった?


 あたしはきょろきょろする。あからさまに悪意のこもった目と、目があった。


 もしかして、蹴られた?


 カズキと話しただけで?


 かぁっ、と頬が熱くなる。


 カズキは、良い事をしたのに。出来る事を、誠意をもってしたのに。現実なんて、現実なんて! 何てクソゲーっ!


「ユカちゃん? どうしたの?」


 サキちゃんが不安そうに問いかけて来る。あたしは首を振った。


「何でも」


 カズキは気付いていたかもしれない。でも、全然何でもない顔をして、あたしは食事を取りに行って、カズキと一緒に食べた。何てクソゲー。現実なんて、ほんっとクソゲー! 灰クロより、ずぅっとクソゲーだ!


 あたしは凄く怒って、だって、怒らないと怖くて歩けなくなってしまいそうで、だから、怒って、怒って、そうこうしている内に、アキラとケントとソウマまでやってきて、みんなでご飯を食べて、片付けて、『影森への野道』のダンジョン入り口に辿り着いた時には、腹が立ち過ぎて泣けてきた。


「ゆ、ユカちゃんどうしたのっ!? どっか痛い?」


 あたしは泣きながら首を振る。痛い、のかな。分かんない。確かに、大きくなった胸の奥は痛い。


「ユカ、ごめん。おれが勝手な事したせいで」


 カズトが申し訳なさそうに言う。そうじゃない。カズトは悪くない。


 思ってるだけじゃ伝わらないから、何とか、頑張って、口に出す。


「カズトは悪くない。カズトは悪くないよ……現実がクソゲー過ぎて、嫌になっただけ」


「何だ、今頃気付いたのか」


 小馬鹿にするように言ったのはソウマだ。あんたね。


 あたしはぐしぐし顔を擦る。


「そう。今頃気付いたの。でも、もう理解したから、平気」


 ふぅぅっ、とあたしは長く息を吐いて天を仰いだ。空がとっても綺麗。今日も素敵に晴れ渡った青空。良いけどさ。天気が良いのは良い事じゃないの。ふーんだ。


「びっくりさせてごめんなさい。行こう。このゲーム、クリアしよう」


 言って、あたしは『影森への野道』に踏み込んだ。


 一瞬、どころじゃなく、数秒視界が闇に包まれた。ロード時間、なっが。『魔女が潜む森』でもこうだったっけ? テンション上がってたから気付かなかった? 『魔女が潜む森』では、先頭歩いてなかったからかな――そこまで考えた所で、視界が開ける。うん。普通の野道だ。道と、道以外の場所の見分けが付きにくいから、不可視の壁にぶつからない様に気を付けないと。


 あー、しっかし、ロード時間長かった。何でだろ。


「……マップ」


 暗い声でカズトが、マップ画面を呼び出した。うぅん? どうしたんだろ。あたし達の視線を受け止めて、カズトは力無く笑う。


「昨日、聞いたんだ――数パーティは、『影森への野道』と、『薔薇園への街道』に向かっちゃったらしいって」


 あー、確かに、職員室には、あたし達の他にも生徒がいたし、校門でパーティ組んでた子達もいたねー。で?


 ……あれ。


 って、ことは。


「レベル1で、『影森への野道』と『薔薇園への街道』に来ちゃったってこと!?」


 あたしが悲鳴を上げると、ケント達も気付いたみたいだった。


「確かユカ、どっちのダンジョンも適正レベル5以上だって、言ってたよな……」


「言った。レベル1で、HP30とか40で、こんなとこ突っ込んだら、間違い無く一撃死だよ……」


 ってことは、つまり。


 あたしは恐々と、カズトが開いたマップ画面を覗き込んだ。


 うわぁ……。


 真っ赤になった三角印が、黒い画面上に4つも明滅していた。全滅したパーティは、こうなる。『影森への野道』、人気過ぎ。


 アキラがそっと言った。


「モルゲンロード学園から真っすぐ進むと、ここ、『影森への野道』になるからじゃないかな……」


 あ、そっか。


 しかも、あたし、左手の法則って聞いた事がある。人は迷ったり未知の道を選ぶ時には無意識に左を選択するケースが多いらしい、って。モルゲンロード学園から左に進んだら、『薔薇園への街道』だ。正解の『魔女が潜む森』が一番の不人気って、何だかなぁ……。


 たぶん、ダンジョン内を少し歩いて、敵にエンカウントして、そして全滅したんだろう。4つの赤い三角印は、入り口からそう遠くない所にあった。追加オブジェクトの読み込みをしてたから、ロード時間が長かったんだな。


 現実なんて、何てクソゲー。


 そう思った、ばかりだけど。


「……灰クロでは、全滅したパーティは、他のパーティが『回収』することになるの。『回収』して蘇生に合計4回失敗しない限り、全滅しても、キャラクターは消えないとも言える。だから……」


 回収しなくても、別に良いんだけど。


 ずっとダンジョンの地面に転がってれば良いんだけど。


 でも。


「……でも、回収、しない?」


 あたしがそっと伺うと、みんな躊躇いがちだったり、嫌そうだったりしたけれど、頷いてくれた。


 現実なんて最悪のクソゲーだけど。


 でも、あたし達まで最悪のプレイヤーになる必要は無いよね。


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