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第1章 はじめまして異世界




 “――ようこそ。xxxへ。”

 


 

 誰かの声が、聞こえた様な気がした。


 あー、寝ちゃった。寝ちゃってた。またゲーム機持ったまんま寝ちゃったのかな。セーブ、いつしたっけ。変なボタン押してないといいな。戦闘中だったっけ。あのキャラ、死んでないといいな。まぁ、回復、すればいいんだけど。っていうか、なんのゲームやってたっけ、あたし。


 ぱちっ、と目を開けて、首を振る。


 数十時間を、もしくは百数時間を捧げてやまない、小さな画面が目に入る、筈だった。


 うんん……?


 人。


 いっぱいいる。


 あれれ。あたし、こんな大画面でRPGなんてやってなかったけど。っていうか、画像、超綺麗。2.5次元並みのの美男美女揃ってまっせ。あたし、画像がリアルすぎる感じに綺麗なゲームって苦手なんだけどな。平面絵で、可愛い感じのキャラクターの立ち絵が1枚あれば十分なんだけど。他は妄想で補いますんで。


 あたしの気を知らずに、ゲームのイベントは進んで行く。



 “――ようこそ。xxxへ。君達は、このモルゲンロート学園の新入生だ”



 声が、聞こえる。すっごい大音声、ってわけじゃないけど、どこから聞こえてきてるのか分かんないけど、でも、絶対聞き漏らさない感じの、声。


 辺りがざわつく。NPCノンプレイヤーキャラクターまでこんなにリアルに動くとか、ゲームの進歩って何だろうな。いらない方向に進歩し過ぎじゃない? 分かんないけど。


 新入生、ねぇ。へぇ、そうですか。まぁありがちだよね。ええと、これ、何だっけ。恋愛アドベンチャー?


 あたしは目を擦ろうとして、凍り付く。


 視界が、広い。


 何度も瞬きをする。辺りの人の姿は、良く見える。


 あたし、眼鏡、掛けてない。


 何で? ゲームに捧げた我が人生。視力は順調に低下して0.1以下。眼鏡が無くちゃ暮らせない。コンタクト何ておっそろしいもの、目に入れたり出来ない。


 だけど、目を擦ろうとして、手の甲には眼鏡のフレームが当たらなかった。


 それどころか、何だろ。この爪。この指。この手。


 爪なんてつけ爪みたいに綺麗な楕円形を描いていて、艶々した桜色をしている。いまいち短くて、冴えなかった感じの指も、今はすらりと長い。第二関節の下に、毛なんて一本も生えていない。何だっけ、そう、白魚のような、という比喩がぴったり来る、この手。


 なに。なになに? どういうこと?


 あたしが動かして、あたしが目にしている手を、あたしは今日まで見たことが無い。



 “今日はモルゲンロート学園の入学式。さぁ、新入生の君達は体育館まで移動しよう”



 いやいや、移動しよう、じゃないよ。


「……おい、どうなってんだ! これ! ふざけんなよ!」


 誰かが喚いた。男の人の声だ。あたしは思わず、びくっと体を縮めてしまう。


 こわっ。


 ふざけんなって言われても。


 まぁ、あたしに言われたわけじゃないのは分かってるけど。


 あたしは弱い小動物みたいに縮こまって、あちこちを見回す。人、いっぱいいる。何人くらいだろう。1クラス。ううん、全然、もっと多い。1学年、くらいかな。5クラス分、200人。それくらい。


 あたしと同じくらいの背の子がほとんどだけど、子供もいる。っていうか、よく見るとすごいカラフル。あの女の人なんて、髪の毛、ピンクだよ。ピンク。ストロベリーブロンド、とかじゃない。桜色。2次元にしかありえないような。


 っていうか、カラフル何て序の口だったわ。向こうの男の人なんて、背中に、羽、生えてる。天使みたいに真っ白でふわふわしたやつ。触りたいなぁ。


 そこで、ようやっと、嫌な予感がして、あたしは自分の背中に手を伸ばした。身体の硬さには自信があるけど、でもまぁ、自分の背中くらいなら触れる。何にも――ない。たぶん。いや、無い。うん。ちょっとその場で飛び跳ねてみる。背中に違和感はない。あたし、羽、生えてない! 良かった!


 それから、短い髪を摘まんでみる。うわー! 白い! 真っ白だ! さらさらだ! やられた!!


 何がやられた、なのか分かんないけど、そういう気分だ。やられた。何これ。どうなってんの。あたしのおばあちゃんの髪も真っ白だけど、そういう白さとは違った。どう違うって聞かれると、困るけどー。でも何か違う! 全然ちがう。絵の具で真っ白に、べったり塗ったみたいな白さだ。


 やだなぁ。黒髪は、わりとあたしのチャームポイントだったのに。


 でもまぁ、白くなっちゃったんなら仕方ない。かな? なっちゃったんなら、仕方ないよね。はーぁぁ。


 この辺りで、あたしはなーんとなく気付いていた。


 ここ、ゲームの中だ。


 あたしが凄い落ち着いてそう結論付けることができたのは、世に溢れてるゲームとかラノベとか漫画のお陰だ。そしてあたしは14歳。中学2年生。ぴったりじゃない? これ。


 異世界召喚でも良かったけど、ゲームの中に入ってしまうっていうのも、人生に期待することランキングの殿堂入りだ。ひゃっほー。やったー。


 まぁこれ、夢だろうけどね。


 だって、モルゲンロート学園。そうだ。あたしが眠りにつく前にやってたゲームに出て来る学園名と、同じだ。


 プレイヤーは、モルゲンロート学園の新入生。6種類の種族が集う冒険者の為の学園っていう世界設定。種族ごとに用意された4種類の容姿と、4種類の髪型と、ゲームの売りである10種類の髪色を組み合わせて選んで、最大6人のパーティを複数組んで、様々な冒険をこなしていく。何か色々あって、世界を救ったりする。そんな感じ。学生に世界を救わせんなよって感じだよね。良いけど。


 あたしがそんなことを考えている間にも、一部の人は塊になって体育館っぽい建物に移動していく。


 あちこちに喚き散らしてる人もいるし、その場に座り込んでいる人もいる。


 うーん、なんかよく分かんないけど、夢なんだったら、楽しんだ方が良いかな。体育館、行こうかな。まぁ、あたしの夢なんだから、あの喚いている人も、座り込んでいる人も、あたしの精神状態の一部だってことだろう。


 だって、どういうことなのって喚きたいし、髪白いとか何なのコレーって座り込みたいあたしもいる。よし、納得出来た。喚いている人も、そう思えば怖くない。体育館行こう。体育館。れっつごー。


 あたしは顔を上げた。体育館。あるよ。あたし達が今居るのは、校門っぽい。まぁ新入生が校門にいるのは間違ってないよね。


 1000人くらい入れそうな立派な体育館。体育館の入り口の上には、やっぱり見覚えがある月と星と剣の校章。何でモルゲンロート(登山用語で、朝焼けで山肌が赤く染まることを意味する)なのに校章が月と星なわけ? というのは攻略サイトで有名な突っ込みだ。


 ふと、自分が着ている服を見下ろす。胸元には、月と星と剣の校章が刺繍されている。っていうか、胸、デカっ! さっき飛び跳ねた時には気付かなかったけど、重っ。何このサービス具合。絶壁の方が、うつ伏せでゲームやる時に便利だからって強がってたけど、このサービスはけっこう嬉しい。


 着ている服は、赤と白を基調にしたセーラー服風の制服。青と黒を基調にしたブレザー風の方が好きなんだけどな。後で着替えられるかな。ゲームでは無料で自由に変更可だったんだけど。


 ちなみに選べる制服は3種類で、最後の1種類はピンクと茶色を基調にしたロリータ服風の制服。アレを着る度胸は無いよ……。可愛いんだけどね。


 予期せぬ巨乳化に良い気分になりながら、あたしは体育館に入る。んー、体育館にいるのは校門に集まっていた人の5分の1くらい、かな。



 “君達が壇上に注目していると、1人の男が現れる”



 また、あの声。っていうか、キャラじゃなくて、システムの台詞なんだろうな。この声は。


 説明文の通り、大剣を背負った大男が、体育館の壇上に現れる。あの先生、確かにゲーム内の立ち絵で大剣背負ってたけど、いつも持ってるんだね……。重そう……。


「ようこそ新入生諸君。私は体育教師のモーガン。君達を歓迎する」


 そうそう。こんな感じで始まるんだった。


 ゲームではノンボイスだったけど、モーガン先生、渋くて良い声じゃないか。


「では、パーティを組み、職員室で職業を選択後、図書館のクエストを確認して冒険を進めること。以上、解散!」


 モーガン、説明、ざっつ!


 →まぁ、脳筋だから仕方ない。


 相変わらずの不親切設計だ。このゲームを繰り返しプレイしたあたしには、ちょうど良いけど。


 ちなみに信じがたいかもしれないけど、学園でのチュートリアルはこれで終わりだ。職業とは? クエストとは? そんなことの説明は一切無い。


 この辺りで賢明な諸氏はお気づきかもしれないけど――このゲーム、『灰と友情のクロスカウンター』、通称『灰クロ』は、どちらかと言えば、クソゲーだ。というか、はっきり言ってもクソゲーだ。シリーズ作の1つは、あの高名な『クソゲー・オブ・ザ・イヤー』にノミネートされた事もある。


 大体、タイトルからして地雷臭が漂ってるよね。クロスカウンターって何よ。別にラスボスとクロスカウンターなんてしないし。せめてクロニクルとかなら。駄目か。


 ちなみにあたしが一応補足しておくと、拠点であるモルゲンロード学園には、『職員室』、『学生寮』、『図書館』、『売店』、『保健室』、『校門』の6つの施設がある。


 『職員室』は、あの雑モーガンが言った通り、職業――戦士とか、武道家とか、白魔術師とか、黒魔術師とか――を選択出来る。


 でもそもそもその前に、『職員室』で新しいメンバーの登録とか、あたしはしたことが無いけど、メンバーの削除とかが出来る。だから、『職員室でパーティを組み』って説明する方が親切だと思うんだけど、そういう配慮は無い。


 『学生寮』では、HP(ヒットポイント、まぁ体力みたいなものだ)と、MP(マジックポイント、魔法とかスキルを使うのに使用する)を回復出来たり、持ち物を預けたり、取り出したり、それから、制服を着替えたり出来る。制服の着替えはさておき、学生寮って結構重要施設だと思うんだけど、説明では一切触れてくれない。


 『図書館』は、あの雑モーガンが言った通り、クエストの受領、報告が出来る。この灰クロでは、クエストを受領と報告を繰り返してゲームを進めて行く。あっちのダンジョンを攻略せよ~みたいなのから、イベントが進むと、ボスxxxを倒せ! みたいなのも全部クエストが発効される。だから、ゲーム中に何をするのか迷わない――と思うのは、甘い。


 ボスxxxを倒せ、系のクエストでは、どこのダンジョンにそのボスが現れるのか触れてくれないのだ。最新ダンジョンにクエストでの討伐対象のボスがいなかったりするから嫌らしい。クエストを受領する際には、NPCの図書委員・ジャスミン嬢との会話イベントが毎回発生するのに、ジャスミンは何処に行けとかは教えてくれない。ジャスミンがドエスなのか、先生からの情報を伝え漏らすうっかりちゃんなのかは、ファンの間でも意見が分かれるところだ。


 『売店』は、その名の通り、武具やアイテムの売買が行える。それから、装備の錬金――まぁ、手っ取り早く言うと、装備品の合成とか強化が出来る。


 『保健室』は、死んだ仲間の復活が出来る……かもしれない。


 『校門』は、ダンジョンに冒険に出たり、操作パーティの切り替えを行ったり出来る――んだけど、今の場合、パーティの切り替え機能は無いと思った方が良いかも。あたし(プレイヤー)が、操作キャラの1人でしかないんだから。


 さて、モルゲンロード学園の説明は、こんなところかな。


 あと、設定的な事を説明するなら、この世界にはダンジョンと呼ばれる迷宮が幾つもあって、ダンジョンにはモンスターとお宝が詰まってる。ダンジョンを探索して富を得たり、死んだりする人は冒険者と呼ばれる。あたし達、モルゲンロード学園の生徒は冒険者の卵、って感じ。ま、いちいち説明するほどでもない、ありきたりな迷宮探索モノの設定だ。


 それにしても、ゲーム内でそういう説明を一切しないのも潔すぎると思うけどね!


 じゃ、職員室、行ってみようか。

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