8.琴瑟相和
登場人物:長兄、雨仔
夕餉の折、西国の葡萄酒を呑みながら、東国と西国が一つの国にならぬものかと男は呟いた。
「戦でありまするか?」
すぐ下の弟が、眼光鋭く兄に尋ねる。西国の政情がきな臭いことになっていることは、すでに聞き及んでいる。国王も先の王弟も不在の中、王都は混乱に陥っているらしい。国王がある程度権力を各々に振り分けていたため、ひとまず凌いでいるとのことだが、果たしてそれも何時まで持つことか。
「末の弟の掌中の珠が、西国の姫君なら良いのになあ」
のほほんと答える兄を見て、弟は苦笑した。いくつになっても兄は夢のようなことを言っておられる。けれど帳面の数字ばかりを見ている己とは違って、この兄がもっと大きなものを見ていることを男は知っていた。だから、今の西国に王族の姫君はいないのだとは答えない。
「婚姻で結ばれた和平というものは危ういもの。政略結婚が強固な絆には結びつかぬことなど自明の理」
さて、兄はなんと返してくるだろうか。兄の言葉を楽しみにする男は、幼少から己が捻くれていることを知っている。否定的な弟の言葉に、男は不思議そうな顔をする。心底わからぬと、目を瞬かせて言われるものだから困ってしまった。
「ならばお前は、家族を斬り殺し、田畑を焼き、国を奪う者たちに支配されたいのか?」
「それは……、いやしかし……」
「このままでは西国は自滅する。無駄に人が死ぬくらいなら、脆かろうが姻戚関係となって、西国に口を出す方がまだ良いと思うのだがなあ」
そのまままた一気に葡萄酒を呑み干し、この酒もこれで呑み納めかと寂しそうに呟いた。遠い遠い西国で内乱が起こるのならば、それもまた世の定め。天命が尽きたのだと己ならば考え放っておくのだが、兄はどうやら違うらしい。
「脆かろうが良いではないか。そもそもこの広い大陸を一つに統一することはどだい無理がある。帝国として統一したとしても、大きく自治を認めることになるだろう。それでいいのだ。はっきりと他所の国と切り離されることに比べれば、緩くのんびり繋がっていればそれで十分だ」
小国同士で小競り合いを繰り返し、名ばかりの王を増やして何が楽しいのであろうか。解せぬ。兄は本当にそれがわからぬようでしきりに首を傾げながら、酒を呑む。ついでに既に呂律の怪しい護衛にも、しっかりとおかわりを注ぐあたり侮れない。
「まあ、末の弟が何とかしてくれるだろう。あやつは黄金の龍であるからな」
豪快に葡萄酒を飲み干し、男は笑う。兄の揺るぎない末弟への信頼を見ていると、確かに何とかなりそうな気がしてくるのは何故であろうか。
一つの国になれば関税も撤廃されて、旨い酒が飲み放題だと喜ぶ兄。普通は税金を搾り取る方向に考えるのが王族だというのに、兄にはそのような考えは一欠片も浮かばぬらしい。
末の弟からは、内々に相談したいことがあると既に書状が届いている。西国に忍び込ませている子飼いのものたちからも、興味深い情報が上がっている。これはひょっとするとひょっとするかもしれぬ。
呑み慣れぬ葡萄酒を立て続けに呑んで目を白黒させる護衛と、それを面白がりさらに呑ませる兄。そしてそんな兄にお灸をすえるべく、先ほど鶏を絞めた際に使った肉切り包丁を手に微笑む気の強い義姉。琴瑟相和す、亦た楽しからずや。この愛すべき者たちと、新しい未来を共に切り開くことが出来れば何と素晴らしいことであろうか。
東国のどこにでもあるような食卓の片隅で、男は東国と西国をつなぐ者たちの帰還を心待ちにする。