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3.口蜜腹剣

登場人物:名もなき楽人たち

 東国人は男も女もかしましい。それは東国人が自他共に認める特性の一つである。


 乗合馬車やら何やらで隣に腰掛けたなら最後、食事は終わったかから始まり、既婚か独身か、家族は何人いるか、仕事は何か、年収はいくらか、借家か持ち家か、果ては家の家賃や価格まで根掘り葉掘り聞いてくる。けれど彼らに悪意はない。ただ、ひたすらにおしゃべりが好きなのである。きっと彼らは、口を閉じろと言われれば死んでしまう生き物に違いないのだ。


 それは普段は楽師として、静かに曲を奏でる者たちとて同じことであった。久しぶりに自陣に帰ってきた彼らは、思い思いに寛ぎ、酒を呑み交わす。此処には面倒な客もいない。そして自分たちを束ねる長が招いた黄金の龍とその伴侶も。自然と話題は、二人のこととなった。


「本当に奥方様のことがお好きなのね」


「ええ、でもまだ手しか繋いだことがないそうよ」


 まだ年若い少女たちが、きらきらとした眼差しで騒いでいる。まだ恋に恋する年頃なのだ。見目麗しい二人の初々しい姿は、それだけで物語のようである。


「口づけもまだなんですって。次代様ったら、いつの間に奥手に鞍替えなさったのかしら」


「奥方様には内緒よ。箝口令が敷かれているそうだから」


「あら、まだお話になってらっしゃらないのね。まあ言いにくいでしょうけどねえ。来る者拒まずでとっかえひっかえ女を抱いていたから、誰と寝たかも覚えていないだなんて」


 くすりと小さく笑い、豊かな焦げ茶色の髪を女がかきあげた。どうやら、この女も男と寝たことがあるらしい。まろみのある乳房を揺らしながら、もう一人の女も可笑しそうに笑う。誰も繋ぎとめることができなかった黄金の龍が、犬よろしく伏せて待っているだなんて。


「それじゃあ、客に奥方様を所望されたらお怒りになるはずですわ」


「あんな風に殿方に愛されてみたいの」


少女たちはうっとりと夢見るように、瞳を閉じる。一方で年嵩の女たちは、楽しげに例の客の話を始めた。


「あの陰気臭い曲を聞いても、察しが悪かったのよね」


「野辺送りの葬送曲なんて弾かれたら、どういう意味かわかるでしょうに」


「おいそこの男、曲が違うようだぞなんてわざわざ言いに来るのだものね」


 太った体を揺するようにしてやってきた、男の物言いを誰かが真似をして、女たちはどっと笑った。可哀想にその客とやらは、女たちの興が乗る限り、ひたすら酒の肴にされてしまうらしい。


「だから次代様は、剣舞をご披露されたのね」


 女たちは優美に腕をなびかせてみせる。彼女たちもまた、大輪の花々。ゆるりと微笑めば、客はくらりと一瞬で落ちてしまうほどに美しい。そんな美貌の女たちは、これまた楽しそうに意地悪く笑うのだ。


「あの小汚い下半身を晒した時の、あの間抜け面ったら!」


「あんな粗末な持ち物で、良くも女の方が縋ってくるなんて言えたものね」


帯革ベルトだけでなく、あれも一緒に宙に飛ばしてしまえば良かったのよ」


 革紐が宙を舞うあの光景。でっぷりとしたお腹を、危ういところで押さえつけていたものがなくなったものだからたまらない。中年男の下半身は見事に丸出しとなった。あんな場面、そうそうお目にかかれるものではない。ころころと鈴の音のような澄んだ声で、女たちは笑い転げる。


 口に蜜あり、腹に剣あり。女子おなごというのはげに恐ろしき生き物なり。客に甘い言葉を囁き、情報を汲々と締め付けて搾り出す。用が済めば、にこやかに打ち捨てる。同じ生業だからこそ、男たちはその容赦のなさに震え上がる。


 だから賢い男たちは珍しくも口をつぐむ。言葉で女たちに敵うはずがないのだ。例の客のように、一生を笑い者にされるのは御免である。かくして、楽師たちの夜は更けていく。

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