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30.万愚節(4月1日エイプリルフール記念)

登場人物:セイ、ヒスイ

 小首をきょとんと傾げる愛しい妻の姿に、男は涙目で天を仰いだ。


 東国に戻ってきた末の弟は、ゆっくりと休む間も無く組織の中に組み込まれた。もともと長兄も王位に興味のない男である。組織の要である次兄も、もうしばらくすれば西国へ発つことになることが決定している。仕事を全て引き継ぐには、時間はいくらあっても足りそうになかった。


 きりきりと忙しく働く夫君を見て、西国の王であった女は一人ため息をつく。手伝えるものならば手伝ってやりたいが、やはりまだ勝手がわからぬ。下手に手を出して、二度手間になってしまうのも申し訳ないと、一人やきもきするばかりである。


 忙しい夫君のために、なんとかして役に立ってやれぬものか。女はしばらく思い悩んだ後、はっととある人物に思い当たる。そうだ、義姉上だ! 東国の政にも造詣の深い彼女ならば、きっと何かしら良い案を出してくださるに違いない。女はいそいそと義姉を訪ねた。


 さて、訪ねた義姉はと言えば、なぜか簀巻きにされた一番上の義兄を、平然と足で踏みつけながら女の話を聞いていた。女は不審に思いながらも、義姉が踏みつけた足元の芋虫を当然のように無視しているため、この件についての疑問は飲み込むことにする。生温かい眼差しで芋虫を見下ろす、二番目の義兄も部屋にいるのだ。どうせ簀巻きにされた男が、要らぬことをしでかしたに違いない。


 義姉は、にっこりと笑うとこしょこしょと何やら小声で女に指示を出し始めた。


「本当にそのようなことで役に立つのだろうか?」


「ええ、とっても喜ぶはずよ。すぐにお仕事も終わるはずだから、あとは二人で仲良く(・・・)過ごしなさいな」


 女は礼を言うと、そそくさと部屋を出る。その後ろで、優しい義姉がにんまりと悪い笑みを浮かべているのも知らないで。


 そして女は、義姉に言われた通りの方法をやってのけた。よいしょっと小さな掛け声とともに、いきなり夫君の膝の上に座り込んだのである。それも単に膝に座るのではなく、向かい合わせに抱きつくような要領でだ。そのまま夫君を見上げると、にこやかに微笑んだ。


「義姉上に聞いたぞ。こうすると、夫君が元気になるそうだな。さあここにいてやるから、仕事を頑張っておくれ」


 男は義姉に嵌められたことを知り、無言で血の涙を流した。昨夜、長兄の仕出かした失敗が、こんなところにまで波及するなんてあんまりではないか。いくら万愚節エイプリルフールといっても、言って良い嘘とそうでないものがある。いや、確かに別の部分は元気(・・)になっているのだから義姉は嘘を言ってはいないのか?


「……どうした? これで元気が出ないようなら、もう少し別の方法もあると義姉上に教わったのだが……」


 少しばかり俯いて頬を赤く染めながら、潤みがちの瞳でこちらを見上げる愛しい妻。まだ口づけしかしていない愛しい女にこれ以上のことをされては、正気が持ちそうにない。男は理性を総動員させて、ひたすらに目の前の仕事に集中した。


 その日、いつもよりもずっと早くいつも以上の仕事をこなした男を見て、女は無邪気に手を叩いて喜んだ。なるほど、流石は義姉上だ。最初教えていただいた時には意味がわからなかったが、確かに効果は抜群のようだ。


 だから女は、爽やかに男に告げる。


「役に立てたようで良かった。また明日も膝の上に乗ってやるからな」


 にっこりと天女のような笑顔で己に笑いかける無邪気な妻を見て、男は声にならない悲鳴をあげた。

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