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Supporter~オウンゴール気味の恋  作者: 若樹あい
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第2話 闘いは続く、逃れない!

勇人はあれ以来、練習を休んだ足でちょくちょく河川敷に行っては、野草摘みを手伝っている。

彩名はますます心配になる。

先日は男に連れられ、公園で一緒に缶拾いをしていたのを目撃した。


「これ、まだまだ吸えるやん。もったいないなぁ。どう?」

男が煙草の吸い殻を拾い上げて、勇人に差し出した。

「いや、いいです」

「あっ、そう。勇人くん、真面目なんやな」   

「そういう問題じゃないです」

「ちょっとマッチ貸して」

ホームレス仲間からマッチを借りた男は、短くなった吸い殻に器用に火を点けて、ベンチに座り一服吸っている。


「休憩や」

「はい」

勇人も男の隣に座った。


(ああ、すっかり馴染んでいるではございませんか)


男がうまそうに煙草を吸い込んで煙を吐き出す側で、手持ち無沙汰になったのだろう、勇人はポケットからスマホを取り出した。

それを見た男は、勇人の腕を握って真顔になった。


「やめとけ」

「えっ? どうして」

勇人は怪訝な顔を向けた。

「見るのなんか、やめとき。ろくなこと書いてないって、わかってるんやろ?」

勇人はため息を吐いて、渋々スマホをポケットにしまう。


「……まぁ飲めよ」

男は拾った缶コーヒーを勇人に差し出した。

「いや、それはさすがに遠慮しときます」

顔の前で手を振って拒んだが、男は尚も勧める。

男の強引さに、どうにでもなれ、という風に、目をつむってぐっとひと口飲んだ。


(あーーっ、真田様の馬鹿!)


「けっこうイケるやろ? これがホンマのブレンドコーヒーやで」

「げっ……」

慌てて二口目のコーヒーを吐き出す勇人の肩を叩いて、男はにっと笑った。

「ハハハ……、これでいいのだ。ホームレス稼業はやめられんな。携帯に何書かれてようが見んかったらええねん。言いたい奴には言わしとけ。そう思わんと、俺ら、最底辺の人間はやってられんで」


「かってに言ってろ」

開き直る男に彩名は小声で毒づく。


ただ勇人だけは巻き込まないで欲しい。

傷ついた勇人が男といることで安らぎを得ているのかもしれないが、変な影響を受けてやけっぱちになりそうで怖かった。


     *

 

ところが、男と接することで逆に吹っ切れたのか、勇人に変化が起こった。

それは昨日の放課後のことだった。

休んでいたサッカー部の練習に勇人が参加したのだ。


彩名は校庭の隅にある桜の木の下で、勇人を食い入るように見つめていた。

素質のある勇人がこんなことで落ち込んでサッカー部を辞めてしまうなんてことがあったら、もったいない。

だから、なんとしても練習に戻ってもらいたくて、足の神様を祭る神社でお祈りをしてきた。


神社で買ったサッカー闘魂お守りを握りしめた。

彩名は久しぶりにサッカーボールを蹴る勇人の勇ましい姿を見て、心躍らせずにはいられなかった。

校庭ではミニゲームが行われていた。

勇人は赤いゼッケン状のビブスを付けている。


左サイドハーフのポジションを取る勇人がボールを奪い、ドリブルを仕掛ける。

走る勇人。


すると緑のビブスを付けた前原の取り巻きたちが勇人を取り囲んだ。

後ろから勇人の左足に向かってタックルを仕掛け、削られた勇人はずさっと倒れた。


(汚い! それは反則でございます!)


勇人は歯を食いしばり立ち上がる。


(がんばれ! 真田様!)


彩名は声には出さないが、懸命のエールを送っている。

だが今度はボールのない所で前原の紫のスパイクが勇人の左足めがけて突進した。


前原が勇人を子どもの様に後ろから抱き上げる。

いらっとした勇人はその手を振り払った。

前原の顔色がすっと変わった。

「なんだよ、人が親切に起してやったのに」

前原に加勢して周りも「そうだ、そうだ」「謝れよ」と騒ぎだした。


(これは、多勢に無勢ではございませぬか!) 


彩名はもう少しで飛び出していきそうになったが、ぐっとこらえた。

部外者が余計な口出しをしてはいけない。

我が身の消極的さに苛立つ思いだが、へたに庇いだてをすれば、前原たちの虐めがエスカレートするかもしれない。

それだけは避けたかった。

勇人にこの難関を乗り越えて欲しかった。

また、闘魂お守りをぎゅっと、つぶれるほど力を込めて握りしめた。


     *


今日はまた練習に行かないかもしれない。なぜか悪い予感はいつも当る。

勇人はサッカー部の練習を横目に素通りしてしまった。彩名はまたもや下校中の勇人の後を追った。

何気にふり返る勇人に、「やばい」と彩名はスコアボード付近に身を隠した。


サッカーボールが飛んできて勇人の頭に当った。

前原が勇人の前に立ちふさがる。

「おまえ、練習はどうしたんだ?」

「ちょっと用事が……」

「おい、真田! 逃げるなよ」

こそこそと立ち去ろうとする勇人の後ろ姿に向かって、前原が尚も声を上げていた。

勇人の歩くスピードがいつも異常に早くなる。


彩名はぼんやり考え事をしていたせいか、途中で見失ってしまった。

何だかついてない。今日はもうこのまま家に帰ろうか、とも思った。


帰宅部の彩名はいつだって自由時間があるといえばあった。

もはや勇人を追うことが、ある種の部活動と言えなくもなかった。

「監視部」と名付けてもいいかもしれない。

 

嫌な予感は再び沸き起こる。

彩名は堤防沿いの道をあれこれ悶々としながら歩いて、河川敷まで着いた。

幾度かホームレスらしき男と勇人が野草を摘んでいた辺りまで辿り着いたが、どこにも勇人の姿は見当たらなかった。


カラスノエンドウ、カタバミも咲いていた。これが食料……。

野草も雑草も区別がつかなかった。


食材だと思って草を見たことがなかった。

いつかテレビの節約番組で見たことがあるが、0円食材とか言ってたっけ。

カタバミの香りは青くさくて、やっぱり雑草となんら変わりはなかった。


しばらく河川敷を歩き、橋の下までやってきた。

そこにはブルーシートでできた青いテントが三つ、寄せ合うように立っている。

リヤカーに積まれたがらくたの山。散乱するゴミと強烈な臭気に怯みかけた。

勇気を振り絞って、近づいて様子を伺ったが、人の気配はしない。

少し先から人の話し声がした。靴音を忍ばせて先に進んだ。


「なんやおまえ、こんなとこまで来て。まさかホームレス志願やないやろな」

「ち、違いますよ」

男と一緒にいるのは勇人だった。

「いっとくけど、簡単になれるとおもうなよ。ホームレス稼業もそう楽やないんやで」

「だから、違いますって」

「まぁ、どっちでもええけどな。ほら、この苗、植えてみ」


「この苗、どうしたんですか」

「盗んだんやないで。家庭菜園の間引きされたトマトの苗や。捨てられてたからいただいただけ。もらえるもんは何でも、ありがたくちょうだいするのがホームレス魂や」

男がビニール袋からトマトの苗を出して植えたのを真似て、勇人も植えている。


(真田様ともあろうお方が、何故このような如何わしい場所に来るのか、ワタクシには理解不能でございます) 


せっかく練習に戻ったのに、また、わけがわからない行動を取る勇人に、彩名は疲れ果て帰路につく。

もう一度、勇姿を見たい、と望むことはそんなにも無理な注文なのだろうか。

とにかく、何も得るものがないホームレスの男との交流を断ち切らせて、自信を失っている勇人をなんとかせねば、と彩名は思った。


     *


彩名は考えあぐねた末に思いきった作戦に出ることにした。

まず、勇人の住んでいる団地の前で待ち伏せをした。


「なんだよ彩名、なんか用か?」

帰宅した勇人が彩名をめんどくさそうに見た。

「これ、ワタクシが編んだのですが、よかったら使ってくださいませ」

網目の大きさが不揃いなぶかっこうな七色のミサンガを差し出す。


冷たいリアクションを取られても、決してめげないと決めていた。


「新人戦の一次予選で勇人様がゴールするところを心待ちにしておりまする!」


こちらの言いたいことだけを一方的に言ってさっと立ち去るだけだ。

勇人からはうざい奴と呆れられただろうが、それはそれでいいのだ。

とにかく、まずは勇人に自分の存在を知らしめることが重要なのだ。

これはまだ作戦の前段階なのである。

 

いよいよ作戦を実行に移すときが来た。

ここでのキーパーソンはやはり前原だろう。


数少ない戦国ヲタク仲間だったクラスメイトから入手した情報によると、前原と勇人は同じ小学校のサッカー部に所属していたのだと言う。

その頃、勇人はフォワード、前原はミッドフィルダーのポジションで、一緒に公園でリフティングしたりするほど仲が良かったらしい。

小学校時代は二人とも補欠だったが、励ましあってレギュラー取りを誓い合った仲だった。


中学に入って最初に前原がレギュラーを獲得したが、勇人は諦めずに練習に勤しんだ。

素質が開花したのは一年生の秋だった。

勇人が前原と同じ左サイドハーフにコンバートされ、めきめき頭角を現し、前原からレギュラーを奪った。

こうなると仲良くばかりもしていられない。前原に勇人に対する強烈なライバル心が芽生えたのも頷ける。


だが、今のような執拗な虐めは許されるべきではないはず。

勇人びいきの彩名はなおさら許せなかった。

彩名は二人の微妙な関係を逆手に取って、勇人に奮起を促そうとミサンガを編んだのだ。

 

いよいよ作戦開始の火蓋は切られた。場所は中学の渡り廊下だ。

彩名が密かに調査した結果では、お昼休みの授業が始まる十分前頃に、かなりの高確率で前原が一人でトイレにいく、ということがわかった。

前原は長髪で前髪を足らし迷信など気にしないように見えるが、ルーティンを持っていて、試合のときはコートに左足から入るし、勝負パンツはピンクなのだ。


この日は幸運なことに、ちょうど勇人も尿意を催したようで、席を立ってトイレへと向かった。


千載一遇のチャンスである。

彩名は階段付近でじっと身を潜めることにした。

前方から、トイレを出て教室に向かう前原が歩いてくる。その後ろに勇人の姿も見える。


(今だっ! この機会を逃す手はございませぬ)


「前原くん!」

「えっ?」

前原は切れ長の目で彩名を見た。

「これ、ワタクシが編んだミサンガでございます。どうぞ!」

両手で差し出したそれは、勇人に渡したものより手の込んだミサンガだった。

こちらは買ったもので、それだけに網目もきれいに揃った美しい仕上がりだ。

勇人に渡したものは不恰好だが、彩名が指に針を突き刺して血を出しながら編んだ正真正銘の手作りだった。


「使ってください! 応援してます!」

深々とお辞儀をして立ち去ろうとした。

「おまえ真田のこと好きなんじゃなかったのか?」

「えっ……」

一瞬、口ごもった彩名は覚悟を決めて言った。

「今は前原君のほうが……」


勇人の視線が痛い。


「せっかくだからもらっとくよ」

去り際に前原は、勇人にちらっと哀れみの視線を送った。


唇を噛みしめる勇人に、彩名は「ごめんなさい」と胸の内でつぶやいた。

この作戦が成功するか否か、イチかバチかの賭けだった。

もし失敗したら、自分は完全に勇人から嫌われて、見守ることさえままならなくなる。

彩名はそんなリスクを犯してまでも勇人に立ち直ってもらいたかったのだ。


(真田様の華麗なフリーキック、もしくはピンポイントクロスがまた見たい。それだけなんです。ワタクシはいかなるときも真田様を応援いたしております……)



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