第86話 修学交流、変転
次話を読んでいただきありがとうございます。
ゆっくりと楽しんでいってください。
あらすじです。
ロマリアでの修学派遣、ちょっとしたトラブルを抱えるも、何とか済まし、順調に思えたが、エニグマ、マッドハッターの影がちらつき、その牙が…
ドリトルは、ライドルの会食を終えて夜の街を魔導タクシーで帰っていると、不意に見覚えのある人物を目にして、魔導タクシーを止め、その人物のいる街の路の交差路にある噴水に来た。
「ディオス殿…」
噴水のベンチで呆然とするディオスに呼び掛ける。
ディオスは凹んだ情けない顔をドリトルに向ける。
「ど…どうされたのですか?」
ドリトルは戸惑い気味に聞く。
ディオスはガクッと項垂れ
「実は…」
ドリトルに滞在の屋敷であった事を洗いざらい話した。
それを聞いてドリトルは渋い顔をする。
おそらく、親衛隊の乙女達にそのように仕向けたのは…アルミリアスだろと…ドリトルは考える。
確かにディオスのように凄まじい魔導士は、欲しい。
だが…こういう方法は…。
ドリトルは引いてしまう。
「ディオス殿…。家に来ませんか? 今日は、屋敷には帰りにくいでしょうから…」
ディオスは顔を上げ、ちょっと目元に涙をにじませ
「はい。お願いします」
こうして、ドリトルの家へ厄介となるディオス。
ドリトルを先頭に魔導タクシーへ向かう最中、ちょっと通行人と肩が触れる。
「ああ…すいません」とディオスは謝ると、触れた通行人は会釈した。
そして、一歩踏み出そうとした次に、通行人の顔を思い出し、血の気が引いた。
まさか! 今の男!
ディオスは、肩の触れた通行人を追いかける。
通行人は黒い魔導士のローブを纏い、チョットした口ひげを携えている。
その男の顔に見覚えがある。
直接は、合っていない。だが…間違いなく、あの男。
エニグマのマッドハッターと呼ばれていた男だ!
「はぁはぁはぁ」とディオスは男が消えた人だかりへ突っ込む。
何処だ? どこにいる!
「マッドハッターーーー どこにいるーーーーーーー」
ディオスは叫ぶ。
顔を向ける見知らぬ通行人達、そして、ディオスから数メートル先、その男、マッドハッターが左から顔を横見して、ディオスを確認すると、ニヤリと不気味に笑った。
ディオスの背筋が凍った。
ディオスは、急いで、マッドハッターへ向かって走る。
人をかき分け、マッドハッターを捉えようとしたが…人の波にマッドハッターは紛れて消えてしまった。
ディオスは、マッドハッターが消えたそこで、周囲を見渡して探すも、いない。
クソ…見失った。どうして…こんな所にいたんだ?
ディオスがマッドハッターの名前を叫んだ時に、顔を向けた人々は、戸惑いの顔を見せた。
だが、マッドハッターは自分の事を言われたと気付いて、ディオスを確実に確認して、笑った。まるで、弱者をいたぶる外道のような笑みだ。
そこへ、ドリトルが来て
「どうしたのですか?」
ディオスは、複雑な顔をして
「その…秘匿性が高い通信機を使いたいのですが…」
「はぁ…まあ、家にありますが…」
「少し、使わせてください」
ドリトルの家に来て、秘匿性の高い魔導通信機で、ディオスはフランドイルのヴィルヘルムに通信していた。
『それは本当か? ディオス…?』
「はい、間違いないです。名前を叫んだ時…確実に自分を見て、そして笑っていました。明らかに、自分の名前だと分かっていて、自分を知っていて、笑ったんです」
『そうか…何が目的なのだろう…』
「もしかしたら…何か、大きな動きを起こす為の下見だったのでは…ないかと…」
『そう断定出来る根拠は?』
「まるで、街を散策しているようでした。自分なら、何かの事を起こすなら、その起こす場所の下見を必ずします。そう、直感で思うからです」
『……分かった。アレの配備を急がせよう。一応は、起動テストは終えている。まあ…無用な用心になる事を願っているが…』
「よろしくお願いします」
そうして、ヴィルヘルムと通信を切った後、次にトルキアのアルヴァルドの方へ通信を繋ぐ。
「あ…ディオス・グレンテルです。お父様…いいや、アルヴァルド様にお繋ぎして頂けないでしょうか?」
こうして、様々な所に連絡を入れた後、次に…
「よし、終わった。後は…」
時間を見ると、真夜中の十二時だ。
「はぁ…向こうは、深夜か…。明日にするか…」
そう、バルストランの屋敷とゼリティアの城邸に、通信しようとしたが、時差でバルストランの方は深夜だ。
迷惑になるとして止めた。
ディオスが通信していた個室がノックされ
「ディオスさん」
と、顔を覗かせたのは、ヴィスヴォッチの妻、ミシュリアだ。
そう、ミシュリアはドリトルの娘で、ヴィスヴォッチは婿だった。
世間って狭いなぁ…
と、ディオスは思った。
「ディオスさん。お休みになるベッドが出来ましたから」
「ああ…すいません。ありがとうございます」
ミシュリアに案内され、客用の寝室に来るディオス。
「では、使わせて貰います」
ミシュリアが
「ディオスさんは、どこで、夫と知り合いに?」
「んん…」
本当の事をいう必要もないし…。
「実は、リーレシアで遺跡のドラゴンを退治している時に、ちょっと…ロマリアの施設を…ねぇ。半壊…いや…まあ、ダメージを与えてしまって、それで」
ディオスのウソにミシュリアが
「ああ…そうですか。ごめんなさい。変な事を聞いて。おやすみなさい」
「あ、はい…おやすみなさい」
ディオスは魔導士のローブと服をハンガーに掛け、眠れる格好になってベッドに入ると、傍にある魔導士のローブの懐にある写真を取り出す。
それは、家族が皆写っているモノだ。
「おやすみ、みんな…」
そう、気持ちを送って眠った。
翌日、ディオスは、昨日の事は、無かったという事で親衛隊の乙女達と手打ちにして、アルミリアスに来て貰う。
そして、昨日の夜に遭遇した事を話すと、アルミリアスは驚いた顔をして
「本当ですか?」
ディオスは肯き
「ええ…前回の遺跡戦艦達の事を起こした連中の一人が、この街に…」
ディオスの言葉にアルミリアスは苛立った顔をして
「そうですか…。大事になると混乱が起こりましょう。父上と内密に話し合って、モルドスの警戒のレベルを…」
「ええ…お願いします。まあ…そうなって諦めてくれれば幸いですが…」
こうして、内密ではあるが…首都モルドスの警戒レベルが上がった。
モルドスには、首都を守る中央軍と、皇帝の身辺と皇帝城を守り皇帝の命で動く皇帝軍の、二つの軍の師団がある両方合わせて五万の兵員だ。
その警戒レベルが上がるのだ。
まず、事を起こそうとする輩はいない。
それから、全く、平穏のロマリアでの日々が続く。
午前中は、ロマリアでの魔法の技術を見学したり、その手伝い。
午後は、ラハトアと親衛隊の乙女達と共に、魔法の勉強会。
それにラハトアが、同じく苦手な友達を連れて来たいとして、ディオスは了承。
最初は、二人だったが…。二人が四人、四人が八人、八人が十六人、気付けば三十人に増えていた。
ちょっと、ディオスは戸惑うも
まあ…いいか…
と、して三十人の子供達に魔法を伝授していた。
ディオスの教え方は、まず、子供の持つ持ち属性を知り、それに加味して、様々な魔法を子供の個別に合わせて作り、教える。
魔法陣は上手くても、上手く発動出来ない子は、上手く発動させる魔法陣を提供。
魔法陣を上手く作れない子には、ラハトアと同じ体内生成魔法で魔法を教え、その体内生成魔法と、魔法陣の組み合わせをする。
個々に応じて、手管を変えて教える様子は、まるで、教師と生徒ではなく。
子供と遊ぶ親戚のおじさんに近い。
なんとなく、アットホームというか、暖かく緩やかなディオスの教え方に、教える教員としては一言、言いたくなるだろう。
ただ、単に考えれば、親戚の子供が、親戚のおじさんに遊びを習っていると考えれば、筋は通る。
やっている事のレベルは高いけどね…。
気付けば、ディオスの滞在する屋敷は、子供の楽しげな声が響き、そして、何度かの子供達のお泊まり会なんてのもあったりした。
子供達の親戚のおじさん宅へ来ている雰囲気に
これはこれで、楽しいなぁ…
と、ディオスは思った。
因みに、とある子供のお母さんが弟の赤ん坊を抱えて来た時に、自分の編み出した赤ん坊アシスト抱っこ魔法を教えると、それが爆発的に広まり、僅か数日でモルドスのあっちこっちで見られた。
そして…ロマリアの首都モルドルに来て二十日目が来た。
ディオスは屋敷で、魔法の補足魔法の設計図を書いていると、両脇にいる子供が、ディオスの作業の手伝いをしてくれる。
魔法陣の設計を教えた通りに並べたり、次の魔法陣を書くように、魔導用紙を置いてくれたり、本当に親密になった。
何かとあるディオスと子供達の費用は、何とロマリア政府が気兼ねなく出してくれる。
ありがたい事だ…とディオスは思う。
そこへ、アルミリアスが護衛を連れて来て
「はかどっていますか?」
顔を見せる。
「ああ…どうも…」
と、ディオスは終わった書類を纏め、アルミリアスの元へ来る。
「すいません。子供達の費用まで負担してくれ…」
「いいんですよ。貴方が大変よろしく、子供達の面倒を見てくれて、保護者の方も安心しているのですから…」
「へへ…」
「子供は好きですか?」
「前は…その…苦手だったんですが…。妻達から自分の赤ん坊達が産まれると…。好きになりましたね。変わるものです」
アルミリアスは両手を合わせ微笑み
「ディオス様がその気なら…ロマリアで、家族を作るというのは?」
ディオスは引いてしまい
「いいや、その…自分の家はバルストランですから…」
「その気になったら、何時でも声をお掛けくださいね」
「はははは」
ディオスは顔を引き攣らせると、子供の一人が
「ディオスさん。チョッと来て…」
「どうしたんだ?」
と、ディオスは来る。
「なんか、変なんだ」
「何が?」
「みんな、突然、魔法陣が使えなくなったんだ」
「はぁ?」とディオスは、アルミリアスと顔を合わせる。
屋敷の庭園に来ると、子供達が魔法陣を展開しようと必死だ。
「どういう事だ?」
子供達に近付くディオス。
子供の一人が
「これ見て」
と、魔法陣を展開すると、展開した魔法陣の光が直ぐに消失してしまう。
共に来ていたアルミリアスも、魔法陣を展開すると、同じく魔法陣の光が消えた。
「ええ…?」と困惑するアルミリアス。
「他は?」とディオスは子供達に尋ねると
子供が
「体の中で作る魔法は使えるんだ。魔法陣を開くのだけが出来ないんだ」
「何が起こっているんだ?」
と、ディオス不意に空を見上げる。
その空は曇天だ。
その曇天がおかしいのだ。
所々で渦を巻いている。まるで、コーヒーにミルクを入れてかき回しているように…。
「アルミリアス様…。モルドスの曇り空は…沢山の渦を巻くのですか?」
「はぁ? そんな筈はありませんわ」
ディオスは細かな渦を沢山作る曇天を見つめ
この空…何処かで…
記憶を探って辿り着いたのが…遺跡戦艦の埋まるサルガッソーを覆っていた雪空と似ていた。
ディオズはゾッとして、まさか!と瞬間移動のベクトで屋敷の屋根に登って、体内生成魔法で遠見の魔法を発動させて、周囲を見渡すと…西の空に、それは見えた。
それは、黒い沢山の粒々だ。
その粒を遠見で拡大して見ると…
「ウソだろう…」
そう、その粒は、機械的な姿をしたドラゴンだった。
ゆっくりと悠然にこっちへ、モルドスへ向かって来る。
西の空を覆う全ての粒が、メカニカルドラゴン達だ。
その中心、そこに巨大な白濁とした結晶を抱えて空飛ぶ王冠状の何か、メカニカルドラゴンの大きさは、二十メータ前後だろう。
その十倍近い大きさのそれは、ディオスにとあるモノを思い出させた。
ヴィクトリア魔法大学院での、自分が殺されそうになった時に使われた、魔法陣の展開を阻害させる魔導石だ。
アレだ…。アレで、周囲の魔法陣の展開を阻害しているんだ。
そして、その正面には…マッドハッターがいた。
メカニカルドラゴンの背に乗って、残酷な笑みを携えるマッドハッター。
「来た…来やがった…」
と、ディオスが呟いた次に
ブー ブー ブー
街中に避難警戒のサイレンが響き渡る。
首都と皇帝の部隊が、迫るメカニカルドラゴン達を捉えたのだ。
ディオスは、直ぐに、ベクトの瞬間移動で庭園に降り立つと、怯える子供達に、アルミリアスは鋭い顔をしている。
「アルミリアス様…」とディオスは呼び掛ける。
アルミリアスは沈痛な顔で
「来たのですね…」
「ええ…取り越し苦労で終わって欲しかったです」
ディオスも、同じ顔だった。
「ディオス様は、どうされます?」
アルミリアスの問いにディオスは鋭い顔をして
「連中は、魔法陣の展開を阻害させる装置を持って来ています。それを破壊しに行きます。子供達の事を…お願いします」
「はい…」
アルミリアスが頷く。
ディオスが
「みんなーーーーー」
子供達に呼び掛ける。
「みんな、アルミリアス様についていってね! 付いていけば大丈夫だから」
子供達がディオスに集まり
ラハトアが
「ディオス様…大丈夫ですか?」
ディオスはラハトアの心配げな頭を撫で
「大丈夫だ。何とかなる」
微笑んだ。
子供達は、アルミリアス達と親衛隊の乙女達の誘導によって、避難シェルター向かう。
ディオスは、屋敷に入り通信する。
まさかこの布石を使う事になろうとは…。
首都モルドスに迫るマッドハッターのメカニカルドラゴン軍団。
その数…十万頭だ。
圧倒的数のドラゴン軍勢の先頭のドラゴンに乗っているマッドハッターは、これから踏み潰されるであろうモルドスの街と、その隣にある皇帝城を睥睨していると、その前の空間が弾けてディオスが姿を見せた。
そう、ベクトの瞬間移動で、マッドハッターの前に浮かび静止する。
マッドハッターは礼儀正しくお辞儀して
「初めまして、ディオス・グレンテル…アーリシアの大英雄よ。わたくしは、マッドハッター。魔物の仕立て屋をしている者です」
ディオスは、ク…と横に嫌そうに顔を逸らした後
「いかれた仕立て屋が…何のつもりだ…」
殺気の視線をマッドハッターに向けるディオス。
マッドハッターは右手を胸に置いて
「今日は…ロマリアの仕立てに来ました。最近…ロマリアは我々の思惑通りに動かない。故に…わたくしが、新たにロマリアを仕立て直すのです。ロマリアは綺麗に仕立てられ、幾つもの国になり、その混乱の海を悠々とわたくし達が流れを操る。素晴らしい」
ディオスは眉間が寄る。
こういう事だ。
ロマリアを崩壊させて、世界を混乱させ、自分達が動きやすくするという事だ。
国家崩壊。
それが、コイツの目的なのだ!
「そうかい、じゃあ…容赦はいらないなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ディオスは両手をマッドハッターの軍勢に向けて、超高出力の光の魔力を放った。
その威力、光属性攻撃魔法、最高位のグランギル・カディンギル級だ。
強力な光線が、メカニカルドラゴンを襲うも、メカニカルドラゴン達は、防壁を発動させて防いだ。
チィチィチィとマッドハッターは舌打ちして
「無駄無駄無駄…彼らには、それ相応の防御システムが組み込んでありますから」
クソ!とディオスは内心で悪態を付く。
マッドハッターはニヤニヤと嘲笑いながら
「グレンテル殿…貴方は、素晴らしい超魔法技を持つ御方。だが…それは魔法陣があっての事、体内で魔法を作る方法には、限界がある。前のサルガッソーの時に、貴方は、言っておられた…。もっと自分の事を調べておくべきだと…。ええ…十分、お調べして対策を立てさせて貰いましたよ」
忌々しいという怒りの顔になるディオス。
マッドハッターは、パチンと指を鳴らす。
背後から、腕部が大きく特化したメカニカルドラゴン四頭と、頭部に鋭利な角を伸ばすメカニカルドラゴン三頭が現れ、ディオスを囲む。
「さあ…アーリシアの大英雄様! ダンスの時間です! 彼らと楽しく踊ってくださいまし!」
鋭利な角を持つメカニカルドラゴン達がディオスに光線を吐く。
それをディオスは避けて、反撃するも、腕部が盾のようになったメカニカルドラゴンがそれを防ぐ。
ディオスは、メカニカルドラゴン達と攻防をしながら
「援軍を呼んだ! 何れ、必ず来るぞ!」
マッドハッターは、哄笑を向け
「遙か遠くにある。援軍を当てにしてどうするのですか? ここが私達に蹂躙された後に来て、何の意味があるのですかねぇぇぇぇぇぇぇ」
ディオスは睨み笑み
「後で、その吠え面を憶えて置くんだなぁ…」
マッドハッターは演者のように両手を広げ
「ハハハハハハ、アハハハハハハハハハーーーー」
声高く笑い上げた。
その哄笑と共に、メカニカルドラゴン達は、首都モルドスへ降り立つ。
そして、降り立つメカニカルドラゴンに、首都軍に皇帝軍の合同軍との交戦が始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話があります。よろしくお願いします。
ありがとうございました。




