第7話 キングトロイヤル 魔導石
次話を読んでいただきありがとうございます。
ゆっくりと楽しんでください。
あらすじです。
ディオスはソフィア達と共に、王を決める投票権がある貴族へ説得に回る日々を過ごすが、その日々の中でケットウィンの屋敷から魔導石生成装置を見つける。そして…ディオスはその装置を使い方を学び、とある事を考えを過らせる
キングトロイヤル 魔導石
昨日の夜会を終えて初日の朝、ソフィアは身なりを整え「よし!」と頬を叩き気合いを入れた。ケットウィンの別邸でソフィアに用意された個室で、ソフィアは今日、回る爵位者のリストを見つめる。
ドアがノックされ侍女が
「ソフィア様、朝食の準備が出来ましたので…」
「今、行くわ」
ソフィアはリストを置いて部屋を出る。
朝食の場、ソフィアにナトゥムラ、スーギィ、マフィーリア、ダグラス、ケットウィンにディオスとクリシュナの大所帯のテーブルに朝食が運ばれる。
ダグラスが「では…」と
「みなさま、朝食を取りながらで結構ですが。今日のご予定は頭に入っていますか?」
「ああ…」とナトゥムラは挙手で、他は頷く。
「そうですか。では、各班に分かれて、それぞれの爵位者の説得をがんばりましょう」
朝食の後、九時程からこの面子が三つに分かれる。
ナトゥムラ、スーギィ、マフィーリア。
ケットウィン、ダグラス。
ソフィア、ディオスとクリシュナ
この三つに分かれてそれぞれが、王の候補者に投票出来る権利を持つ爵位者の屋敷を回る。
ディオスは、夜会の後にダグラスから説明されたキングトロイヤルの仕組みを思い返す。
キングトロイヤルは、候補者から王を投票で決めるシステムで、その投票権は百五十の爵位者、貴族にある。
この百五十ある票を多く集めた人物が王になる権利を取得する。
候補者は、自分に票を入れて貰う為に様々な説得を行う。無論、金品の受理や、贈呈品は御法度であり、あくまでも王になる候補者の考えに納得しての王投票なのだ。
今日は朝から、キングトロイヤルの為に王都に来ている百五十の投票権利者の内、数名と面談する予定だ。
朝食を終えて、それぞれが身なりを整え、魔導車に乗って出発する。ソフィアの班にいるディオスへソフィアは
「いい、変な事を言わないでよね。分かった!」
強めの口調である。
「はいはい、分かった」
ディオスはやれやれとため息を吐く。
最初から邪魔するつもりはない。
ソフィアの言いたい事を言わせようと思っている。
同班するクリシュナは「ふふ…」と楽しげな笑みを見せる。
最初の貴族の屋敷に来る。そこの貴族は獣人で「ようこそ、ソフィア殿」と、とても友好的だ。
「どうも、お久しぶりです」
「さあ、中へ」
一同は中へ誘われる。
応接間に通され、ソフィアはソファーに座り、ディオスとクリシュナはその後ろに立つ。
お茶が運び込まれ、主人とソフィアは楽しげに会話する。
ディオスはその様子から、ここはソフィアを支援する側の貴族だなと認識する。
「いやはや、必ずソフィア殿に票を入れますのでご安心を」
「ありがとうございます」
ソフィアは、主人に笑みを見せる。
数十分の朗らかとした会話と終えて、屋敷を後にする一同、ディオスが
「さっきのはソフィアを支援する側だったのだな」
ソフィアは胸を張り
「そうよ。けっこうアタシ、人気があるでしょう」
ディオスは「ふ…」と笑み
「まあ、らしいな」
「でも」とソフィアは真剣な顔をして
「顔合わせはチャンとして置かないと、他の候補者が来てコロッと変わるかもしれないしね」
「そうか…」
そう、これは交渉の戦争だ。それによって如何様にも票が変わる。
「まあ、午前中は友好的な人達を回るから大丈夫だけど…午後は、そうではない人達を回るから…」
ソフィアの顔が曇る。
午前中は、支援者を回り、昼食後、そうではない貴族の屋敷に来た。
「お待ちしておりました」と門番が開き、執事の人が屋敷に通す。
午前中は、屋敷の主人が迎えてくれる程の歓迎ムードだが、そうではない貴族との落差に、そうだよなとディオスは感じる。
応接間に通され、そこに屋敷の主人がいた。笑顔ではない。
「ようこそ、こちらへ」
主人がソフィアをソファーに座らせる。
「ありがとうございます」とソフィアはお辞儀して座り
「今日は急な面会に応じて頂き、ありがとうございます」
ソフィアの台詞が建前じみた感じになる。必要な事だろう。
招いてくれた事のお礼と、自分が王になる意味と決意を語る。
決められた台詞じみているが、それが普通だろう。
数分のソフィアの言葉を聞いた主人は、肯きながらソフィアの後ろにいるディオスへ視線を向け
「君は、ソフィア殿の事をどう思っている?」
唐突の主人の問いかけにディオスは、視線を下げる。
ここで略式じみた事を言っても差し支えないだろう。
だが、それでは説得にならない。故に
ディオスは、視線を主人に向け
「そうですね。まあ…自分としてはワガママな妹に思えます」
「な!」とソフィアの視線が鬼の様に鋭くなるが、ディオスは平然と
「だから、とても世話をみたくなります。自分の師を妹みたく思うのは不敬ではあると思いますが。そのワガママには筋があります。頭が上がらなくなる事があります。それを認め応援したくなる気持ちも出てきます。彼女、ソフィア殿が王になる理由は、この国にとって重要かつ必要であると自分は、思います。それ故に彼女を師と崇め、こうして付き従っています」
「ふむ…」と主人は唸った。
主人は暫し考えた後
「ソフィア殿、今日はありがとうございました。また、お会い出来ますかな」
右手を差し向ける。
「あ、はい! 是非に」
ソフィアは握手をした。
帰りの魔導車の中で、ソフィアはディオスに腹パンする。
「師匠を妹扱いするな!」
「う…」とディオスは蹲る。
「フン!」とソフィアは腕組みして「まあ、アンタにしては出来が良かったじゃない」と少し照れ気味だった。
「その礼が腹パンか…」
と蹲るディオスの額に怒りの筋が浮かぶ。
「まあまあ」とクリシュナが宥め
「私も良かったと思うわ。形式じみた言葉より重みがあったし、きっとさっきの貴族は考えを変えてくれるかもしれないわ」
ディオスは顔を上げ
「まあ、役立てたのなら十分だ」
その後、数件の屋敷を回り面会するなか、やはり…ディオスに聞いてくる屋敷の主人が多かった。
恐らくだが、本人に突っ込んでも上手く返される事を見越して、ワザと従者に聞いたのだろう。
その都度、ディオスは略式ではないその場に応じてソフィアを推す言葉を紡ぐ。
その日、ケットウィンの屋敷に戻る最中、ソフィアはディオスに「アンタ、口が上手いのね」と告げた。
ディオスは、夕暮れの窓の外を見ながら、これでどれだけ味方に出来たのだろうか…と考えていた。
夕食前の夜、ディオスはあの半円形に詰まれた石の壁の前にいた。
「ふ…ん」とディオスは壁と睨めっこしていると、後ろで壁をノックする音が聞こえる
クリシュナがノックして
「気になるの?」とクリシュナが来た。
「ああ…まあな」
ディオスは壁を触り探っていると、一カ所の石が動いた。
「ん?」
「え?」
とクリシュナは驚きの顔をする。
「押してみるぞ」とディオスは動いた石を更に押すと深くまで押し込まれた。
ゴキンとロックが外れる音が壁から聞こえ、ディオスは恐る恐る石積み壁を押すと、動いた。壁は忍者屋敷の合わせ扉の如く回転して開き、奥に階段を出現させる。
「ケットウィンさんを呼んでくれ」
ディオスはクリシュナに頼む。
来たのは、ケットウィンだけではなかった。
「なんだなんだ?」とナトゥムラにスーギィ、ソフィアとマフィーリア、ダグラスまで。
大所帯で来なくても…と思うディオスだが、咳払いして
「ケットウィンさん。隠し扉が開きました」
ケットウィンは開いた壁の先にある階段を見て
「こんな隠し階段があったなんて…」
「降りて見ましょう」とディオスが先陣を切る。
明かりの魔法を使うディオスとクリシュナを先頭に、ケットウィン、ソフィア、ナトゥムラ、スーギィ、マフィーリア、ダグラスが八人が階段を降りると地下の大きな通路に来た。
クリシュナが、ディオスの背の布を引き
「ねぇねぇ。アレ」
と、指さすのは、照明の点火部分である魔導石が壁に埋まっている。
「ああ…」とディオスはその魔導石に魔力を込めると、壁に貼られた魔力の経路、魔導回路を伝わって通路全体に明かり点り、奥に大扉が見えた。
そこへディオスは歩み向かう。
ナトゥムラが「気をつけろ。こういう感じには封印された魔物がいるかもしれんぞ」
スーギィが「いや、もしかしら呪われた悪霊が封印されているかも」
マフィーリアが「いや、呪われし伝説の武具が」
「そんな物騒な話し、止めてくださいよ。私の屋敷なんですよ」とケットウィンが怯える。
ダグラスが呆れ感じで「行きましょう」と促す。
ソフィアは…「アタシ…帰る」と動かない。
どうやら、こういう幽霊系といった物騒な話しは苦手のようで、この怪しい雰囲気にビクビクしていると隣にいるクリシュナが
「大丈夫よ。そんな感じのする場所じゃあないから」
「本当に?」
ソフィアは青ざめてクリシュナの顔を見つめる。
「ええ」とクリシュナは笑顔だ。
そうしている間にディオスは扉の前に来て、扉を両手で押して開く。
ディオスは開いた奥に進むと「おお…」と感嘆の声を漏らす。
大きなホールに数台の本棚、テーブルにその上に実験器具が乗り、何より特徴的なのは中央に巨大な円筒のガラスのケースを収めたピストンが重なった装置が置かれている。
「ここは…」とケットウィンが皆と覗く。
ディオスは先行して本棚に向かい、本を取り目を通すと
「ケットウィンさん。どうやら、ここは…魔導石に関する実験を行っていた場所のようですね」
一冊の本を持ってディオスはケットウィンの元へ来る。
「本当ですか?」
ケットウィンはディオスから本を受け取り読む。
ディオスは、ホールの中心にある装置を指さし
「恐らく、アレに魔力を送って魔導石を生成していたのでは…」
ケットウィンは本に目を通しながら
「信じられない。でも、確かに本に書かれている筆記はお爺さまの字に似ています」
「なんだなんだ!」とナトゥムラが退屈そうに
「伝説の魔物が封印されいなかったのかよ」
「そんなモノは無い方がいいです」とダグラスがツッコム。
ソフィアはクリシュナを連れ立ってホールを覗き
「ふ…なぁーんだ。実験施設か…。人騒がせな」
怯えていたのがウソのように威張るソフィア、隣のクリシュナは微妙な笑みを見せる。
ソフィアも本棚に近付き一冊を取り
「へぇ…凄く古い本があるのね」
手にして目を通していると、本から一通の手紙が落ちた。
「これ…何?」
ソフィアは落ちた手紙を手にすると、裏に書かれた宛先を読む。
「ここを見つけし者へ…」
ソフィアは手紙を掲げながら「これ、手紙みたいよ」とディオスとケットウィンのいる所へ向かう。
ディオスはソフィアから手紙を受け取り
「ケットウィンさん」
「開けてください」とケットウィンは促す。
手紙、ここを見つけし者へ
この施設は、ワシが数十年と掛けて魔導石の研究をしてきた場所だ。
ここには、ワシが研究した魔導石に関する全ての知識がある。
それを、ここを見つけた者に贈呈しよう。
何らかの役に立てば幸いだ。
ワシの代では完全なる魔導石が創造出来なかったが、もし研究を受け継いでくれるなら完全なる魔導石の完成を頼もう。 グルトイン・マーコード
「お爺さまの名前です」とケットウィンは呟く。
ナトゥムラは顎を擦りながら
「研究を託すなんて…どうするケットウィンさん」
スーギィはため息を吐き
「今は、キングトロイヤルの方が先決なのでは?」
「確かに…」
ケットウィンは、頷く。
「行こうぜ。冒険気分は終わり終わり」とナトゥムラがホールから出て行く。
それに他の者も続くがディオスだけは暫し考え残り
「ケットウィンさん。ちょっとここにいてもいいですか?」
「どうぞ…」
とケットウィンは微笑んだ。
ソフィアはディオスに
「あんまり、長いするんじゃないわよ。明日も王都を回るんだから」
「分かった」
と、ディオスは手を上げて本棚に戻る。
クリシュナは、他の者とは行かずに静かにテーブルにあったイスに座り、ディオスの様子を見つめる。
ディオスは、本棚に来ると本の題名を読み研究に関する資料を探す。
目的はこの施設にある機器の種類と、その使用方法だ。その一冊を見つけ、読み始める。
クリシュナは、知識を得ようとするディオスの背を慈愛に満ちた母親の如く、ディオスの邪魔をしないように静かにジッと見据える。
二時間くらいだろうか、ディオスは研究施設に関する本を読み終え、大方のこの施設にある機器の扱いを始める。
棚に置かれているのは魔導石の純度を計測する機器だ。様々な種類があり、手持ちから大きなメータを背負い探査子を向ける物と豊富だ。
部屋の隅にある大きなタンクには、魔導触媒が備蓄されている。品質は、問題ないようだ。その魔導触媒のタンクと連結しているのが、ホールの中央にあるピストンのような装置だ。これが魔導石を生成する装置である。
ディオスは、生成装置の正面にある魔導回路が円形に刻まれた床の上に立つ。
ここで魔力を放出、その魔力が魔導回路を通じて生成装置に流れ込み、魔導触媒を通じて魔導石の結晶を作る。
ディオスは、両手を挙げて魔力を練り、火の属性の魔力を放つと、両手から溢れる紅い魔力が地面に刻まれた魔導回路の上を走り、生成装置の中へ封入される。
その光景は、両手から紅いオーロラが放たれているようだ。
生成装置の中心にある円筒のガラスケースの中にある魔導触媒が激しく泡立つ。完全密封され、空気さえ入る隙間のない触媒のガラスケースが紅い魔力の泡に沸騰しながら、少しづつ結晶を構築する。ゆっくりとゆっくりと結晶が大きくなっていると…
「ちょっと、何をやっているのよ!」
ソフィアが現れ、魔力を送るディオスの側に来て頭を叩き
「何、遊んでいるのよ!」
ディオスは魔力の放出を止め
「ああ…すまん。つい好奇心で…」
ソフィアは離れた席で見つめるクリシュナに
「なんで、止めなかったの?」
「面白そうだから」とクリシュナは席を立つ。
「だって、魔導石が人工的に生み出されるなんて見た事もないし、それなりに魔導に関して習っていれば興味もあるわ」
ソフィアは「ふん」と鼻息を荒げ
「今は、遊んでいる時じゃあないの。キングトロイヤルっていう。アタシが王様に成れるか成れないかの瀬戸際なの」
「すまなかった」とディオスは謝る。
「さあ、明日の為に英気を養うわよ」
ソフィアはディオスとクリシュナを連れていった。その帰りの最中、ディオスは生成装置に残る生成した魔導石を一瞥して、また…明日、暇になった時に来ようと思っていた。
翌朝、朝食を済ませた後、昨日と同じ班分けで投票権利者の屋敷回りを始めた。
午前中は、支援を表明してくれる権利者の屋敷回り、午後はそうでない権利者回りで、とある権利者の屋敷を訪れると、入れ違いに黒塗りの大きな魔導車が出て行く。
誰だ?とディオスは窓越しに見つめていると、その大型魔導車が脇に止まり、その魔導車の主が現れたゼリティアだ。ゼリティアは入ろうとするソフィアの魔導車に近付く。
「止まって」とソフィアは魔導車を止めて外に出る。その後をディオスとクリシュナも続く。ゼリティアは執事のセバスを伴ってソフィアを迎える。
「これはこれは、ソフィア殿…こんな所で会うとは奇遇ですわ」
ソフィアは対面し
「そうね。アナタはもう済ましたのね」
ゼリティアは自信ありげに微笑みながら
「ええ…確かな手応えがありましたわ。ソフィア殿が行っても無駄になるかもしれないので、ここで退散する事を進めますわ」
上からの物言いに、少し腹が立つもソフィアは
「なら、それが覆る事もあり得るかもね」
「ふふ…それはそれは楽しみ」
ゼリティアは笑みを崩さない。
暫し、ゼリティアとソフィアが見合うと、ゼリティアがソフィアの後ろにいるディオスを扇子で指さし
「お主。ディオス・グレンテルと申したな」
「ああ…そうだが…」
「妾の元に来い」
「はぁ?」とディオスは眉間が寄る。何を言っているんだ?
パンとゼリティアは扇子を片手に打ち付け
「お主が仕えるソフィア殿は、どの候補者よりもジリ貧なのじゃ。負けが決まっている将に付くより、勝ちが決まっている妾の方が断然、特じゃぞ」
余りにも高慢な物言いにその場にいる全員が凍り付く。
ゼリティアの表情には、全くの淀みがない。それが当たり前の如く当然のように傲岸だった。
ディオスは「はぁ…」と深い溜息を吐き
「申し訳ないが、そんなつもりはないので…」
傲岸不遜な態度に、怒りを通り越して呆れしか浮かばない。
ゼリティアは不遜の笑みを崩さす肯き
「よかろう。時間を与えてやる。猶予はキングトロイヤルの間じゃ。待っておるぞ」
そう、言い残し自分の魔導車に戻る。
去って行くゼリティアの魔導車を見つめディオスは
「なんなんだあの女は?」
不快な気分の疑問を投げると、ソフィアが
「ああいう女なのよ。まあ、タダの高慢な女だけだったら大した事はないんだけどね…」
その言葉にディオスは引っ掛かりを憶えた。
高慢なだけの女ではないのか?
屋敷に入り、主人と面会すると、主人が
「ソフィア殿、私はゼリティア様を応援せざる得なくなるかもしれません」
ディオスは絶句し、ソフィアとクリシュナは難しい顔をする。
主人は口にする。
「実は、今…外国で鉄鋼に関する事業の展開を数名の仲間と共に行っているのですが…。その後押しにオルディナイト財団が加わりたいと…」
「そうですか…」とソフィアは肯き「分かりました。今日はありがとうございました」
「申し訳ない」
と、主人は告げる。
その後、屋敷を後にするソフィア達は、空気が重かった。
「よし!」とソフィアは両頬を叩き「次、次」と気合いを入れた。
だが、行く屋敷で聞く声が「申し訳ない。ゼリティア様を応援せざる得ないかもしれません」だった。
ケットウィンの屋敷に戻ると、広場で分かれた別の班が集まり話し合っている。
「どうしたの?」
ソフィアが集まりに近付くと、ダグラスが
「実は…」
何故、集まって話し合っているかの理由を言う。
その理由の中心は、またしてもゼリティアだった。
「参ったよ」とナトゥムラが困った顔をする。
「ここまでオルディナイト家の力が強いとなると…」
スーギィは手を顎に当て考え込む。
ディオスは、ケットウィンに
「そんなに影響があったのですか?」
「ええ…まあ…」とケットウィンは複雑そうな顔をする。
パンパンとソフィアは手を叩き
「ここで話し合っても埒があかないから、夕食にしましょう。その後で対策の話し合いましょう」
夕食後、ソフィアは一階のホールでナトゥムラ、スーギィ、ケットウィン、ダグラス、マフィーリアの五人を伴って話し合いを始める。
議題は、これからの面会でどう出るか?という事だ。
それを二階で見つめるディオスとクリシュナ。二人だけは外された会議を見下ろすディオスだが、見るからにあまり進展がないのが分かる。
ディオスは、そこから離れ魔導石の研究施設の地下へ向かい、その後をクリシュナが続く。
「クリシュナ…」
「何?」
「それ程までに、あのゼリティアの手腕が優れているのか…」
クリシュナは腕を組み
「まあ…私が知る限りだけど…凄いわよ。彼女、ゼリティア・オルディナイトはね」
「ただの金持ちのボンボンのお嬢様ではないと…」
「ええ…彼女が受け持つ、オルディナイト財団の鉱物開発部門では、その独自の観察力から、豊富な魔導石や鉱物のある土地を見つけたり、その関連で機械部門も一部担っていて、そこで様々な革新的機械の開発を指揮したり、とにかく凄いっていう逸話には事欠かないわね」
「そうか…」
と、呟きディオスは地下研究室へ到着する。そして、昨日の夜に生成した小さな魔導結晶を装置の回収機構を使い、片手サイズの保存ケースへ移すと、その魔導石の入ったケースを持ち近くにあるテーブルに置くと、棚に置かれた魔導石の純度を軽装する装置を近づけ、魔導石の純度を測定する。
「どんな感じ?」とクリシュナがディオスを覗くと、ディオスはメモリの針が振り切れた測定機を持っていた。
「へぇ…かなりの純度があるのね」
クリシュナは感心する。
ディオスは、測定機をケースの横に置き、考え込む。
残してくれた研究資料から高純度の魔導石を生成出来るのは分かっていた。十分程度の魔力注入で片手程度まで魔導石を生成出来る。
一時間も掛ければ、これよりもっと大きなサイズの魔導石を生成可能だ。
これを…そう…ソフィアのキングトロイヤルの交渉の材料に出来ないだろうか…。
そう考えながら、ディオスはその場を離れ、生成装置の魔力を送る場へ立ち、再び両手を掲げ魔力を放出し、生成装置はディオスの魔力を回収して魔導石を生成する。
今度は、一時間程かけてじっくりと魔力を込める。そんな後ろ姿をクリシュナは黙って見つめた。
一時間して生成装置に三十センチサイズの大きい魔導石が生成され、そのサイズが入るケースに回収して、テーブルに置く。
「さて…これは…」とディオスは、ビックサイズの魔導石を前に測定機を使い純度を調べる。メモリが振り切れた。この測定機はこの研究室にある測定機の中でもかなり高純度を計測できる機器だ。メモリが振り切れたという事は純度は五十パーセント以上という事は間違いない。それ以上は計測不能だ。
自然界で生成される魔導石の純度は、三十から三十五パーセントくらいで、今の技術では人工的に純度を上げても精々、四十五パーセントが限界だ。だから、五十パーセントまでしか計測出来ない機器が主流なのだ。
「クリシュナ…」
「何?」
「王都で、魔導石を買い取ってくれる場所を知っているか?」
「まあ、多少は…」
「そうか…なら、明日。そこに連れて行ってくれないか?」
「どうするつもりなの?」
「これを持って行く」
ディオスは片手に握れるサイズの魔導石とその保管ケースを握り、差し向ける。
クリシュナは肩を竦め
「分かったわ」
翌朝、ディオスはソフィアに頼み別行動がしたいと申し出る。
「ええ…どうして?」
ソフィアは驚きつつ膨れた顔を向ける。
「これだ」とディオスはソフィアに保管ケースに収まる魔導石を見せる。
「これが何?」
「これを鑑定したい。ケットウィンさんの屋敷の地下にあった研究室で生成した物だ」
「アンタ…こんな事をして…」
呆れるソフィアにディオスは淡々と
「もし、高値で売れるなら、今回の資金に使いたいのと、もしかしたら…有効な交渉の手段になるかもしれない」
はぁ…とソフィアはため息を吐き
「まあ、いいわ。回る班の人数を個別に分断して手当たり次第に回る作戦にしたから、素性や顔が知られていないアンタは面会出来ないし、どうしようと思っていた所だったから」
「そうか…」
「言っとくけど、変な事はしないでね! それでアタシの評価が落ちるんだから」
「分かっている」
ソフィア達は、個々に回る作戦に出た。ゼリティアより多く権利者の貴族と面会して顔を売るのだ。その為に、素性がハッキリ分かる面子しか回れない。ディオスとクリシュナは新参者である故に、ソフィアの名を出した程度では面会してくれないだろう。
ディオスはクリシュナの案内で、王都を魔導車で移動し、魔導石が売れる店に来た。
到着した店は、鉱石や宝石を専門とした買い取り店だ。
クリシュナを先頭にディオスも続き店に入る。
「いらっしゃいませ…」
店には宝石を扱っているのか、透明なショーウインドのカウンターが並び、その奥に店の店員の女性がいた。
クリシュナは、店員の女性に近付き
「すいません。魔導石の鑑定をお願いしたいのですが…」
「あ、はい。魔導石はどちらに?」
クリシュナがディオスへ目線を流すと、ディオスは袖から生成した魔導石が入るケースを取り出し、店員の前に置く。
「え…?」
困惑する店員にクリシュナが
「不安定な魔導石で、魔導触媒で安定させているの。鑑定はケースに入れたままでお願い出来るかしら」
「あ…問題ありません」
店員が預かり、店の奥へ運ぶ。
ディオスはフゥ…と鼻息を尽き
「さて、邪と出るか蛇となるか…」
数分後、店の奥から出てきたのは血相を変えた男性だった。
「お、お、お…お客さま!」
声が緊張でおかしくなっている。
「こ、ここ、こ、これを何処で?」
クリシュナがディオスの手を取り、前に引っ張るとディオスが
「一つ聞きたい。この魔導石の純度は幾つだ」
男性の店員が額から汗を吹き出しながら
「と、とと、当店では…純度七十パーセントまで計測できる機器を持ち合わせておりますが…。その、こここ…この魔導石は…」
両手をガタガタと振るわせて預けた魔導石を前に出し
「計器が間違いなければ、七十パーセント以上の純度を誇る魔導石でございます」
ディオスはジーと男の両手にあるケースに入る生成した魔導石を見つめ
「では、もっと正確に純度を計測できる店を知っているか?」
男は魔導石をカウンターに置き、額の汗を拭いながら
「申し訳ありませんが…。多分、他の店に持ち込んでも無理かと…」
ディオスは鋭い視線で男を凝視して
「では、この魔導石。一体、幾つの値が付くのだ?」
「ええ…」と男は汗を拭いながら篭もる。
「ウソは止めて欲しい」
ディオスが釘を刺す。
男は唾を飲み干し
「おそらく…落札価格の最低値は金貨二千枚から三千枚…そこから跳ね上がるに一万枚は行くかと」
金貨一枚、日本円で一万、つまり…二千万から三千万が始まりで一億になるという事だ。
ディオスは暫し目を外し考え
「では、聞きたい。そちらが知る限りで正確にこの魔導石の純度を計測できる所は?」
「ええ…その…王都にあります。ベンルダン大学の鉱石研究所ならば…可能かと…」
「では、そこに鑑定を依頼したいので、どうすれば可能に?」
「え…その…」と男性は言葉を濁す。
ディオスは、カウンターに置かれた魔導石のケースを男性に向けて押し
「もし、そのように手配してくれるなら、これをお礼として差し上げます」
「え、本当に? でも、これしか…」
「他にも同じ物を多数持っているので…」
「わ、分かりました! こちからから研究所に連絡とその一通を用意します」
男性は直ぐに店の奥に戻り、準備を始めた。
クリシュナはディオスを見つめ笑み
「何をどうするつもりなの?」
ディオスは目を閉じ開け
「まあ、まだ…計画は練れていないが、その布石にはなるという事だ」
午後、ディオスは屋敷の地下に置いてある生成した大型の魔導石を包みに閉じて、クリシュナと共に魔導車に載せ、店が手配してくれたベンルダン大学へ向かう。大学の門を潜り到着すると直ぐに、ディオスは事務所に向かい
「午前に鑑定店レベルからこっちに用事を依頼した者だが…」
「はい、少々お待ちを…」と事務員が確認を取り
「はい、え…ディオス・グレンテル様でしょうか?」
「ああ…」とディオスは頷く。
「確認が取れましたので、ええ…と鉱物研究のウォン教授との面会で…」
「そうだ…」
「では、案内しますので…」
「その前に荷物があるので持って行きたい」
「はあ、どんな荷物で?」
「魔導石の結晶だ」
「分かりました」
ディオスは魔導車に載せた、大型の魔導石が入る保管ケースをクリシュナと二人して抱え、事務所に来ると事務員が出て待っていて「こちらです…」と事務員が先頭を進み、大学の応接室まで案内した。
応接室のテーブルにディオスとクリシュナは包みに包まる魔導石の保管ケースを置き、ウォン教授の到着を待つと、ドアがノックされ
「失礼するよ」と眼鏡を掛けた魔族の男、ウォン教授が現れる。
ウォン教授は眼鏡を付け根を持ち上げながら
「初めまして、当大学で鉱物研究所を担当するウォン・バラヤンです」
と、手を差し向けるとディオスは握手して
「ディオス・グレンテルです。こちらは連れのクリシュナ…」
クリシュナは会釈する。
「では…」とウォン教授は二人をソファーに誘導しテーブルに置かれた大きな包みを見て
「これが、例の物ですか?」
「そうです」とディオスは包みを開くと、保管ケースの中で魔導触媒に包まれて浮かぶ三十センチの大きな魔導石がある。
クリシュナが懐から一通を取り出し
「これが紹介状です」
ウォン教授は、手紙をクリシュナから受け取り封を開いて読むと「んん…」と懐疑的な声を漏らす。
「何とも、いかんしがいたいですなぁ…」
疑っているような顔をする。
ディオスは冷静にウォン教授を見つめ
「この魔導石の鑑定をお願いしたいのですが…」
ウォン教授は疑り深い顔をしつつも
「はぁ…まあ、いいでしょう」
魔導石を研究員達に運ばせ、ディオスとクリシュナは応接室で待つ事にする。
ディオスは静かにじっと座っていると隣に座るクリシュナが
「ねぇ…もし、あの魔導石が望みの結果をもたらさなかった場合は、どうするの?」
「その時は、その時だが…オレは、ケットウィンさんの祖父の研究成果を信じている」
「えらい自信ね」
「それ程までに、その研究は優れていたからな」
そう、ケットウィンの祖父が研究していた魔導石の実験は、かなり高度な域まで達していたのだ。理論と装具は揃っていても後一つのピースが無かった故に完成を見なかった。
そのピースをディオスは持っていた。故に完成している筈だ。完全な魔導石が。
ドンと応接室の扉が開かれる。
そこには目を見開いているウォン教授がいた。ウォン教授は急ぎ足でディオスに詰め寄り
「アレを何処で手に入れたのですか?」
もの凄く興奮している。
ディオスは静かに鋭くウォン教授を見て
「落ち着いてください。まずは事情の説明をお願いします」
「ああ…うむ」とウォン教授はディオスの対面のソファーに座り
「あの魔導石の純度は……その…信じられないが、いや、現実にあるという事は…」
「純度はいかほどですか?」
「ああ…九十四・四パーセント…です」
ウォン教授の額から汗が噴き出し、拭っている。それ程までに驚いているのだ。
「では…聞きたい」とディオスは冷静に
「その純度を誇る魔導石の存在は、当たり前なのですか?」
ウォン教授は首を横に振り
「いいや、存在する筈がない。自然的には四十パーセントが、人工的に五十パーセントまでしか純度を上げる事が出来ない。あの魔導石は…この世界の何処にも存在していない筈ですが…」
「現実に、持ち込みましたが…」とディオスは指す。
「それは…」とウォン教授は呑み込み「確かに…」
ディオスは、顎に当て暫し考えた次に
「これを現金に換えたいのですが…。それが可能な店か何かは、どこにありますか?」
「そんな無茶な!」とウォン教授は血相を変える。
「無茶とは…何故ですか?」
「こんな純度を誇る魔導石、いや、この完璧な魔導石を換金出来る店なんてありませんよ。膨大な金額になる。これが出来るのは、大きな財団や会社くらいで…それも、いや、その…」
篭もるウォン教授に、ディオスは鋭い視線を向け
「ハッキリおっしゃってください。どこなら可能なのですか…」
ウォン教授は額を拭いながら
「私が知る限りでは…オルディナイト財団の…鉱物部門くらいしか…」
「価格はいかほどで…」
ディオスの値段の問いかけに、ウォン教授は唾を呑み
「大凡ですが…。あれ程の魔導石の価値は………金貨百万枚は下らないかと…」
金貨百万枚…百億の価値があるという事だ。
「そうですか…」とディオスが立ち上がるとウォン教授が
「ど、どちらに!」
「帰ります」と淡々とディオスは告げる。
ウォン教授は、立ち上がり
「もしかして、あの魔導石も持ち帰るのですか?」
ディオスはウォン教授を横見して
「持ち帰っては困るのですか?」
ウォン教授は、視線を泳がせている焦っているのだ。
「で、出来れば…その…当分の間…当研究室に置かせて貰えないでしょうか?」
両手を合わせて手揉みしている。
多分、研究をしたいのだろう。ならば…。
「差し上げても構いませんが」
「本当ですか!」
ウォン教授の顔がみるみる明るくなる。
「ただし、条件があります」
「え、条件?」
「ええ…それはまあ、後日、伝えますので。それでは…魔導石は置いていきますので」
ディオスはクリシュナを見て「帰るぞ」と口にする。
クリシュナは席から立ち上がり「ご機嫌よ」と続く。
その後、ディオスとクリシュナは屋敷に帰る魔導車の最中。
クリシュナが「首尾は?」と嬉しげに聞く。
「予想通りだ」とディオスは淡々と冷静に告げる。
「次は、どうするの?」
「クリシュナ、ちょっと相談に乗ってくれ」
「ええ…私でよければね」
クリシュナは優しく微笑み。
ディオスは冷静な表情だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
続きを読みたい、面白いと思っていただけたなら
ブックマークと☆の評価をお願いします。
次話を出すがんばりになります。